Sideブリギッタ
「姉さん! いったいどういうことです!」
アルヴァーの執務室にて、私、ブリギッタは涼しい顔で答える。
「どうもこうも、モルガナ=アーレンス嬢とあなたの結婚のお話よ、もう手紙で伝えたわ」
「俺は彼女が結婚をしたくなくて騎士団にいることを知っているのですよ、どれほど怒るでしょうか、というかどうして俺に一言もなくそんな話を進めるんですか!」
「このあいだ手紙でそれとなく伝えたじゃない、まあこういうことをするとは言わなかったけれど」
「――姉さん、今ほどあなたという人に腹が立ったことはありません」
弟は頭痛を感じているのか額をおさえた。
「取り消してください、こんなのは横暴だ」
「それは私には無理よ、だってお父様もお母様も承知だもの」
「――俺だけが何も知らなかったわけですか」
「だってあなたに言ったらおしまいだもの」
平然と言う。
アルヴァーがこんなに怒るのも珍しい、よほどモルガナ嬢に想いを寄せていると見えて、私としては余計ゆずれない。
「アルヴァー、あなたの口から彼女に何か余計なことを言えば、あちらに圧力をかけてよ」
「……」
「それにね、モルガナ嬢は結婚するつもりがなくても、彼女の家はフィト=レジェス、幼馴染だそうね、その子との結婚を視野にいれていたようよ」
「!」
「いいの? とられてしまってからでは遅いわよ」
私の言葉に今度こそアルヴァーは黙った。
(あら、成功)
何も嘘は言っていない。
すべて本当のことだった。
アルヴァーの執務室を後にするとき、ずいぶん華奢な女性騎士とすれ違ったけれど。
そのときはそれがモルガナ嬢だとは知らなかった。
□□□
ことのはじまりは少し前。
初陣からトラウマを作って帰ってきた弟には以来からっきし女性関連の話題がなく。
いずれは政略結婚だろうと思うと気の毒で私、姉であるブリギッタの心は曇るばかりだった。
なぜなら私は少女のうちに政略結婚し、そして裁判官もなにもかも相手の手回しした裁判で一方的に離婚させられた。
そんな私は今も貴族の子女からは冷ややかに見られている。
(弟と妹には本当に愛した人と結婚してほしい)
私のような思いは絶対にさせたくない。
(なのにアルヴァーときたら、恋の話なんてぜんぜん無いのだもの!)
そんなおり、騎士団勤めの長い友人、アイリ=オードランから面白い話を聞いたのだった。
先日、アルヴァーは結構な怪我を負って戻ってきた。
なんでも討伐戦の予測が大きくはずれて苦戦を余儀なくされ、アルヴァーとその補佐官が最後尾を守って戻ってきたのだという。
致命的な傷もなかったのに、一体どうしたのかしらと思うほどあの子は落ち込んでいて、理由を聞けばその補佐官の子がアルヴァーをかばって大怪我をしたのだという。
様子が気になってしかたないようだったけれど、今は面会できないという。
(あら? ところでその大怪我をした子は自力で戻ってきたの?
最近補佐についたのは女の子だったはずよね?)
私は疑問に思って尋ねたが、それについてはぐらかされたのがきっかけだった。
なんだか怪しい、そう思って私はアイリに連絡をとったのだった。
アイリ曰く、アルヴァーが背負って帰ってきたという。
(まああの子がまさか部下を置いていくなんてそんなはずはないし、命のかかったことなんだから当然なのだけれど)
私が引っかかりを覚えたのは、あの子がその討伐戦の宴会から上の空で帰ってきたことと、その後もモルガナ嬢が左遷になったなんて話をついぞ聞かないことだった。
(これは面白いことになってきたわね)
きっとアルヴァーが聞いたら不謹慎だとか人命がかかったことだったとか色々言うだろうけど。
でも今はそんな分かりきったくどい話を聞いている場合ではない。
こんなチャンスはそう滅多に訪れるものじゃない。
□□□
聞けば聞くほどじれったい、もどかしい。
モルガナ嬢について調べれば、彼女の兄とは私も面識があった。
完全に魔術以外に興味がない、ある種の「いってしまっているひと」、という印象。
その妹である彼女もまた魔術以外にはたいへん無頓着なようで、傷の手当を幼馴染にさせたというのには眩暈がした。
(フィト=レジェスって……ライバルじゃないの!)
思わずはしたなくも手紙を握り潰してしまいそうになった。
(せっかくアイリが書いてくれたのにいけないわ)
なんとか正気をたもつ。
というわけで取った私の強硬手段。
両親をにこやかに説得し、アルヴァーの意志を無視して相手方に縁談を叩きつけた。
というので最初に戻るのだが、それでもまだまだ不安が残る。
(脈無しではなさそうだけど、彼女とっても鈍感だわ、そして無頓着なんてレベルの話ではないじゃない、このままじゃまずいわ)
というわけで、あえてアルヴァーの前の恋人を名乗ってみると、モルガナ嬢は少し動揺したようだった。
これはいける、私はそう考えた。
□□□
無論、私がそんなことをしているあいだ、アルヴァーはいまだかつてなく冷たく接してきた。
「姉さん、モルガナにわけのわからないことを言ったり、無茶苦茶なことをしたりしていないでしょうね」
釘を刺すような言葉に、私はまた平然とこたえる。
「なにもしていないわよ」
ええ、嘘はついたけどね。
□□□
珍しくアルヴァーとモルガナ嬢の非番がかさなった日だった。
私は無理矢理アルヴァーをつれだして街に来た。
アイリに彼女を連れてだしてきてもらおうと思ったのだけど、偶然なのか運命なのか彼女がふらふらやってきた。
ここでも彼女の幼馴染がとんでもないことをしてくれたのは想定外だったけれど、ちょうどモルガナ嬢と視線があったのでアルヴァーのほうに寄ってみる。
「……なんです姉さん、気持ちが悪い」
「ひどい言いようね」
「誰のせいです」
ただでさえ荷物持ちだといって無理矢理引っ張り出してきたもので、アルヴァーはたいへん機嫌が悪い。
(いえ、機嫌が悪いのはあの手紙のせいでしょうけど)
すると、背後の声に気づいたのかアルヴァーが振り返る。
私は内心、満面の笑みを浮かべた。
そこから先はもう、とんとんびょうしに話が進んで私としては面白いかぎりだった。
……レジェス家の彼には申し訳ないけれど。
うちもうちで譲れたものではなかった。
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アルヴァーとモルガナ嬢は結婚し、
仲睦まじいふたりを見ていると私はとても幸せな気持ちになった。




