アリアの懇願
カイが腕輪を拾い上げる。なんてことはない腕輪だ。そこら辺の露天に売っている。
「さっきの蛇がそれに憑いて、アリアを操ってたのか?」
「操っていたのは、あくまでバクが食べた大きな蛇の方です。この腕輪に憑いていた蛇は監視役に近いですね。彼女が裏切るようならあの蛇が彼女を丸呑みにしたはずです」
ちょっと待て、とダンプがこめかみを抑えた。
「その蛇、消して良かったのか?」
「それは、アリアに聞いてみましょう」
ん、とアリアが身じろぎして目を開いた。どうやら、蛇が消えたことはアリアに何かの変化をもたらしたらしい。眉間にシワが寄ったまま、周囲を見渡している。
「あ、れ……」
ゆっくりと動いていた焦点が、カイとダンプに合う。目に見える重い傷は火傷くらいのものだったが、もしかしたら体への反動もあるのかもしれない。アリアは体を起こそうとして、ウッと呻いたまま止まってしまった。
「あたし、やっちゃった?」
「まあ、結構ド派手にな」
ダンプが槍で本棚から数冊本を取り出した。カイがアリアの体を起こして、即席の背もたれを作る。
「ごめん。謝ってすむ問題じゃないけど」
そう言って、左手を顔に当てる。と、その違和感に気づいたらしい。はっとしたように顔をあげ、左手首を確認する。
「……まさか」
「蛇、消しちゃいましたよ」
カイの言葉にアリアの動きが止まる。
「消し、た?」
「はい」
どこにそんな余力が残っていたのか、アリアの近くに立っていたカイの胸ぐらを掴む。少し重心が傾くが、なんとか持ちこたえている状況だ。
「今、すぐ、元に戻して」
「霊が食べてしまったので無理ですね」
霊は通常役目を終えれば元の世界に帰るが、霊に喰われると消滅する。ヴァンが倒した大蛇は元の世界に帰り、先ほど犬に食べられた霊は元の世界とは切り離された。つまり消滅だ。
カイのシャツを掴んでいた手がばたりとアリアの両脇に垂れ下がる。
「……げろ」
「は?」
「あんたたち、今すぐ逃げろ。ダンプ、村の人には、何も知らないって言うように伝えて」
「おいおい。逃げろっつったてなあ」
「あの腕輪に憑いてた奴は、あたしを監視してたんだ。ここにあいつが来るのも時間の問題だよ。捕まったら最後だ。特に、あんた。あんたはネクロマンサーだから、相当おもちゃにされてボロボロになるまで遊ばれると思う」
早く逃げて。
懇願するように両手を組んで額に押し当てる。
「そんなやべえ奴ってなんで言わねえんだよ! アリアも逃げないとダメだろ。蛇がいなくなったんなら、逃げられるじゃねえか」
「奴はいなくなった奴に関わったもの全てを消しながら探していくんだ。もう二度と頼ったりできないようにね。それなら、あたしが残って口からでまかせ言いながら煙に巻いた方が良い」
その様子をみていたカイがふっと笑った。
「ダメですね」
「ダメっつったって、逃げねえとアリアがひどい目に合うだけだろ!」
「違います」
カイがアリアの両手を包み込む。
「そんな演技じゃダメですよ」




