最終話「動き出した今」
元の世界へと戻ったライムは、いつもと変わらぬ、平凡な日々を過ごしていた。
これは、そんなある日の朝の出来事である。
カコイマミライ
~時を刻まない島~
最終話
“動き出した今”
ジリリリリーーー! と、目覚ましのアラームの大きな音が鳴り響く。
「ん、う~ん……」
寝ぼけながらに、布団から手だけを出して伸ばし、目覚ましのアラームを止めた。
「もう少し……寝させて……」
また眠りにつこうとしたその時、母親の怒鳴り声が耳の鼓膜を震わす。
「ライム!! いつまで寝てるの! 起きなさい!」
母親の大声に、慌てて飛び起きたライムは、真っ先に時計の時刻を確認した。
「こ、こんな時間!? やばい、また遅刻だ!!」
急いでライムは学校へ行く準備を始め、制服に着替える。着替えながらも、ブツブツと母親に文句を垂れた。
「なんで起こしてくれなかったんだよ!」
「何度も起こしたわよ! それでも起きてこなかったのはあなたでしょ。朝ごはんは?」
「ごめん、いらない。もうそんな時間なくて……」
ものの5分もしないうちに準備を済ませ、ライムは自転車の鍵を手に取った。
靴を履き、すぐに出ようとした、その時──
ある人物がライムに声をかけた。
「ライム、おはよう。おまえの自転車、空気抜けそうだったぞ! 空気ちゃんと入れといてやったからな!」
そのある人物とは……
「父さん」
ライムの父親──桐島 龍太郎だ。
16歳の思春期のライムは、多感な時期に差し掛かっており……
頼んでもない父の勝手な行動に、苛立ちを覚えていた。
「なんで余計なことするんだよ! あとで自分でやろうと思ってたのに」
「なんだと! 感謝のひとつも言えないのかおまえは!!」
お互いがヒートアップし、父と子の口喧嘩に発展してしまっている。
思わずライムは、靴紐を結ぶのを途中でやめ、立ち上がった。
「第一に、何で父さんがこんな朝っぱらから家にいるんだよ。何だっけ? 変な研究が失敗に終わったんだったか? それじゃ完全にニートじゃないか!!」
「なにを!? 分かってないなライム。あの“フューチャープロジェクト”はとても危険なプロジェクトだったんだ……やめて正解だったよ……」
「よく言うよ。単なる強がりにしか聞こえないよ! おかけで借金だらけなんだろ? どうすんだよこれから……」
今までの分も蓄積されていたのか、ライムは一気に不満を父にぶちまけている。
しかし、息子に何を言われようとも気にすることはなく、父は楽観的に考えているようだ。
「大丈夫だろ! そこは何とかなるさ! いいか、ライム。未来は無限の可能性を秘めているんだ!
だから父さんがいくら借金を背負おうとも、これからの私の行い次第で、どうにでもなることなのだよ!」
「時の研究で失敗した人が、よくそんな呑気な未来を語れんな」
「それよりライム、よかったじゃないか。しばらくは毎日休みだぞ? おまえの行きたかった遊園地、いつでも行けるぞ?」
あまりにも恥ずかしい父の発言に、ライムは赤面した。
「一体いくつの時の話してんだよそれ!! 恥ずかしいからやめろよ!!」
「年上の彼女もできたんだろ? なんなら、その彼女もいっしょに連れてくるといい!」
「なっ……一体どこから、その情報を!!」
ライムの顔は更に赤くなり、ライムの顔はもう真っ赤かだ。
まるでどちらが子供か分からないほどの幼稚な口喧嘩に、黙って聞いていた母は呆れていた。
だが、終わりが見えない二人の喧嘩に、さすがに止めに入る。
「もういい加減、やめなさいよ二人とも。喧嘩なら帰ってからやったら? それに、いいの? ライム。学校遅刻しちゃうけど……」
母に言われ、ライムはようやく思い出した。
父との喧嘩でついつい熱くなり、寝坊していたことなど完全に忘れてしまっていたようだ。
「やっべ!! そうだった!! 最悪だ。急がなきゃ!! これで遅刻したら、全部父さんのせいだからな!」
ライムは慌てて玄関にしゃがみこみ、再び靴を履いて、靴紐を結び直した。
するとそこで母は、ライムの背中にある大きなゴミの存在に気づく。
「ちょっと待って、ライム。あなたの背中に大きなゴミがついてる──ほら!」
そう言って母はそのゴミを手に取り、ライムに手渡した。
それはゴミというよりは、何か動物の白い毛のようなものだった。
その白い毛を見たライムは、真っ先にある動物の姿を思い浮かべる。
「ほんとだ。なんで俺の背中にウサギの毛なんかが……」
不思議なことを言うライムに、思わず母は笑った。
「あなたおかしなこと言うわね! 普通動物って言ったら、ペットの犬か猫じゃない?
それがなんでウサギなのかしら? まぁうちはペット飼ってないし、どのみちおかしな話だけど」
母が指摘したことで、ライムも自分が変なことを言っていたことに気づく。
おかしな自分の言動に、疑問を持ち始めていた。
(それもそうだよな。どうしてウサギなんて言葉が最初に出てきたんだろ? でも、思わず口から出てきたんだよな……)
ライムには『時の刻まない島』での冒険の記憶は残っていない。
しかし、潜在記憶として、ライムの記憶の中に残り続ける。
いつかそのうち、思い出す時が来るかもしれない。
『いってらっしゃい。ライム』
「──ん? 何か今、聞こえたか? 気のせいか?
やべっ……今度こそ本当に行かなきゃ。じゃあ、いってきまーす!!」
どこからか空耳を聞いた気がしたが、今はそれどころではないライムは、謎の白い毛をズボンのポケットにしまい、大急ぎで玄関を飛び出した。
今日も異世界の時の塔から、はたまた身近なところから……
時の支配者は、ライム達を見守り続けていることだろう。
明るい未来を目指して、毎日大忙しだ。
「まったく……騒がしいやつだな。さぁて、私もそろそろ新しい職探しでも始めますかね!」
律儀に家の外までライムと一緒になって出ていた父は、自転車で颯爽と走り去っていくライムを、笑顔で見送った。
きっと今日も平凡な、いつもと変わらぬ一日をライムは過ごしていくのだろう。
こうしてライムは、無限の可能性を秘めた、新たな未来へと──また一歩足を踏み出した。
最終話 “動き出した今” 完
ゆっくりペースでの更新でしたが、無事完結を迎えることができました。
ちょうど一年に渡る連載でした。読んでいただいた方には、感謝しかありません。
現在は他の作品を連載中のため、今後はそちらに専念します。
最後になりますが、読者の皆様、本当にありがとうございました。