かくして物語の始まる準備が出来た
件の事件の後、リリー男爵家令嬢は隣国にある3年制の寄宿学校に送られた。
名目としては、マリアンヌ嬢への無礼。
格上であるマリアンヌ侯爵令嬢をぶつかっただけとは言え、テラスから落としてしまったのだ、3年間の留学と言う名の追放は優しいものだと思う。
マリアンヌはそこまでしなくてもと思ったが、リリー男爵家令嬢本人が皇太子様から離れたいと少し落ち着きたい。
そう言った。
見送りの日、友人や親族の人々の中に皇太子や皇太子関係の人がいない後でリリー子爵令嬢はそうなんですねと呟いて旅路に出た。
そう書かれた友人からの手紙を読んで、マリアンヌはそれをビリビリ破り、窓から捨てた。
リリー子爵令嬢の悲しい思いなんてこんな紙みたいに消えてしまえばいい。
リリー子爵令嬢とは別に親しく無かったけど、彼女の未来に幸せがあれば良いなと祈りながら。
ジャックとマリアンヌ。
二人の物語は本当ならここで終わるはずだった。
あの夜の事はマリアンヌにとっては淡い夢。
ジャックにとっても淡い夢。
一夜の思い出。
遠い過去の思い出。
一晩過ご?したって言っても、ねぇ?
マリアンヌ嬢は猫なのだから。
誰も気にしないし、マリアンヌを助けたジャックを褒める事はあっても醜聞だと言う人などいなかった。
マリアンヌ嬢は猫なのだから。
侯爵家にも政敵はいるが、彼らがマリアンヌがジャックと一夜を共にしたと騒ごうとしても、マリアンヌ嬢は今は猫でしてよ?で話は終わってしまう。
それでもジャックとマリアンヌの縁はくるくると周り、また繋がる。
だって、あれが恋のいろはなんだから。
夜中に瞳が光る。
猫の瞳である。
あれ?
マリアンヌは夜中に目を覚まして一人思案した。
婚約破棄の少し前、恋の上手と噂されている貴婦人とお茶をした事がある。
皇后陛下とのお茶会だったのだが、皇后陛下が遅刻なされるとの事で部屋でぼーっと待っていたら、時間までわたくしがお相手しますわと入って来られたのが、ディアーヌ伯爵夫人だった。
マリアンヌはディアーヌ夫人はなんかクネクネしてて好きでは無かったのだが、お話は楽しかった。
その時に教えていただいたのだ。
恋には順番があって、恋の告白が「い」キスをするのが「ろ」抱き合って夜を過ごすのが「は」。
そうして、二人は結ばれて子供を授かるのですよ。
閨教育のジャブである。
あまり早く閨教育をすると、興味津々になられても困るので皇室はマリアンヌが17歳になるのを待っていた。
マリアンヌ16歳。
箱入り中の箱入り。
これでも純真無垢なお嬢様である。
むくり。
寝台から起き上がり猫座りして考える。
暗闇に光るキャッツアイ、ホラーである。
お手手をニギニギして、開いて閉じてを繰り返す。
好きと言われた。
抱きしめられた。
夜を共に過ごした。
恋のいろは、ぶっちぎりー!
って言う事は。
マリアンヌは今は真っ平らなお腹をなでなでした。
ここに赤ちゃんが?
マリアンヌの緑の瞳がかっと開くと、寝台から飛び降り新設された猫ドアを潜り抜けると、あ、侯爵家の全てのドアにはマリアンヌが猫になった時点で、猫用のドアがつけられてるのだ。
ほう!れん!そう!
報告、連絡、相談!
皇太子妃教育で何事も報告、連絡、相談を心に染み付けられたマリアンヌ。
抱えきれない問題は特に一人で抱え込まない事。
大きな問題こそ人々と共有し、解決策を探すのが解決の早道である。
「お母様、わたくし、赤ちゃんが出来ました!」
夜中の侯爵邸を足音も密やかに駆け抜けて、辿り着きたのは侯爵夫人の寝室。
ぴゅんと飛び上がり、とんっと侯爵夫人の胸の上にダイブして叫んだ。
お母様、可愛い孫が出来ますよ!
「むぎゅ」
侯爵夫人の口から蛙の潰れた様な声が聞こえた




