賢者と拾い子 1
賢者は隠遁を決め、これまでの住まいを引き払った。
新しい住まいを人里離れた森の奥深くと定め、
こぢんまりとした家も用意した。
のんびりと徒歩で新居への道中を楽しみながら、途中、同胞の墓所へと足を運んだ。
真新しい墓石には
「守護剣聖ラエザル 此処に眠る」
と飾り気のない墓碑銘が書かれていた。
賢者は花を手向けながら思う。
守護魔導士アウララ、エルケンス。
守護盾騎士マティルダ。
守護吟遊士レオン。
皆、魔王戦で散った。
魔王の間直前で挟撃に遭い、アウララが阻止に残った。
エルケンスが回復と防御を担い、レオンがバフとデバフを歌う。
マティルダが物理攻撃を受け止め、いなし、ラエザルが斬り結ぶ。
そして賢者が、大魔法を編んだ。
マティルダが崩されその盾が弾け飛んだ。
同時に賢者の魔法が発動する。
レオンがマティルダへ跳び、抱え、後方へと再び跳ぶ。
大魔法に削られながらも魔王はレオンの発現位置を正しく読んだ。
レオンとマティルダが爆散する。
エルケンスの絶叫が響き、ラエザルが歯を食い縛り斬り掛かる。
盾のいなくなった前線に賢者の障壁が展開され、我に返ったエルケンスが攻撃魔法を詠った。
片腕を犠牲にラエザルの剣を受け止めた魔王は
エルケンスへと魔力の矢を浴びせる。
障壁に無数の矢が突き刺さるも、
止めの一撃とするべく魔力を練り上げていた賢者は、それが破られる様をただ見ている事しかできなかった。
エルケンスは風魔法の発動と同時に矢に斃れた。それを視界に入れながらも、ラエザルと賢者は魔王を討つのは今だとわかっていた。風魔法は魔王を竜巻のように飲み込み、動きを封じながら真空の刃でその身を削る。
賢者の大魔法が練り上げられていき、ラエザルが風魔法の収束と共に奥義を放つべく構えに入る。
その時、魔王が吼えた。
ビリビリと空気が震え、風魔法は霧散し、無防備なラエザルと賢者に波動が襲い掛かる。
これまでか。
そう思った瞬間、背後から輝く魔力が放たれ、波動と激突した。
アウララだった。
1人、敵を食い止め、殲滅し、残った魔力を波動にぶつけたのだ。
アウララは魔力を振り絞るように両手を魔王に向け、歯を食い縛る。
ラエザルは跳び、奥義を放つ。
目にも止まらぬ剣筋が魔王を翻弄し、血飛沫が幾筋も空を染める。
そして、賢者の魔法が完成した。
金色の炎が一直線に魔王へと迸り
その存在を理ごと飲み込んでいく。
終わった……
思うと同時に振り返る。
そこにアウララはいなかった。
ただ、白い塵が積もっているだけだった。
魔王城は地に沈むように姿を消し
そこに立っていたのはラエザルと賢者だけだった。
エルケンスの亡骸とマティルダの盾を、それぞれの故郷に届けた。
レオンは遺品も残らなかった。
アウララは塵となり風に散った。
二人とも、それを伝える故郷さえ知らない事に、全てが終わってから気がついた。
魔王が消えてもその爪痕は大きく深かった。
アスランは「歪み」の修復と結界柱の保持に、ラエザルは魔物との戦いに日々を過ごした。
「そろそろ顔でも見に行くか」
そう思った矢先に訃報が届いた。
剣聖の最期は病だった。アスランの知らぬ内に、討伐隊の長も引退していた。
(たった数十年で、人は……)
そして最後の守護者は表舞台から姿を消すことを決めた。
手向けた花が風に花弁を散らす。
「また、いずれ」
地に眠る剣聖に告げる。
けれど、それが数十年後か数百年後か、
賢者自身にもわからなかった。




