第12話:告白イベント(やり直し)
夕暮れの庭園。
橙色の光が、ゆっくりと世界を染めていく。
風は穏やかで、空気は静かに澄んでいる。
——見慣れた光景。
いや。
正確には。
“見たばかりの光景”。
「……」
立っている。
同じ場所に。
同じ時間に。
同じ姿勢で。
——すべてが、再現されている。
理由は、はっきりしない。
ただ。
ほんのわずかな違和感が、胸に残っていた。
あの結末。
あの告白。
あの“完成”。
——何かが、足りなかった。
だから。
やり直した。
それだけ。
「……来てくれて、ありがとう」
王子の声が響く。
同じ調子。
同じ間。
同じ温度。
完全な再現。
「お呼びとあらば、当然ですわ」
返す。
同じ言葉で。
同じ声で。
同じ微笑みで。
ずれはない。
誤差もない。
——完璧。
沈黙。
数秒。
そして。
王子が一歩踏み出す。
距離が縮まる。
空気が張り詰める。
——ここも同じ。
「レティシア」
名前を呼ばれる。
同じ響き。
同じ強さ。
同じ真剣さ。
すべて一致している。
「私は——」
言葉が続く。
寸分違わず。
再生される。
「私は、君を愛している」
落ちる。
同じ言葉が。
同じ場所に。
同じように。
置かれる。
——はずだった。
「……」
その瞬間。
ほんのわずかに。
何かが、引っかかった。
音が軽い。
響きが浅い。
言葉が、表面を滑る。
同じはずなのに。
同じ意味のはずなのに。
なぜか——
重さが、ない。
視界の端。
【好感度:100(固定)】
数値は変わらない。
状態も同じ。
結果も同じ。
——なのに。
感じ方だけが、違う。
「……」
一瞬、言葉が遅れる。
ほんのわずかな誤差。
それでも。
すぐに修正する。
最適解は、変わらない。
「光栄ですわ」
同じ返答。
同じ声。
同じ微笑み。
完璧な受諾。
王子の表情が緩む。
安堵と喜び。
——すべて、前回と同じ。
同じ流れ。
同じ結末。
同じ未来。
それなのに。
「……」
胸の奥に、違和感が残る。
消えない。
残り続ける。
さっきの言葉。
あの一言。
「私は、君を愛している」
思い出す。
反芻する。
——だが。
やはり。
どこか、薄い。
触れているのに。
掴めない。
まるで。
一度使った言葉が、すり減ってしまったかのように。
「……今の言葉」
小さく、呟く。
誰にも聞こえない声で。
「軽い……?」
その感覚は、曖昧で。
はっきりとは掴めない。
だが。
確実に、そこにある。
同じ言葉。
同じ意味。
同じ状況。
——それでも。
同じ価値では、ない。
「……どうして」
理由を探す。
だが、答えは出ない。
ただ一つ。
確かなことがある。
やり直した。
同じ場面を、もう一度通った。
それだけ。
それだけなのに——
言葉が、薄くなった。
重みが、減った。
価値が、削れた。
「……」
息を吐く。
静かに。
気づいてしまったものを、否定できないまま。
やり直せば、もっと良くなるはずだった。
最適化できるはずだった。
完璧に近づくはずだった。
——なのに。
なぜか、逆に。
何かが、失われていく。
少しずつ。
確実に。
見えないまま。
削れていく。
「……」
王子の声が続いている。
未来の話。
約束の言葉。
理想的な展開。
だが。
それらすべてが。
どこか“軽く”感じられた。
触れているのに。
届かない。
重ならない。
——実感が、ない。
「……」
視線を落とす。
手のひらを見る。
何も変わっていない。
何も失っていないように見える。
それでも。
確かに。
何かが、減っている。
ほんのわずかに。
だが、確実に。
——取り戻せない形で。
(第12話 終)




