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夜天余話  作者: 宵宮 詠
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賢者と拾い子 3


 アスランは寝支度をしながら、腕がヒリヒリと痛む事にようやく思い至る。

小さな歯型と蚯蚓みみず腫れ。


(浄化魔法プルガティオで良かったものを。)


今更気づき、苦笑する。

小さな傷達をひと撫でで消しながら、子供の暴れっぷりを思い出した。


あれはまさしく生存の為の本能だ。

泥に塗れ地べたの食べ物を貪り風呂に突っ込まれ牙を剥く。


生きようと全身でもがく小さな命がそこにあった。


アスランは寝支度を終え、居間へと戻る。

窓際のロッキングチェアに腰を下ろし、ソファを眺めた。毛布が微かに上下して、子供が穏やかな眠りに包まれている事を教えてくれる。

アスランはその姿を飽きる事なく眺め続ける。

やがて月が、中天から傾いた。


 気付けば窓から朝の光が射していた。

あのまま眠ってしまった自分に苦笑する。

毛布はまだ静かに上下している。

そっと通り過ぎ、キッチンへ向かった。


鶏肉と野菜をコトコトと煮込む。

パンを温めながら、ふと思いついて果物を添える。

やがて居間からゴソゴソと動く気配が届いた。


アスランはスープとパン、果物を居間のテーブルに運んだ。

子供は昨日と同じ隅っこで、毛布を被って蹲っている。


テーブルに着いて、子供に見せるようにゆっくりと食事を摂る。

こくりと喉を鳴らす小さな音が聞こえた。

目を向けず、パンを千切って口に運ぶ。

もぞもぞと落ち着かない衣擦れが聞こえる。

それでも隅っこを動かない警戒ぶりに感心しながら、

アスランは食べ終えた食器をキッチンに運んだ。


そっと居間を覗くと、子供は何度も戸口に視線を向けながら、そろそろとテーブルに近づいて行く。

椅子によじ登り膝立ちになると、カトラリーには目も向けず、手をスープ皿に突っ込んだ。


(冷めていて良かった……)


思いながら見守る。

ガツガツとスープの具を食べ、皿に口をつけて汁を啜る。果物に手を伸ばし口に押し込むと、

子供の顔がパァッと輝いた。

アスランは無意識に拳をぐっと握った。

と、その時。


子供からも「ぐっ」というくぐもった音が聞こえた。

胸元を叩きながら目を白黒させている。


(しまった、水を用意しておくべきだった!)


コップを引っ掴んで無詠唱で水を満たし子供に駆け寄る。

目を白黒させながらも子供は自分に突進してくる相手に怯え、身構える。

アスランの手が子供に届いたと思った瞬間、

子供が掻き消えた。


「なんだと!?」


アスランが愕然と立ち尽くすと、気配が風呂場に現れた。


「そんな馬鹿な……」


追いかけるように風呂場へ跳んで有無を言わせず魔力で拘束する。

またどこかへ跳ばれる危険に比べれば、多少手荒でも構うものかと思った。


子供はまだ目を白黒させている。

そのままうつ伏せに膝に乗せ、背中をバンバンと叩いた。

子供の口から大きな果物の欠片がポーンと飛び出し、

ヒューヒューと呼吸が再開する。

アスランはひとまず安堵の溜息を吐きながら、その背中を摩ってやった。


子供は何が起きたのかわからない様子で、夜色を真ん丸に見開いてアスランを見つめた。


「……君は……まさか私の転移を真似て跳んだのか……?」


夜色と空色が交わった。

アスランはこくりと息を呑み、そっと鑑定の魔力を通す。

子供は怯えるでも嫌がるでもなくきょとんとアスランを見上げたままだ。

アスランの魔力がずぶずぶと子供に沈んで行く。あまりの抵抗のなさに、空色が見開かれる。



「解析 名前:キナ

    種族:不明

    年齢:不詳」



鑑定の結果に、アスランは呻いた。


駄目だ。この子は駄目だ。

施設で手に負えるものではない。


「全く……厄介なものを拾ってしまったものだ……。」


アスランから、深い深い溜息が漏れた。

静かなはずの隠遁生活が、子育て生活に変貌を遂げた瞬間であった。


本編「夜天の魔女」

https://ncode.syosetu.com/n1950lv/

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