第106話「使命①」
キリシマはナヴィから真実を知らされる。
キリシマが唱える解放の概念は、根本から間違っていた。
時の軸──“今”と、“未来”を生きる二人の存在。
“今”を生きる方を消せば、後に大変なことが起こる。
天才キリシマは、頭では間違いなく理解しているはずなのに、知らないフリを決め込んだ。
「私が間違ってるのだとしたら……“あれ”は何だったのだ? これが私の“使命”だと……もう一人の自分の責任を取るんだと……必死にやってきたというのに……この島での私の行いは、一体何だったと言うのだ!!!」
カコイマミライ
~時を刻まない島~
第106話
“使命”
これはキリシマがこの島、異世界に辿り着いた直後の話である。
キリシマは突如発生した、時空の歪みに飲み込まれ、この地にやって来る。
間違いなくこれは未来転送装置によるもの……
しかし、自分は何かした覚えはない。そこですぐにキリシマは気づく。
これは別の時の流れを生きる、自分の仕業──もう一人のキリシマのせいなのだと。
キリシマは元の世界に帰る道筋を探しながら、とある村で生活をしていた。
まだこの当時、解放軍は存在しないため、島はとても平和であった。
村には優しい人が多い。キリシマはすぐに、この島の生活に馴染むことができた。
その村で、キリシマは意気投合する人物と出会う。
恐らく見た目で判断すると、同じくらいの年齢のはずだろう。
お互いの元の世界での話や、これからの生活の事など、色々な会話をよく交わしていた。
この男には、自分は科学者とだけ伝えており、時の研究の話や、ましてや装置の話などは伏せておいた。
この男も含めて、異界人のすべてが自分の責任かもしれない……
そう思うと、とてもじゃないが口が裂けても言えなかった。
そんな生活がしばらく続いた、ある時。
二人は村の外で摩訶不思議な体験をする事となる。
キリシマの目の前に──
その男と身長や話し方、その他すべてが一緒の男がいるのだ!!
もうこれは似ているなんてレベルの話ではない……全くもって“同じ”なのである。
キリシマ達は奇跡の出会いを果たしていた。
すると、その不思議な現象を前に、男はこう言った。
『もしかして……これが“ペア”ってやつなのか?』
“ペア”
キリシマはこの言葉を、ここで初めて知ることとなる。
ペアの存在は、島では都市伝説として語られていた。
自分と全く同じ人間、もう一人の自分が島のどこかに存在する……そんな噂話だ。
しかし、そのような眉唾物、信じる者は誰一人としていなかった。
この時のキリシマは、もちろんペアの事も知らなければ──
“片方が消えれば、もう一人は元の世界に帰れる”
このルールも知るよしもない。何一つ知識はない状況である。
ただ、目の前で現実として起こる現象に、“ペア”というのものを認めざるを得ない。信じるしかなかった。
そうするべくして、ペアの存在を認めたキリシマ。
これもよくよく考えてみると、すごい出来事なのだろう。
この広すぎる世界での奇跡の出会いは、天文学的な確率に違いない。
その事に気づいたキリシマ達は、大興奮していた。
元々男と仲がよかったキリシマは、同じ性格のもう一人の男とも、簡単に打ち解ける。すぐに意気投合した。
その夜は不思議と、めでたい事でもあったような気分で、三人は夜な夜な酒を交わす。
キリシマはほろ酔い気分になっていた。
酔ったキリシマは、そこでうっかり自分の研究の話を、二人にしてしまったのである。
深く考えず、それとなくキリシマは、“ある事”を口走ってしまったのだ。
『二人は似てるどころか、同一人物なんだろうな……きっと、もう一人の自分なんだ。もしかして……二人存在してることがいけないのか? どちらか一人が消えれば、元の世界に帰れたりして……』
これはあくまでキリシマの推測で、軽い冗談のつもりだった。
しかし、たまたまに過ぎなかったが、これは紛れもない“事実”である。
ペア同士の二人は、酔いながらも、しっかりとこのキリシマの言葉を耳にしていた。
そして、その夜はキリシマは酒に溺れ、いつの間にか眠りについた──
その次の朝。
悲劇は起こる。
寝ていたキリシマは、男のうめき声のような、大きな音で目を覚ました。
キリシマの目の前には……
血まみれになった二人の姿があったのだ。
キリシマは慌てて飛び起きる。
『ど、どうしたんだ!? 一体何が起こった!?』
どうやらペア同士の二人が、喧嘩をしていたようだった。
いや、これは喧嘩なんて生易しいものではない……もはや殺し合いだろう。
二人は同じ人物。そうなれば中々決着はつかないはずだが……片方は“神力”を身に付けていた。
キリシマ自身は前夜、ぼそっと呟いたことを、何となく記憶してはいるが、まさかこんな悲劇が起こるとは思ってもみない。
キリシマは取り乱した。
『な、なぜこんなことを……一緒に仲良く飲んでいたじゃないか!! それがなぜ……??』
男達はキリシマが呟いた話を信じていた。
どちらが生き残るべきか話し合いが行われるも、収拾はつかず、殺し合いへと発展したのだろう。
大変なことをしてしまった……
キリシマは、うっかり口を溢した自分の甘さに後悔していたが──男は、キリシマが思っていたものとは、まるで違う反応を見せた。
争いに敗れて、命を落とした男の方の体が、徐々に薄くなり消えていく……
キリシマの言ったことは現実として、目の前で起こる。
その真実に気づいたもう片方の男は、キリシマに向けてこう言ったのだ。
『ありがとう……教えてくれて』
『えっ……?』
キリシマに衝撃が走った。
すっかり自分は悪いことをしたとばかり思っていたのに、男からは感謝の言葉が飛び出たのだ。
そして、続けて男は言った。
『この島から……この異世界から……“解放”してくれて、どうもありがとう!!』
男は最後までキリシマに感謝をし、ついには姿を消した。
キリシマは全身が震えあがり、強い意思がここで芽生える。
島に着いて間もなく、こんな奇跡の場面を目撃するなんて……
キリシマは完全に思い上がった。
装置を作った者として、原因を生んだもう一人の自分の責任として──
この事実を隠している場合ではない。異界人には“ペア”がいる。
そのペアを殺せば、もう片方は元の世界へと帰ることができる!!
(これは──神が私に与えた“使命”だ!! 私が責任をもって、島の異界人を“解放”させてやる!! 私がやらなきゃ、一体誰がやるというのだ!!)
こうして、キリシマは解放軍を立ち上げた。
ペアを殺せば……いや、もはやペアなど関係ない。
異界人その者を殺せば、この島のどこかにいるであろう──もう片方の自分は救われる!!
このキリシマの解放の意志は一気に広まり、あっという間に解放軍は島中に溢れかえった。
そして、キリシマは今に至る…………