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死亡扱いの最強冒険者、13歳の姪として再登録しました 〜“故人”のままバレずに現役復帰します〜  作者: 猫が寝転んだ
第二章 傷跡の残る森

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第十一話 静かな森の違和感

毎週土曜日12時10分の更新予定です。

 朝日が城壁を照らし始めた頃、クルド西門前には百名を超える冒険者や支援要員が集まっていた。


 剣や槍を携えた前衛が装備を点検し、後衛の弓兵は弦の張り具合を確かめている。

 荷馬がゆっくりと鼻を鳴らし、背いっぱいに積まれた荷を揺らす。設営班や炊事班は最後の確認に余念がない。

 その傍らでは、数こそ少ないものの、治癒や補助を担う魔術師たちも静かに出発を待っていた。


 探索隊としては、これまでにない規模だった。

 調査だけでなく、途中で見つかる魔物の群れや集落を排除することまで見据えた編成なのである。


 門の前へ立ったギルドマスターが、大きく息を吸う。


「諸君! 朝早くからよく集まってくれた」


 その一声で周囲が静まり返った。し


「これより北西方面への遠征を開始する!」


 集まった冒険者たちの視線が一斉に集まる。


「今回の目的は未踏区域の調査と、安全な中継拠点の設営だ!

 無理な深追いはするな! 異変を見つけた場合は必ず報告を優先しろ!」


 力強い口調で次々と言葉が続く。

隊列の確認から始まり、それぞれの役割、非常時の合図、撤退の判断基準まで、一つずつ念入りに説明していく。


 もっとも、その内容は昨日の説明会で聞いたものとほとんど変わらなかった。

 昨日も散々聞かされた注意事項ばかりだ。


 あの男は昔から心配性だ。


 大事なことは何度でも言う。しつこいくらい確認し、全員が理解したと確信するまで話を終えない。

 心配性なのか、お節介なのか。昔から仲間内では「オカン気質」と苦笑されることも多かった。


 案の定、隊列のあちこちでは欠伸を噛み殺す冒険者が出始める。


「こらぁ!」


 ギルドマスターが腕を組み、大声を張り上げた。


「あとになって『聞いてませんでした』なんて泣き言は許さんぞ!」


 数人が肩をびくりと震わせる。


「いいか、ちゃんと聞けよ!

 今回の目的はなぁ、未踏区域の調査と安全な中継拠点の設営だ!」


 その瞬間、隊列のあちこちから笑いが漏れた。


「おいおい、また最初からやり直しかよ」

「ウチのオカンとおんなじだぜ」

「いつまでたっても出発できねえぞ〜」


 張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。


 ギルドマスターは苦笑とも悪戯っぽい笑みともつかない表情を浮かべると、最後に全員を見渡した。


「なら、話はここまでだ。

 その代わり、違反者は尻叩き五十回だ。忘れんなよ!」


 そして、一拍置き拳を高く掲げる。


「――いいかぁ! 誰一人欠けることなく、帰ってくるんだぞ!」


 その一言に、集まった全員の表情が引き締まる。


「おおおっ!!」


 力強い鬨の声が、西門前へ響き渡った。


「よし! じゃあ最後に点呼だ!」


「「「――まだあんのかよ!!」」」


 ギルドマスターの追い打ちに、ほぼ全員のツッコミが綺麗に揃った。



 ◇



 その様子を少し後ろから眺めていたマキは、小さく息を吐いた。


(……漫才師か)


 一見すると、ただのお調子者だ。 だが、気が付けば場の空気はほぐれ、誰もが肩の力を抜いている。 ああやって十年近く冒険者たちをまとめてきたのだから、大したものだ。


(まあ、本人は狙ってやってるわけじゃないんだろうけどね)


 呆れたような目を向けながらも、口元だけはわずかに緩んでいた。


 その横では、フレットが頭を掻きむしっている。

 隣の冒険者がからかうように声をかけた。


「いやぁ、ギルマス最高だな!」


「あのなぁ…言っとくが、あれ(尻叩き)ハッタリじゃねえ。本気だぞ」


「そこがいいんだって!」


「オレぁ忠告したからな……」


 そんなやり取りを聞き流しながら、マキは肩の上へ目を向けた。

 バーツはフードから鼻先だけを出し、不思議そうにギルドマスターを見つめている。


『……ナガイ』


 その姿を見て、マキは思わず吹き出しそうになる。


「あれでも短い方なんだぞ」


『……ネル』


 短い返事に、今度こそ苦笑が漏れた。


 やがて前方から先発隊招集の声が響く。

 笑い混じりだった空気は一変し、それぞれが自分の持ち場へ散っていった。




 出発準備が進む中、マキは荷駄の前で積み荷を確認していた。


 鍋は大中小それぞれ六つずつ。

 干し肉、塩漬け肉、乾燥野菜、豆、小麦粉。


 調味料の樽に、水袋。食器類も数え直し、足りないものがないか一つずつ目を通していく。


 後方支援隊長が帳面を片手に荷の前まで歩いてくる。


「食材の積み忘れはないな?」


 荷駄を見回すと、小さく頷く。


「ええ。こっちも確認しました。問題ないです」


 マキも帳面を閉じた。


 後方支援隊長は安心したように息をつく。


「食事については君に一任する。設営と並行して、炊き出しの準備を進めてくれ」


「了解です」


「人数が多い。最初の数日は緊張もあって慣れない者もいるだろう。苦労を掛けるが頼む」


「まあ、まずはしっかりと食べてもらわないと動けませんからね」


 マキが肩をすくめると、隊長も苦笑した。


「本当に君は新人離れしてるなぁ」


 そこへ先発隊を率いるガレスが歩いてくる。


「支援隊長、そろそろ出ます」


「ああ」


 ガレスは、マキへ視線を向けた。


「周囲の気配を探るのはおそらくマキが一番だ。何か気になることがあれば遠慮なく言ってくれ」


「了解です」


 短いやり取りを交わすと、ガレスは先頭へ戻っていった。


 後方支援隊長は、その背中を見送りながら呟く。


「設営が事前に効率よく進めば、本隊も動きやすくなる。まずはそこまでが先発隊の役目だ」


「ええ」

 

 その時、前方から号令が響いた。


「先発隊、前へ!」


 ガレスの声に応じ、荷駄がゆっくりと動き始める。


 マキは肩の上で丸くなって眠るバーツをひと撫でし、そのまま先発隊の後を追って歩き出した。



 ◇



 先発隊はガレスを先頭に、西門をくぐった。


 石畳の上へ、冒険者たちの足音と荷馬の蹄の音が規則正しく響いていく。

 街道を歩くうちは、空気も穏やかだった。

 行き交う商人が道を譲り、畑仕事をしていた農夫が探索隊へ手を振る。


 これだけの人数が一度に街を出ることは珍しく、道行く人々も興味深そうに眺めていた。


 やがて街道を外れ、一行は森へ入る。


 木々が陽射しを遮り、空気がひんやりと変わった。

 足元には落ち葉が積もり、鳥の鳴き声だけが森の静けさを際立たせている。


 ガレスは歩調を緩めることなく、周囲へ視線を配った。


「慌てる必要はない。今日は予定地点まで安全に到着することが最優先だ。周囲への警戒を怠るなよ」


 先発隊の面々が小さく頷く。誰も無駄口を叩かない。

 設営担当が多いとはいえ、ここにいる者は全員が冒険者だ。

 森へ入れば気持ちは自然と切り替わる。


 マキも隊列の後方を歩きながら、周囲へ意識を広げていた。

 深奥の森と比べれば、この程度の森はまだ穏やかなものだ。


 それでも、森には森の空気がある。


(……静かだね)


 マキは森を流れる魔力の揺らぎや獣たちの気配を探りながら、一歩ずつ慎重に歩みを進めていく。


 道中、特に足を止めるような事態もなく、一行は予定どおり森の奥へ進んでいった。


 日は高く昇り、木々の隙間から差し込む陽射しも次第に強くなっていく。


 途中、小川を渡り、緩やかな斜面を越えながら歩き続けること半日あまり。

 ガレスが足を止めた。


「ここで小休止にする!」


 号令に合わせ、それぞれが荷を下ろし始める。


 水筒で喉を潤す者。木陰へ腰を下ろして靴紐を締め直す者。

 保存食を取り出し、仲間と他愛もない話を交わす者もいる。


 マキも腰を下ろし、保存食を一口かじった。

 肩の上では目を覚ましたバーツが鼻をひくつかせている。


『……ニク』


「ひと休みしているだけだからね」


 そう言って干し肉を少しだけ分けてやると、バーツは満足そうにもぐもぐと噛み始めた。

 その姿に苦笑しながら、水を一口飲む。


 森は相変わらず静かだった。

 風が枝葉を揺らし、遠くで鳥が鳴く。


 その時だった――

 マキの表情がわずかに変わる。


(……ん?)


 意識の端に、小さな反応が引っ掛かった。


(……オーク?)


 隊列の左手、半リーグほど離れた場所を移動する反応が一つ。


 数は一匹だけだ。


(はぐれか……?)


 ほんの一瞬、違和感が胸をよぎる。

 オークは二〜三匹で行動することが多い。一匹だけというのは、ほとんど見た記憶がない。


 マキは何気ない歩調で、ガレスの隣まで移動した。


「ガレスさん」


「どうした?」


「少し周囲を見てきてもいいですか」


 ガレスは保存食を齧りながら横目を向ける。


「何か気付いたか?」


「半リーグほど離れたところに、オークらしい反応を一つ見つけました。ただ、単独なんです」


「……半リーグ先か。一匹だけ?」


「ええ。それが少し気になりまして」


 ガレスは短く考え込んだあと、小さく頷いた。


「無理はするな。何かあればすぐ戻れ」


「了解です」


 返事をすると、マキは音もなく隊列を離れ、木々の間へ気配を溶け込ませていった。



 隊列を離れたマキは、木々の間を音もなく進んでいた。


 落ち葉を踏んでも音はほとんど立たず、枝葉を避ける身のこなしにも一切の無駄がない。


 やがて、一体のオークが視界へ入った。

 こちらにはまだ気付いていない。

 鼻を鳴らしながら周囲を見回し、落ち着きなく歩き回っている。


(やっぱり一匹……)


 単独で行動している。

 それが、どうにも引っ掛かった。


 マキは木陰を伝うように距離を詰める。


 オークが気配に気付き、慌てて振り向いた。

 だが、その時にはすでに勝負は決していた。


 大剣が横薙ぎに走る。


 刃は首を一息に断ち切り、巨体は二、三歩たたらを踏んだあと、鈍い音を立てて地面へ崩れ落ちた。


「……よし」


 マキは周囲へ意識を巡らせた。

 近くに大きな反応はない。


 しかし、隊の進行方向とは直角に外れた北西側――数リーグ先に、なんとなく妙な反応が感じられる。


(……あっちは距離があるね)


 今の探知では数や魔物の種別までは分からない。


 マキは腰のポーチへ手を伸ばす。

 亡骸へ触れると、オークの巨体は音もなく吸い込まれていった。


「さて……」


 マキは一旦来た道を引き返し、先発隊へ合流した。


 ガレスは無事な姿を見ると、小さく頷く。


「どうだった?」


「やはり一匹だけでしたので、片付けておきました」


「そうか」


 ガレスは安堵したように息をつく。

 だが、マキの表情は晴れない。


「少し気になることがあります」


「単独だったことか?」


「ええ。オークが一匹だけで行動するのは、やっぱり違和感があります」


 ガレスも腕を組んだ。


「群れからはぐれた可能性は?」


「あります。ただ、念のため周囲をもう少し見てきたいんです」


 マキは数リーグ先で感じた気配については話さなかった。今まで感じたことのない気配で確証もなかったからだ。


 しばらく考えていたガレスは、やがて頷いた。


「分かった。ただし深入りはするな」


「危ないと思ったら、すぐ戻ります」


「気をつけていけよ」


 マキは軽く手を挙げると、再び森の奥へ足を向けた。


 今度は先ほどより広い範囲へ意識を巡らせ、一つひとつ反応を確かめながら進んでいく。


(……何か、引っ掛かる)


 理由は分からない――


 ただ、長年の経験が「もう少しだけ調べておけ」と告げていた。





 先ほど感じた不穏な気配まで、あと少しというところで、マキは足を止めた。

 ここまで近づけば、その気配がオークのものだとはっきり分かる。


(こっちか……)


 木の幹へ身を寄せ、ゆっくりと様子をうかがいながら進む。


 やがて視界の先で木々が揺れた。

 姿を現したオークは周囲を警戒する様子もなく、ただ何かへ夢中になっている。


 マキは眉をひそめた。


「……なるほど」


 思わず小さく呟く。


 ――そこにいたのは、発情したオークだった。

 相手になっていたのは――いや、相手をさせられていたのは、一匹のゴブリンだった。


 その光景を見て、マキはようやく腑に落ち脱力した。

 道理で妙な気配だと感じたわけだ。

 

「だから一匹で行動してたのか」


 ガレスへ違和感を口にした時から、どこか引っ掛かっていた。

 群れで動くことの多いオークが単独で見つかった理由。


 発情期なら話は別だ。

 従属本能より生殖本能が勝り、群れから離れる個体も珍しくはない。


 世間には、発情したオークが人間の女性を襲う――そんな低俗な読み物も少なくない。


 もっとも、実際は少し事情が違う。


 発情中のオークは相手を選ばない。

 人間であろうと、亜人であろうと、魔物であろうと、本能の赴くまま襲い掛かる。


 だが、子を宿すことはない。

 行為が終われば、その相手は食料として食い荒らされるだけだ。


 その時、肩の上からバーツがひょいと身を乗り出す。


『……ナニ?』


「ああ、お前は見なくていい」


 マキは片手をひらりと上げ、バーツの視界をさえぎった。


「教育に悪い」


『ナニ…?』


 首を傾げるバーツ。

 その仕草に少しだけ気持ちが和らぐ。


「まったく……趣味の悪い話だ」


 マキは顔をしかめ、小さく息を吐いた。


「……放ってはおけないか」


 お楽しみの最中に無粋と言われようが、オークはオークだ。

 今ここで始末しておかなければ、次に襲われるのが人間になるだけである。


 マキは音もなく間合いを詰めた。


「悪いけど、そこで終わりだ」


 マキは一歩踏み込む。


 横薙ぎに振り抜かれた大剣が、オークとゴブリンの首をまとめて斬り飛ばした。


「……まったく、しょうもない。肩透かしもいいところだ」


 なんとなく嫌だったが、オークの亡骸をポーチへ収めようと手を伸ばした、その時だった。


 ふと、北西の方角へ意識が引かれる。

 微かな反応がいくつも重なっていた。


「……ん?」


 探知の範囲ぎりぎりだ。

 一つひとつを判別できるほど近くはない。


 それでも、何かがいることだけは分かる。


「ちょっと遠いな……」


 マキは肩へ視線を向けた。


「バーツ」


 フードの中から小さな鼻先が覗く。


『クル?』


「悪いけど、北西を見てきてくれるか。四半刻ほど先まで、少し大回りで頼む」


 バーツは短く鳴くと、するりとフードから抜け出した。


『ワカタ』


 小さな身体が木々の間を縫うように飛び立っていく。


 その姿を見送りながら、マキは小さく頷いた。


「さて……」


 バーツが戻るまで、まだ時間はある。 感覚を共有しながらでも、手を動かすことはできる。


「その間に、血抜きと解体を済ませておくか」


 マキは発情オークの亡骸へ歩み寄ると、慣れた手つきで解体用の短刀を抜いた。



 ◇



 一方その頃――


 本隊は先発隊の残した目印を追いながら、森の中を着実に進んでいた。


 百名を超える探索隊は役割ごとにいくつかの隊列に分かれ、前衛が周囲を警戒しながら道を切り開く。その後ろを荷駄を率いた支援隊が続き、さらに護衛役の冒険者たちが前後を固めていた。


 ここまで大きな問題は起きていない。


 道中で姿を見せた魔物も小型のものばかりで、護衛が近づくだけで森の奥へ逃げていった。


 探索隊は順調だった。


 先頭付近を歩くライアンは周囲へ目を巡らせ、小さく頷く。


「ここまでは予定どおりだな」


 副官も安堵したように息をついた。


「先発隊からの連絡もありません。向こうも順調なのでしょう」


 ライアンも同意するように頷く。


「何もないのが一番だ」


「ええ。この調子なら日暮れ前には設営地点へ着けそうです」


 副官役の冒険者が日の高さを気にしながら答える。


 その時――

 一人の伝令役が血相を変えて駆け寄ってきた。


「ライアン隊長!」


「どうした」


「ガレス隊から緊急連絡です!」


 魔導通信具を受け取ったライアンの表情が変わる。


「……なに?」


 通信の向こうから聞こえた報告に、ライアンは思わず目を見開いた。


「な、何だと!?」


 思わず声を荒げたライアンへ、周囲の視線が一斉に集まった。

 それまで穏やかだった空気が、一瞬で張り詰める。

お読みいただきありがとうございました。

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