吾妻にて
「何、立ち退き?吾妻一体の地域住民を渋川に移転させるだと?国は何の権限でそんなことをするんだ?」
知り合いの県議会議員からそんな話を聞いた。
「荒俣社長。まだ決まった訳ではありませんが、昨今の過疎化を鑑みると、この地域のインフラを支えるほどの税収を期待できないのです。致し方ありませんが。」
「そうか。しかし、吾妻の人口が居なくなってしまっては、我が社の鉄道は単なる草津観光の鉄道になってしまう。我が社の経営方針も大きく変わってしまうのだが。」
「お気持ちは分かりますが、社長のような私鉄経営者は大勢いるのです。現在は全国で出生率が低下していますからね。どの地域でも人口集中政策をせざる負えないのです。」
確かに、最近はめっきり子供が減ってしまった。戦争の後遺症だ。あの戦争以後、日本の出生率は減少傾向にあるらしい。正確に戸籍調査していない幕府時代から比べても、減少しているらしい。安定した税収を獲得し、インフラ、行政を機能させるため、居住区を限定して、各地に転々と居住区を設定した状態が続く昨今。地方のインフラに投資したところで、あまり儲けもない。元はと言えば、開業直前で経営権を放棄した知り合いから譲り受けた会社だから、たいした思い入れもない。早く手を引くのも得策だな。
「まあ、昨今の現状を考えると、致し方ないな。これから、色々と移住計画やら行政再編やらで、忙しくなるだろう。君も、県議会議員として、是非、頑張ってくれたまえ!」
相手も、私の激励を受けて、満更でもないような様子で、帰って行った。さて、これからどうしてやろう。
それから、2週間ぐらい経ったある日のこと。相変わらず農家では、養蚕の仕事で忙しい秋のことであった。幾人かの農家の人々が、私のところに陳情に来た。
「あの~。前日、県から移住の計画が発布されました。社長も、御存じだと思いますが。」
「ええ、もちろん。」
「そうですか。それでは、この鉄道はどうなるのですか?」
「中野条~草津間を残して、東京から草津へ来る湯治客用の鉄道にする予定です。」
「それでは、当然吾妻の各駅は廃止となるとですね。」
「・・・。残念ながら、そうなりますね。」
農家の方々は、少し黙った後、こう言って私に陳情した。
「荒俣社長。貴方が経営する、草津軽便鉄道のお蔭で、生活は向上し、農作物により利益も上げられました。偏に、貴方のお蔭です。しかし、移住となれば、先祖代々守ってきた土地を手放すことになります。当然、仕事も失います。全国で、移住政策が行われていますが、現地での再就職は上手くいっておりません。今の政府の政策では、私どもの生活は保障されません。しかし、この鉄道が残ってくれれば、他地域から吾妻に移住してくれる可能性もある。是非とも、吾妻の路線存続をお願いいたします。」
農家の人達の嘆くような、しかし、強く訴えかけるような陳情に、私は最初、困惑したのだった・・・。




