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配分国家ニッポン ―― 一七〇円の麻酔、 二・七%の真実 ――

✦配分国家ニッポン


―― 一七〇円の麻酔、

   二・七%の真実 ――


………


政府は言った。


「必要な量は、

 確保されています」


現場は言った。


「でも、

 うちには来ていません」


この国の危機は、

不足から始まったんじゃない。


“ある”のに

届かないことから始まった。


届かないから、順番が決まる。


順番が決まるから、

後回しが生まれる。


後回しが生まれるから、

自由市場は、

静かに配分国家へ変わっていく。


そして人々は、

棚が空になるまで気づかない。


………


★目次


■第一章 一七〇円の麻酔

■第二章 二・七%の真実

■第三章 四か月分はあります

■第四章 細い喉、ホルムズ

■第五章 一〇八ドルから

     四〇〇ドルへ

■第六章 浴室が来ない日

■第七章 三〇二万九千トンの

     冷凍庫

■第八章 七十五拠点の胃袋

■第九章 米は戻らなかった

■第十章 六八三ドルの田んぼ

■第十一章 缶詰とバターの

      国境線

■第十二章 抄造未定

■第十三章 八〇%を超える在庫

■第十四章 煽り屋と呼ばれた男

■第十五章 配分国家ニッポン


❥Z 世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風・

 笑いと涙の締め


………


■第一章 一七〇円の麻酔


【政府発表】


ガソリン価格は、

国民生活への影響を

抑えるため、

一七〇円前後に抑制します。

予備費

八〇〇〇億円を活用し、

必要に応じて

追加対応も検討します。


【現場の声】


「一七〇円に

 見えとるだけです。

 本当の値段は、

 誰かが後ろで

 払っとるんです」


テレビは落ち着いていた。


アナウンサーは、

「政府は

 万全の対応を

 取っています」

と、いつもの声で言った。


一七〇円。


その数字を見て、

多くの人は少し安心した。


ガソリンが入れられる。

車が動く。

買い物に行ける。

仕事にも行ける。

だから、まだ大丈夫。


六十七歳の

元証券会社勤務の

おじいちゃんは、

その表示板を見ながら

思った。


「これは価格じゃない。

 麻酔じゃ」


八〇〇〇億円。

それだけの金を入れて、

痛みを見えにくくしている。


けれど麻酔は、

傷を治す薬ではない。

痛みを

感じさせなくするだけじゃ。


そして

麻酔が効いている間に、

国の足元では、

ナフサが詰まり、

中間材が止まり、

現場が順番待ちを

始めていた。


日本はまだ倒れていない。


ただ、

痛みを感じないまま、

内部出血を始めていた。


■第二章 二・七%の真実


【政府発表】


川上の石油化学メーカーは

稼働を維持しています。

供給全体としては、

直ちに大きな問題は

ありません。


【現場の声】


「通常どおり

 シンナーが入る会社なんて、

 二・七%しかないんですよ。

 それで“問題なし”と

 言われても、

 こっちは現場が

 組めません」


二・七%。


その数字を見た時、

おじいちゃんは、

しばらく声が出なかった。


塗装事業者八五〇社のうち、

シンナーや関連資材を

通常どおり入手できると

答えた割合。

二・七%。


それは、

「少し困っている」

数字ではない。

普通がほぼ

●んだ数字じゃ。


それでも町は静かだった。

スーパーの棚には

商品がある。

道路には車が走っている。

家の風呂も、

昨日と同じように使える。


だから人は、

シンナー不足を

自分の問題とは思わない。


けれど、

現代社会は

塗料でできている。


壁。

床。

設備。

機械。

車。

住宅。

工場。

配管。


塗料だけではない。


接着剤、溶剤、樹脂、

パイプ、フィルム。


見えない中間材が、

社会をつないでいる。


中間材が●ねば、

完成品はあとから●ぬ。


問題は、

その“あとから”が来るまで、

誰も本気で

怖がらないことだった。


■第三章 四か月分はあります


【政府発表】


日本全体として、

必要な量は

四か月分程度

確保されています。

国民の皆様には

冷静な対応をお願いします。


【現場の声】


「四か月分あるのは、

 どこの話ですか。

 うちの倉庫には、

 来週の分も読めません」


「四か月分」

その言葉は便利だった。


聞いた人を安心させる。

すぐには

困らないように聞こえる。

数字がついているから、

信頼できるように見える。


でも、

おじいちゃんは知っていた。


証券会社時代、

彼は何度も見てきた。


総量は足りている。

平均では問題ない。

統計上は安定している。

それでも、

末端は詰まる。


ある。

けれど届かない。


届く。

けれど大手に先に行く。


大手に行く。

けれど下請けには来ない。


下請けに来ない。

だから完成品が止まる。


米でも同じことが起きた。


備蓄米はあった。

放出もした。

でも店頭には

なかなか届かなかった。


日本人は、

「ある」と聞くと、

「買える」と思ってしまう。


ここが危ない。


この危機は、

量の危機ではない。

流れの危機だった。


■第四章 細い喉、ホルムズ


【政府発表】


中東情勢については、

関係国と連携し、

エネルギー供給への影響を

最小限に抑えるよう

対応しています。


【現場の声】


「船は止まっていません。

 でも保険、待機、迂回、

 港の段取りで、

 もう普通の船では

 ありません」


ホルムズ海峡は、

地図で見れば細い。


細いから、

多くの日本人は、

遠い場所の話だと思う。


けれど、

その細い喉を通って、

日本の当たり前が

流れてくる。


原油。

LNG。

ナフサ。

化学品。

船舶保険。

運賃。

港湾スケジュール。


そこが詰まれば、

ガソリンだけでは

終わらない。


食品トレーに来る。

薬の包装に来る。

点滴バッグに来る。

住宅設備に来る。

本の紙と接着剤に来る。


おじいちゃんは、

地図のホルムズ海峡を

指で隠してみた。


指先ひとつで隠れる。


けれどその指先の下に、

日本の暮らしの

喉仏があった。


「遠い海じゃない。

 これは、

 わしらの台所の

 入り口じゃ」


■第五章 

 一〇八ドルから

 四〇〇ドルへ


【市場情報】


ナフサ採算は、

一トン一〇八ドルから

四〇〇ドル超へ急騰。

ポリエチレン、

ポリプロピレンは

四年ぶり高値圏。


【現場の声】


「原料表を見るたびに、

 次の見積もりを書くのが

 怖くなる。

 お客に説明しても、

 値上げの理由が長すぎて

 伝わらない」


一〇八ドル。

四〇〇ドル超。


数字は、

人間より先に叫ぶ。


けれど、

その叫びは

普通の人には聞こえない。


ナフサ。

ポリエチレン。

ポリプロピレン。

エチレン。

樹脂。

フィルム。


眠くなる単語ばかりじゃ。


でも、

その眠くなる単語が、

現代生活の皮膚を

作っている。


米袋。

豆腐パック。

納豆容器。

カップ麺のフタ。

冷凍食品の袋。

医療用包装。

物流フィルム。

ゴミ袋。


人は便利さを、

自然現象のように

使ってきた。


包装されているのが

当たり前。

清潔なのが当たり前。

破れないのが当たり前。

冷凍できるのが当たり前。


けれどその当たり前は、

ナフサの表の上に

乗っていた。


表が燃えれば、

生活の皮膚も焼ける。


■第六章 浴室が来ない日


【企業発表】


一部住宅設備の

新規受注を停止します。

樹脂部材、接着剤、

塗料関連資材の調達不安を

踏まえた措置です。


【現場の声】


「お客さんには

 “なぜ風呂が来ないのか”

 しか見えません。

 まさか浴室の裏に

 中東とナフサがあるとは

 思わないでしょう」


家は、

木とコンクリートで

建つと思っていた。


違った。


家は、

接着剤でつながり、

塗料で守られ、

樹脂で防水され、

パイプで流れ、

フィルムで包まれ、

部材の納期で

成立している。


ある日、

ユニットバスが

来なくなった。


お客は怒る。


「契約したじゃないですか」

「お金は払いましたよ」

「いつ入るんですか」


現場監督は、

口を閉じる。


「ホルムズ海峡が

 詰まっているからです」


とは言えない。


そんな説明は、

現実味がなさすぎる。


けれど本当は、

その説明が一番近かった。


現代の浴室には、

見えない海峡が走っている。


その海峡が細くなれば、

風呂も止まる。


■第七章 

 三〇二万九千トンの

 冷凍庫


【食品統計】


冷凍食品国内消費量、

三〇二万九千トン。

前年比三・六%増。

一人あたり二四・六キロ。


【現場の声】


「便利だから売れている、

 だけではありません。

 明らかに

 “少し多めに持ちたい”

 買い方が増えています」


スーパーの冷凍食品売り場は、

きれいだった。


餃子。

唐揚げ。

うどん。

炒飯。

ブロッコリー。

魚。

ハンバーグ。


どれも、

いつも通りに見える。


孫の小学6年生の

すみれが言った。


「おじいちゃん、

 冷凍食品って便利じゃね」


「便利じゃな」


「でも、なんでみんな

 こんなに買うん?」


おじいちゃんは、

冷凍ケースの奥を見た。


そこに凍っているのは、

食品だけではなかった。


不安だった。


人はパニックとは

言わない。

買い占めとも言わない。

ただ、少し多めに買う。


その少しが、

国全体で

三〇二万九千トンになる。


不安は叫ばない。

冷凍庫の奥で、

静かに白く凍る。


■第八章 

 七十五拠点の胃袋


【企業資料】


温度管理物流、

全国七十五拠点。

入庫量、出庫量、在庫量が

食品供給網の重要指標に。


【現場の声】


「倉庫は嘘をつきません。

 世の中が不安になると、

 必ず何かが

 長く置かれ始めます」


おじいちゃんは、

◯浜冷凍の資料を読んでいた。


昔なら、

そんな地味な数字は

飛ばしていた。


入庫量。

出庫量。

在庫量。

保管日数。

電気代。

冷却能力。


だが今は、

それが日経平均より

正直に見えた。


不安になると、

人は食べ物を

長く持ちたいと思う。


企業は原料を

長く抱えたいと思う。


国家は重要物資を

長く止めたいと思う。


そのすべてが、

冷たい倉庫へ集まる。


冷蔵倉庫は、

ただ食べ物を

預かっているのではない。


未来を預かっている。


魚を腐らせない。

肉を腐らせない。

冷凍野菜を待たせる。

輸入品を一時的に止める。


冷たい胃袋が膨らむ時、

国のどこかが、

すでに不安を飲み込んでいる。


■第九章 米は戻らなかった


【生活ニュース】


米価格、高止まり。

備蓄放出後も流通に遅れ。

店頭到達は一時、限定的。


【現場の声】


「放出したからすぐ届く、

 と思われるのが

 一番困ります。

 米にもルートがあり、

 袋があり、

 精米があり、

 配送があります」


日本人は、

米で一度試験を受けた。


けれど、

多くの人は

答えを見なかった。


米が高い。

備蓄を出す。

なら戻る。

そう思った。


だけど、

戻らなかった。


なぜなら、

価格は蛇口ではないからじゃ。

ひねれば下がるものではない。


不作。

流通詰まり。

買い急ぎ。

政策の遅れ。

農家の高齢化。

精米。

袋。

運送。

店頭。


全部が重なって、

価格は居座る。


おじいちゃんは、

すみれに言った。


「米はな、

 予告編じゃったんよ」


「何の?」


「これから

 いろんなもので

 起きることの

 予告編じゃ」


サバ。

バター。

缶詰。

冷凍食品。

豆腐。

納豆。

紙。

包装材。


主演が変わるだけで、

同じ映画が

始まろうとしていた。


■第十章 

 六八三ドルの田んぼ


【農業情報】


肥料価格、米国輸入拠点で

一トン五一六ドルから

六八三ドル相当へ上昇。

作付け判断への影響を懸念。


【現場の声】


「肥料が高いと、

 今年の財布だけでなく、

 来年の収穫が細ります。

 でも消費者には、

 棚に出るまで

 わかりません」


食料危機は、

スーパーで

始まるのではない。

肥料の見積書で始まる。


農家は、

六八三ドルという数字を

見て黙る。


黙って、

電卓を叩く。

撒く量を減らすか。

面積を減らすか。

作物を替えるか。

今年は休むか。


その瞬間、

未来の棚が少し薄くなる。


でも今日の棚は、

まだ埋まっている。

だから人は気づかない。


飢えは、

目の前の空腹から

始まるのではない。


誰かが、

作る前に

ためらった時に始まる。


おじいちゃんは思った。


本当に怖い数字は、

レシートではない。


見積書にある。


■第十一章 

 缶詰とバターの国境線


【海外ニュース】


フィリピンで

イワシ缶の価格調整が

政治問題化。

庶民の定番食品に

燃料高が波及。


【家庭の声】


「サバ三匹で九百円近い。

 バター二〇〇グラムで

 七五四円。

 もう“安い逃げ道”が

 見つからない」


フィリピンのイワシ缶。

日本のサバ。

日本のバター。


別々の話に見える。

けれど根っこは同じだった。


燃料。

漁船。

冷蔵。

飼料。

包材。

物流。

為替。

電力。


安い食べ物は、

安い努力の上に

あったのではない。

安い条件の上にあった。


その条件が崩れた時、

最初に傷つくのは

高級品ではない。


庶民の定番だ。


イワシ缶。

サバ。

バター。

米。

豆腐。

納豆。


人はぜいたくを

削れば生きられる。  


けれど、

逃げ道まで高くなると、

心が先に痩せる。


スタグフレーションとは、

景気と物価の

教科書用語ではない。


安い安心が、

順番に消えることだった。


■第十二章 抄造未定


【SNS投稿】


印刷所から

秋出版予定の

見積もりを受け取った。

コメントに、

「中東情勢の影響で

 本文用紙の次の

 抄造予定が

 立っていないため、

 必要な時に

 紙がない可能性があります」


とあった。


【現場の声】


「値上げなら

 まだ見積もれます。

 予定が立たないのが

 一番怖いんです」


抄造未定。


その四文字を、

おじいちゃんは

何度も読み返した。


紙が高い。

それならまだわかる。

紙がないかもしれない。


これは違う。


本は、

言葉だけでは

できていない。


紙。

インキ。

接着剤。

シンナー。

製本。

輸送。

保管。


文化は、

かなり工業製品だった。


戦争は書店を焼かない。

先に、

抄造予定を消す。


物語が書けても、

本にできない。


その時、

文化は言葉ではなく、

資材で止まる。


おじいちゃんは思った。

紙が後回しにされる国では、

記憶も後回しにされる。


■第十三章 

 八〇%を超える在庫


【海外政策情報】


一部石油化学品について、

前年同期比八〇%超の

在庫積み上げを問題視。

買いだめ抑制、

安定供給のため規制へ。


【企業の声】


「在庫を持てば

 買い占めと言われる。

 持たなければ

 生産が止まる。

 どちらを選んでも

 怒られる時代です」


八〇%。


その数字を超えると、

備えが疑われる。


平時なら、

在庫は無駄だった。


持たないほど効率がいい。

流れ品で回す。

JITで薄くする。

決算で余計な在庫を

抱えない。

税金も抑える。


それが賢い経営だった。

けれど有事には、

その賢さが刃物になる。


薄すぎる会社は、

すぐ止まる。


厚く持つ会社は、

買い占めと叩かれる。


国家は、

安定供給という言葉で、

在庫の持ち方に

口を出し始める。


それは、

配給という言葉を使わない

配給だった。


市場はまだある。

けれど、

自由は少し薄くなっていた。


■第十四章 

 煽り屋と呼ばれた男


【SNS反応】


「こういう不安投稿が

 買い占めを生む」


「煽るな」


「普通に生活している人を

 混乱させるな」


「棚が薄いのは、

 こういう奴のせい」


【本人の声】


「三月に言った時、

 誰も買わなかった。

 今動いているのは、

 ツイートじゃない。

 現場だ」


おじいちゃんは、

スマホの画面を見ていた。


煽り屋。


そう書かれていた。

彼は三月の初めから、

ナフサが危ない、

包装材が危ない、

紙が危ない、

肥料が危ない、

冷凍倉庫を見ろ、

と言っていた。


その時、

誰も動かなかった。

誰も信じなかった。

誰も買わなかった。


それなのに、

現場が詰まり、

棚が薄くなり、

ニュースが追いつくと、

人々は言った。


「あいつが煽った」


違う。

現場が先だった。


棚が次だった。


SNSは最後だった。


けれど、

構造を理解できない社会は、

因果を逆にする。


棚が薄くなったから

買うのではなく、

誰かが煽ったから

棚が薄くなったことにする。


その方が簡単だからだ。


犯人探しは、

理解の代用品だった。


■第十五章 

 配分国家ニッポン


【政府発表】


重要物資の安定供給に向け、

関係省庁と産業界による

タスクフォースを設置。

医療、物流、農業、

基礎インフラ関連物資を

優先的に確認。

国民生活への影響を

最小限に抑えます。


【現場の声】


「優先されるものが

 決まるということは、

 後回しにされるものも

 決まるということです」


その文章は美しかった。


安定供給。

重点物資。

需給適正化。

影響を最小限に。


けれど、

美しい行政文書ほど、

中身は冷たい。


医療が先。

食料が先。

物流が先。

農業が先。

水が先。

電力が先。

下水が先。


では、後は?


ホビーは後。

レジャーは後。

紙は後。

装飾は後。

新商品は後。

文化は後。

楽しみは後。


誰も配給とは言わない。

言葉を変える。


配給ではなく、重点配分。

統制ではなく、安定供給。

停止ではなく、調整。

我慢ではなく、ご協力。


この国は、

厳しい現実を、

やわらかい言葉で包むのが上手い。


けれど数字は包めない。


一七〇円の麻酔。

二・七%の真実。

四か月分の偏り。


一〇八ドルから

四〇〇ドル超。

三〇二万九千トンの冷凍庫。

七十五拠点の胃袋。

六八三ドルの田んぼ。

抄造未定。

八〇%の在庫。


それらは、

全部同じことを言っていた。


日本は、

爆発で壊れるのではない。

順番で痩せる。


そしてその順番を決める

会議室には、

たぶん、

普通の人の名前は

載っていない。


………


❥Z世代のあなたへ


この話を、

怖がらせすぎだと

思ってもいい。


でも、ひとつだけ

覚えておいてほしい。


危機は、

棚が空になった時に

始まるんじゃない。


その前に、

地味な数字が叫ぶ。


二・七%。

三〇二万九千トン。

六八三ドル。

八〇%。

抄造未定。

一七〇円。


こういう数字は、

退屈に見える。


でも退屈な数字ほど、

未来を早く喋る。


社会が危なくなると、

人は構造を見るのをやめる。


そして犯人を探す。


転売ヤー。

煽り屋。

外国人。

政府。

SNS。


もちろん、

悪い人間はいる。


でも、全部を

誰か一人のせいにした瞬間、

本当の原因は見えなくなる。


どうか、

棚だけを見ないでほしい。

棚の奥行きを見てほしい。


その奥で、どの数字が

痩せているかを見てほしい。


便利は自然現象ではない。


誰かが掘り、

誰かが運び、

誰かが包み、

誰かが冷やし、

誰かが黙ってつないでいる。


そこを想像できる

人間だけが、

次の時代を

少しだけ生き延びる。


………


❥あとがき

 ホームズとワトソンの、

 やすきよ漫才風・

 笑いと涙の締め


✲ワトソン


「先生、今回の話、

 政府発表と現場の声が

 違いすぎますわ」


✲ホームズ


「それが事件じゃ、

 ワトソン君」


✲ワトソン


「一七〇円のガソリンで

 安心してたら、

 二・七%の現場が

 泣いてる。

 数字の温度差で

 風邪ひきますよ」


✲ホームズ


「風邪ならまだええ。

 これは麻酔じゃ」


✲ワトソン


「また出た、

 一七〇円の麻酔!」


✲ホームズ


「麻酔が効いている間、

 人は自分の傷を見ない」


✲ワトソン


「そして麻酔が切れたら?」


✲ホームズ


「請求書が来る」


✲ワトソン


「痛みより先に請求書! 

 日本らしい!」


✲ホームズ 


「しかし本当に怖いのは、

 物がなくなる

 ことではない」


✲ワトソン


「では何です?」


✲ホームズ


「なぜ

 回らなくなったのかを、

 誰も理解できなくなる

 ことじゃ」


✲ワトソン


「わからんから、

 誰かを叩く」


✲ホームズ


「そう。

 犯人探しは、

 理解の代用品じゃ」


✲ワトソン


「じゃあ希望は?」


✲ホームズ


「地味な数字を見る目じゃ」


✲ワトソン


「二・七%、

 三〇二万九千トン、

 六八三ドル、

 八〇%……」


✲ホームズ


「そうじゃ。

 退屈な数字ほど、

 早く未来を喋る」


✲ワトソン


「先生、今日はちょっと

 格好ええですやん」


✲ホームズ


「いつもじゃ」


✲ワトソン


「それは違います」


✲ホームズ


「読者諸君。

 棚が空になる前に、

 棚の奥行きを見よ」


✲ワトソン


「そして冷凍食品は

 買いっぱなしにせず、

 ちゃんと食べながら

 回してください」


✲ホームズ 


「恐怖も腐らせるな、

 ということじゃ」


✲ワトソン


「うまいこと言うた!」


✲ホームズ


「笑ってもええ。

 泣いてもええ。

 けど、

 見んふりだけはするな」


✲ワトソン


「それが一番

 難しい宿題ですね」


✲ホームズ


「宿題は、

 提出期限が来る前に

 やるものじゃ」 


✲ワトソン 


「先生、それZ世代にも

 六十七歳の

 おじいちゃんにも

 刺さるやつです」 


✲ホームズ


「刺さったなら、

 まだ麻酔は

 効きすぎていない」


✲ワトソン


「一七〇円の麻酔、

 二・七%の真実」


✲ホームズ


「そして、棚の奥行き」


✲ワトソン


「なんかスーパー行くの

 怖くなってきましたわ」 


✲ホームズ


「怖がるだけでは足りん。

 見ることじゃ」


✲ワトソン


「ほな読者のみなさん、

 次に棚を見る時は、

 値札だけやなく

 奥も見てください」


✲ホームズ


「日本は、派手に壊れん」


✲ワトソン


「では、どう壊れるんです?」


✲ホームズ


「丁寧に痩せる」


✲ワトソン

「……それが一番怖いわ」

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