第5話:セラフィーナ登場
昼下がりの学園。
廊下に、自然と人の流れが生まれていた。
ざわめきは大きくない。
けれど確かに、視線が一方向へと集まっている。
「……?」
足を止める。
視線の先。
そこにいたのは、一人の令嬢。
淡い光を纏うような佇まい。
無駄のない所作。
周囲と同じ制服でありながら、どこか異質な存在感。
——セラフィーナ・エルグランツ。
名前を、思い出す。
この世界において、特別な立ち位置を持つ人物。
そして——
「……なるほど」
小さく、息を吐く。
視界の端に、数値が浮かぶ。
【周囲評価:極めて高】
それだけで十分だった。
彼女は、こちらに気づいている。
ゆっくりと視線が合う。
逃げ場のない、正面からの視線。
次の瞬間。
彼女は、まっすぐこちらへ歩み寄ってきた。
迷いなく。
ためらいなく。
まるで——
“最初から決まっていたかのように”。
「ごきげんよう」
柔らかな声。
だが、その奥にあるものは——鋭い。
「ごきげんよう、セラフィーナ様」
自然に応じる。
距離は適切。
視線も外さない。
問題はない。
……はずなのに。
なぜか、わずかに空気が張り詰める。
彼女が、こちらを観察している。
測るように。
試すように。
そして。
ほんのわずかに、微笑んだ。
「あなた、無駄が多いですわね」
一瞬。
意味が、理解できなかった。
「……何のことですの?」
問い返す。
声は、平静。
だが内側では、警戒が一段階上がる。
セラフィーナは、首を傾げる。
「お分かりになりませんの?」
その声音は、責めるでもなく、ただ“当然”のように。
そして。
次の言葉が、落ちる。
「やり直しているでしょう?」
——空気が、変わった。
周囲のざわめきが、遠のく。
音が、消える。
視線が、重くなる。
心臓が、一拍だけ遅れる。
「……」
否定するべきか。
誤魔化すべきか。
思考が走る。
だが。
その前に。
「安心なさって」
セラフィーナが、静かに言う。
「責めているわけではありませんの」
微笑む。
その表情は、あまりにも整っていて。
だからこそ——
違和感があった。
「むしろ、効率的ですわ」
ゆっくりと、一歩近づく。
距離が縮まる。
逃げ場がなくなる。
「失敗をなかったことにできるのですもの」
その言葉は、確信に満ちていた。
仮定ではない。
——理解している。
完全に。
「……あなたも、ですの?」
低く問う。
セラフィーナは、わずかに目を細める。
肯定とも否定とも取れない、曖昧な仕草。
だが次の言葉で、それは明確になる。
「恋は最適化できますわ」
迷いのない断言。
そこにあるのは、確信。
そして——
同じ“前提”。
理解する。
この人物は。
自分と同じ側にいる。
やり直しを前提にし、
選択を積み重ね、
最適解を導く存在。
——同類。
けれど。
胸の奥で、何かがわずかに軋む。
それは、第4話で感じた違和感と似ていて。
だが、もっと明確な“圧”を伴っていた。
「……そうですわね」
あえて、同意する。
表情は崩さない。
「無駄を省けば、結果はついてきますもの」
セラフィーナは、満足げに頷く。
「ええ。その通りですわ」
ほんの一瞬。
視線が、鋭くなる。
試すように。
「ですから——」
わずかに、間。
「無駄は、削るべきですわ」
その言葉は、静かで。
けれど、どこか冷たかった。
まるで。
“何かを排除する”ことを前提としているようで。
「……肝に銘じておきますわ」
微笑む。
同じ温度で。
同じ距離で。
だが。
内側では、はっきりと理解していた。
この人物は——
ただの協力者ではない。
同じ方法を使いながら。
まったく別の結論に至る存在。
そしておそらく。
——敵にもなり得る。
「それでは、ごきげんよう」
セラフィーナが背を向ける。
去っていく背中は、迷いがない。
まるで、すでにすべてを知っているかのように。
その姿を見送りながら。
小さく、息を吐いた。
「……厄介ですわね」
同類。
だからこそ。
最も読みづらい。
そして——
最も危険な相手。
(第5話 終)




