暁もたらす乙女ゲーム制作会社に就職しました
金ない。コネない。実力ない。
そんな、ないない尽くしだけれど、乙女ゲームが大好きで、乙女ゲームを生み出す現場に携わりたくて仕方ない私は、いくつもの企業から不採用通知を受けながら、それでもめげずに一縷の望みを抱いて、とある会社の面接を受けた。
そして、採用通知を受け取り、ついに、入社の日を迎えたのである……。
目の前に立派な羽毛が羽ばたいている。
その数、1、2、3、4、5、ろ……止めておこう。
羽毛の主が首からかけてる社員証に、『 Lucifer 』という文字が見えているような気がしないでもないが、きっと気のせいだ。
その立派な羽毛の主が、リフレッシュルームの入り口を通ろうとして、つっかえる。
羽毛部分の幅が相当あるので、もしかしたら……と、思っていたら案の定綺麗につっかえた。
羽毛の主がくるりと振り返り、照れた様に笑う。
そうしている姿は非常に人間っぽいな……と、思った。
いやいや、『人間っぽい』ってなんだ。
人間、人間。
目の前に居るのは、ちょっと肩甲骨辺りの体毛が勢いのある人間だから。
私が、そっと現実から目を反らしたタイミングで、隣に立っていた男女が同じく羽毛の主から目を反らした。
お互い、ばっちりと視線がかち合い、微妙な顔で微笑みを交わす。
私達は、今月からこの会社で働く事になった、新入社員だ。
ここは、某ゲーム会社が、新規に立ち上げた乙女ゲームブランドのオフィスである。
ブランドと言いながら完全別会社の様相を呈しているが、そこに関しては入社前に、散々、ツッコんでいるので割愛。
私と他の二人とは、配置されているポジションが違うけれど、食堂やリフレッシュルームなどの設備の使用は共通しているので、先ずは一緒に案内を受けている。
リフレッシュルームの説明を受けると、羽毛の主が、ここからはそれぞれの部署の案内になるんですけど、担当が来てないみたいで、呼んで来るので、ちょっと休みがてら待っていて下さい……という様な内容の事を言って、パタパタと慌てて羽ばた……去って行った。
慌てていたので、また華麗に入り口につっかえた。
羽毛を引き寄せてコンパクトにしてから通ればいいんじゃないかな、と、思ったけれど、後の祭りであるし、慌て過ぎててそこら辺に気が回らなかったんだろう。
残された私たちは、とりあえず椅子に座って待っておきましょうか?と、腰をかける。
「お二人は制作のほうの方なんでしたっけ?」
待っている間、手持ちぶさただったが、自己紹介は会社案内の初めのほうで済ませてしまっているので、軽い世間話になれば程度のつもりで話しかけた。
「ええ。元々、個人的にゲームを作っていたので、もっと突っ込んだゲームを創りたいと思ていた時に、ちょうどここの求人を見て」
「個人的にゲームを作ってたんですか!?凄い!!私、絵とか音楽とか作れないんでやる専なんですよ」
「私とか全然!……私は、一応、自分で用意した絵や音楽使ってますけど……制作ソフトに絵とか音楽が幾つか入ってるのでそれを使ったり、ネットでフリー素材として配信されてる絵や音楽使ったり、イラストレーターさんや作曲担当さんや脚本担当さん、後は声優さん募ったりなんかして共同で作ったり、自主制作のフリーゲームでも皆さんいろんな方法で、名作、大作生んでらっしゃいますよ、例えばあの……」
彼女が上げたタイトルは、漫画化やアニメ化もされていて、私でも知っているタイトルだった。
「フリゲ制作、ご興味あるんでしたら幾つか制作ソフトピックアップして教えましょっか?」
「え、いいんですか!?ぜひ!!」
なんとなくもやっとゲームを作れるソフトがある事は知っていて少し興味があっても、どれにどうやって手を出せばいいのか分からなかったので、これは有難い申し出だった。
後々、いろいろ相談するかもって事で、私たちは連絡先を交換する。
「あー……やっぱり、制作のほうに来る人って、みんなゲーム作った事ある人たちだらけなんすかね……」
「好きだから多いとは思いますけど……中途採用とか第二新卒はともかく、新卒とか既卒の人とかもいますし、全員が全員じゃないと……」
「そうなんですね。俺、大学が情報系でプログラミングはやったことあるんすけど、ゲームは作ったことなくてそこら辺ちょっと気になってたんで」
しばらく女性二人の会話を聴いていたもう一人の男性が、おずおずと声をかけて来て、女性の答えにほっとしていた。
彼は今まで、ゲームに関しては、私と同じように、やる専だったらしい。
「やっぱり、乙女ゲーム好きだから乙女ゲー作ってる会社の求人を探してたんですか?」
彼はプログラムが組めるらしいので、そういった特技のない私とは全く状況が違うけれど、やる専仲間ということでちょっとだけ親近感を持ったので尋ねてみたら、意外な答えが返ってきた。
「いや、乙女ゲーはちょっとだけやったことあるんすけど、そこまで考えてなくて……でも、就活の時、彼女が……あ、いや、えっと……彼女が、安心してプレイ出来るゲームを作りたくて……」
予想外に甘酸っぱい答えに、私ともう一人の女性は顔を見合わせる。
就職が彼女のためとかラブラブが過ぎる!甘い!甘いぜコンチクショウ!
彼とも連絡先を交換して、ついでにいつか彼女と会わせてもらう約束まで取り付けてしまった。
彼曰く、私たちは、彼女と気が合いそうとの事だ。
そんなこんなしているうち、部屋を立った羽毛の主が一人(?)の人(?)を伴って帰って来る。
連れて来られた人(?)に、腕がいっぱいある様な気がしないでもなかったが、私たちは心を一つにして見なかった事にした。
制作のほうに回る二人は、腕のいっ……新しく来たほうの人(?)に、私は、羽毛の主に連れられて、今度は各々の部署の説明を受ける事になる。
羽毛の主は私の先輩にあたるらしい。
「うちのポジションは、結構いろいろやるから大変ですけど、いろんな部署に行ったり、他社と連絡とったりしてそこの担当の人とやり取りしたりする事もあるので、そういった面では面白さがありますよ」
羽毛先輩は物腰柔らかで丁寧に仕事を教えてくれた。
とても堕天し……いや……いい先輩、いい先輩だ。
しかし、そんな羽毛先輩の業務説明にはちょいちょい、気になる点が……。
「月末になると大変なのが、領収書なんかの回収ですかねぇ……自分の事に集中し過ぎて、期限になっても提出を忘れる方とかがよくいて、そういう方に声をかけて回収して回るのも私たちの仕事なんですよ」
この辺りは大変だと思うし、期限を守って下さいよと思うけれど、どこの会社でも比較的耳にする事例だから、まあ、いい。
問題はその後。
「クリエイターとか集中してる時は明らかに話し掛けて来るなオーラを出すんですけど、そこは提出しなかったあちらが問題なんで、臆せず声をかけて、フィールド展開している壁をぶち破らないといけませんので、はじめは戸惑うかもしれませんね」
はい、これ。この部分。
『フィールド展開してる壁』とか言いませんでしたか、先輩?
それをぶち破るとか言いませんでしたか、先輩?
心の壁の比喩とかじゃないんですよね?
心の壁(物理)ですかね?
「それ、ただ人の私で出来ますかね……?」
「ああ、面接した社長が君に太鼓判を捺していたので、きっと大丈夫ですよ」
大変なところから期待をかけられていた。
私は、今日から、新入社員として、この乙女ゲーム制作会社に就職する。
数多の乙女ゲーム発売を裏方として影から見守る事になるが、それらが密かに世の中に与えている影響を、私は知らない。
こちらのお話で、短編集、『乙女ゲーム、濃縮還元』は完結と致します。
お読み下さり有り難うございました。
蛇足と後書きを活動報告に上げていますので、よろしければご覧になっていただけると嬉しいです。




