まだ平和だと言う国で、ひろしだけが非常口の位置を探し始めた(それでもテレビは 「まだ大丈夫」と言い続ける)
✦まだ平和だと言う国で、
ひろしだけが
非常口の位置を探し始めた
✲日経平均先物6万円。
✲原油急落。
✲20隻超の反転。
✲Meta8000人削減。
✲日本企業清算型倒産9966件。
✲医療手袋5000万枚放出。
✲ガソリン170円。
✲欧州1000便超キャンセル。
✲東京―NY片道50万円…
それでもテレビは
「まだ大丈夫」と言い続ける。
………
本当に怖い時代は、
爆発音で始まらん。
最初に鳴るんは、
株価の歓声じゃ。
次に鳴るんは、
補助金の拍手。
備蓄放出のテロップ。
政治家の落ち着いた顔。
そして、
「大丈夫です」
というよく通る声じゃ。
その全部がそろった瞬間、
現場はもう
息の根を止められとる。
海の上では
20隻を超える船が
止まり、反転し、
死んだ目で漂っとる。
空の上では
ジェット燃料が尽きて
ヨーロッパだけで
1000便以上が
即時キャンセルされ、
世界の空が音もなく
崩落しとる。
米国 IT 企業の中では
黒字企業が
8000人単位で
首を切り落とす。
日本の町の裏では
9966社が
再建すら諦めて
シャッターを叩き落とす。
それでも、
国は言う。
「5億枚備蓄があります。
まず5000万枚
放出します」
数字は優しい。
数字は大きい。
数字は死にゆく人間を
一瞬だけ眠らせる。
けど、
ひろしには
もう分かっとった。
安心の数字が増える時ほど、
非常口は
内側から鍵をかけられとる。
ひろし、四十歳。
理工系大学卒。
営業は無理。
雑談も苦手。
会議はもっと苦手。
人間関係で二度壊れた。
でも、
盤面を読む頭だけは
まだ死んでなかった。
そしてその頭が、
ある朝、
血の気が引くような
結論を出した。
就活なんかしてる
場合じゃない。
今すぐ、
生き残る席へ
這いずり寄らんと
間に合わん。
間に合わん。
間に合わん。
………
✦目次
■第一章
六万円で祝う朝
■第二章
二十隻と八千人、
そして1000便の絶叫
■第三章
9966の夜
■第四章
五千万枚の安心芝居
■第五章
170円の麻酔国家
■第六章
5月停止の硫酸
■第七章
十二万バレルの火
■第八章
家賃二十万円の防空壕
■第九章
国会は非常口を
内側から閉め始めた
■第十章
節約ではなく、
配置転換
■第十一章
ひろしの避難表
■第十二章
東京に残る者、
東京を捨てる者
★あとがき
ホームズとワトソンの、
やすきよ漫才風
❥Z世代のあなたへ
………
■第一章
六万円で祝う朝
朝七時。
練馬区。
四月の白い光が、
まるで最後の慈悲のように
部屋を染める。
電車は定刻。
コンビニのガラスは
ぴかぴかで、
家賃20万円の
部屋の窓からは、
世界がまだ
「普通」に見えた。
さおりは
焼き上がったトーストを
皿にのせたまま、
スマホを見て息を止めた。
指が震えた。
「ひろしさん……!」
ベッドの上で
毛布を肩まで引き上げとった
ひろしが、
片目だけ開けた。
「……ん」
「日経先物、6万円」
ひろしは
その数字を見て、
眠気が一瞬で吹き飛んだ。
「6万0100円台か……」
「上がりすぎじゃない?
怖いよ、これ」
「上がりすぎじゃ。
海峡が開いたって
たった一言で、
ここまで跳ね上がるんよ」
「なんで……?」
ひろしは
コーヒーを一口飲んでから、
低く吐き出した。
「人間はな、
助かりたい時ほど
助かった数字を
本物より先に買う。
祈りじゃ。
絶望からの逃避じゃ」
「それって……投資?」
「半分は投資。
半分は祈り。
半分は、
見たくない現実から
目をそらすための
自殺行為じゃ」
「半分が三つある……」
「今の時代は
そういう計算でしか
生きられん」
窓の外では
信号が変わり、
電車が滑り、
配送車が
朝のパンを運んでいく。
東京はまだ平和じゃった。
けどその朝、
ひろしにはこの町全体が
爆発寸前の
避難訓練のBGM
にしか見えなかった。
■第二章
二十隻と八千人、
そして1000便の絶叫
「でもさ……」
さおりが言った。
声が上ずってる。
「海峡が開いたなら、
物流は
戻るんじゃないの?」
ひろしは
首を横に振った。
「戻る“言葉”は出た。
でも
戻る“事実”は出てない」
ノートに、
震える手で太い字を書く。
20隻超
「通ろうとして
止まったり、
反転したりした船が
20隻超。
もう死体みたいに
浮いとる」
「そんなに……?」
「株は見出しを買う。
船は死なん方を選ぶ」
さおりは
スマホをスクロールしながら
顔面蒼白になった。
「海だけじゃない
……空も終わってる。
Xが地獄みたい」
彼女は画面を
ひろしに突きつけた。
@euro_traveler_berlin
「Jet fuel完全枯渇で
欧州1000便以上
即キャンセル!!
パリ行き3回連続で
飛ばない。
もう帰国すら無理。
家族に会えんかも…」
@paris_mom_of3
「子供の修学旅行が即中止。
燃料がないってマジ?
ニュースは
『一時的』って
嘘ついてる。
X見たら世界中パニック。
旅行? 笑わせんなよ…」
@ny_businessguy
「Tokyo-NY片道航空券、
50万円超え。
往復100万超。
燃料高で航空会社が
値上げラッシュ。
もう海外出張なんて
死刑宣告。
みんな
『これで最後』って
泣いてる 」
ひろしは静かにうなずいたが、
目が血走っとった。
「同じニュースなのに、
沈むもんが違う。
株は見出しを買う。
飛行機はもう飛ばん」
ノートに
もう一つ数字を刻む。
8000人
「Meta。
約8000人削減」
「景気よさそうな
朝なのに……?」
「そういう
朝やからこそじゃ。
株が上がる朝に、
会社が人を切り刻む。
今はそれが
新しい“正常”になりとる」
「黒字でも……?」
「黒字でも。
先の不安が深い時代は、
儲かっとる会社ほど
先に血を流す」
さおりは
テーブルの上のトーストが
急に灰みたいに軽く見えた。
胃が締めつけられる。
「景気いいのか悪いのか、
もう分からん……」
「それが今の恐怖じゃ。
景気の顔色と、
人の首の血色が
完全に別物になっとる」
■第三章
9966の夜
昼過ぎ。
さおりは
翻訳の仕事の合間に
記事を見つけて
スマホを落としそうになった。
「ひろしさん
……これ、ヤバすぎる」
「何?」
「清算型倒産、9966件」
ひろしは画面を見て、
短く吐いた。
「重い。
もう息が詰まる重さじゃ」
「そんなに……?」
「重い。
しかも、嫌な重さじゃ」
「嫌な重さ?」
「潰れた数より、
“再建すら諦めて畳んだ”数が
ここまで多いのが
一番の悪夢なんよ」
さおりはXを開いたまま震えた。
@smallbiz_osaka
「うちの製造業、
原料高+電気代で即死。
再建すら諦めて
清算型倒産。
従業員20人、
全員路頭に迷う。
9966件の中に俺も
…シャッター
下ろすしかない。
もう終わりだ 」
@tokyo_freelance
「取引先の零細が次々消滅。
仕事が一瞬でゼロ。
若手から
『やりたい仕事』が
根こそぎ消えてく…
これが現実かよ。
助けてくれ…」
さおりは
その数字を見つめた。
9966。
火災じゃない。
地震じゃない。
でもその中には、
町のシャッターが
一枚ずつ、
永遠に上がらなくなる
金属の断末魔が
ぎっしり
詰まっとる気がした。
「これって大企業だけ?」
「むしろ逆。
大企業はニュースになる。
本当の地獄は、
小さい会社が
静かに息絶える方じゃ」
「なんでこんなことに……?」
ひろしは
指を折りながら声を低くした。
「人手不足。
原料高。
電気代。
金利。
後継ぎなし。
全部重なって、
一気に首を絞めとる」
「若い人の仕事にも
来るね……」
「来る。
しかも、
最初に消えるんは
“やりたい仕事”の方じゃ」
その一言が、
さおりの胸を
ナイフのように抉った。
この話は
もう世界経済じゃない。
東京の求人票が
自分たちの喉元に
ナイフを突きつけとる
話じゃった。
■第四章
五千万枚の安心芝居
夜。
テレビは明るすぎるほど
明るかった。
「医療用手袋、5000万枚放出」
テロップが踊る。
「すごい量に見える……」
と、さおり。
声が掠れる。
「見えるように
出しとるだけじゃ」
と、ひろし。
「でも助かるんじゃないの?」
「助かる部分はある。
でもな、
数字が大きいから
安心できるんと、
現場がほんまに回るんは
別次元の話じゃ」
「どう違うの……?」
ひろしは
テーブルに指で円を
激しく刻むように書いた。
「手袋。
注射器。
点滴ライン。
チューブ。
薬液バッグ。
薬。
包材。
どれか一個でも欠けたら
病院は即死じゃ」
「手袋だけあっても
ダメか……」
「そう。しかも
備蓄5億枚言うても、
最初に出すんは5000万枚。
数字は強い。
でも長期戦の答えじゃねえ」
テレビの中の人は
穏やかな顔をしとった。
その穏やかさが、
さおりには
逆に喉を掻き切る
ナイフに見えた。
「これって……
安心の芝居だね」
「うん」
ひろしは
はっきり、冷たく言った。
「優しい芝居ほど、
あとで現場の絶叫と
温度差が地獄を生む」
■第五章
170円の麻酔国家
翌朝。
近所のガソリンスタンド。
「今日も170円前後……」
さおりが言った。
声が震える。
「補助金で
抑えとるんじゃろ」
ひろしが答えた。
「これなら
まだ大丈夫って思う人、
まだ多いよね……?」
「多い。
だから怖い」
「悪いこと?」
「悪いと決めつけん。
でも完全なる麻酔じゃ」
「麻酔……」
「痛みが消えたんやない。
感じる神経を
根こそぎ麻痺させてるだけ」
170円。
高くないとは言えん。
でもパニックの値段にも見えん。
「もし、ここが200円、
220円、300円に見えたら、
人は一気に現実を
目の当たりにする」
ひろしは
看板を睨みながら言った。
「170円は、現実を
見せすぎんための
国家レベルの麻酔なんよ」
「じゃあ、
株が上がるのも、
ガソリンが
抑えられるのも、
同じ……?」
「同じ方向じゃ。
株は安心を演出する。
補助金は痛みを殺す」
「その間に?」
「会社は切る。
店を手じまう。
政治は非常時の椅子を
必死に磨いとる」
さおりは
その言葉で
背骨が凍った気がした。
この国が大人しく見える理由が、
やっと骨の髄まで染みてきた。
■第六章
5月停止の硫酸
午後。
ひろしは
タブレットを見ながら
黙って図を
血走った目で描いとった。
「また地味なやつ……?」
「地味なやつほど
一番怖い」
「何……?」
「硫酸」
「中国が5月から
輸出停止方向なんだって」
「そう」
「そんなに効くの……?」
ひろしは
紙に震える手で書いた。
硫黄
↓
硫酸
↓
肥料・金属・電池・薬品
「海峡が詰まる」
「うん」
「硫黄が詰まる」
「うん」
「硫酸が減る」
「うん」
「全部が
一気に重たくなる」
「全部つながってる……」
「そう」
ひろしの声は、
もう完全に説明やなくて
死刑宣告の声じゃった。
「今起きとるんは
原油ショックだけやない。
原料ショックで、
部材ショックで、
工業の血液が
一滴ずつ干上がっとる
完全なる出血多量なんよ」
さおりは息をのんだ。
ニュースでは別々に出てる。
けど現場では、
全部一枚の
崩壊地図の上じゃった。
ひろしは
それをチェス盤じゃなく、
自分の首を
絞める縄に見とった。
■第七章
十二万バレルの火
夜。
オーストラリアのエミから
通知が来た。
Still running.
But nobody trusts it.
「まだ動いとる。
でも誰も信じてない、
か……」
と、さおり。
「一番嫌な段階じゃ」
と、ひろし。
「日量12万バレルの
製油所が
燃えてるんだよね」
「そう。
資源国なのに、
使える燃料では
もう弱すぎるのが
丸裸にされとる」
「まだ動いてるなら
大丈夫じゃない……?」
「ゼロやないのが
逆に地獄じゃ」
「なんで……?」
「完全停止なら
全員逃げる。
でも六割、八割と聞くと、
“まだいける”と
自分を騙す」
「確かに……」
「物流はその
“ちょっと弱い”に
一番脆いんよ」
さおりがXを更新すると、
さらに絶叫が溢れていた。
@melbourne_trucker
「12万バレル動いてるのに
ガソリン列が地獄。
ジェット燃料も同じ。
欧州1000便
キャンセル見てると、
世界の空がもう止まる…
助けてくれ…」
エミの送ってきた写真には
ガソリンスタンドの列。
トラック。
黙った顔。
怒鳴り声はない。
ただ、
静かな絶望だけがあった。
「平和そう……」
「列がある平和は、
もう平和やない」
ひろしは
画面を睨みながら言った。
「今は、
怒号すらない
静かな
非常時の時代なんよ」
■第八章
家賃二十万円の防空壕
夜。
さおりは
家計簿アプリを開いた瞬間、
息が止まった。
「うちも……
数字にすると本当に怖い」
「何が?」
「家賃、20万円。
年で240万円。
わたしの年収、
600万円」
ひろしは
黙ってうなずいた。
「数字だけ見たら
まだ住めとる」
「でも余裕が……ない」
「固定費が
もう首を絞めとる」
食費。
光熱費。
通信費。
保険。
就活費。
「でもさ……」
さおりが言った。
「今ここで
節約する話なのかな……?」
ひろしは
その言葉を聞いて、
ノートを勢いよく閉じた。
その音が、
部屋の空気を切り裂いた。
「……違う」
「え?」
「もう違う」
そこで、
ひろしの顔が変わった。
優しい失業者の顔じゃない。
リハビリ就活中の顔でもない。
死に物狂いで盤面を読む、
獣の顔じゃった。
■第九章
国会は非常口を
内側から閉め始めた
夜のニュースは
国会を映し、
さおりの心臓を
さらに締め上げた。
✲緊急事態条項。
✲任期延長。
✲非常時の議論。
「これだよ……!」
さおりが言った。
「今の大事なとこ、
ここだよ!」
「そうじゃな」
「もしもの時は
選挙すらなしで、
今の人らで永遠に続ける
話かもしれん」
「国が危機を
想定しとる」
「もう決まるの……?」
「そこまではまだ言えん」
「でも嫌だ……」
「嫌じゃ」
ひろしは珍しく即答した。
「上は非常時を
本気で準備しとる。
下はまだ平時のつもり。
この温度差が
一番の死神じゃ」
「株は上がる。
ガソリンも抑える。
備蓄も出す。
だから国民は安心する」
「うん」
「その横で、
非常時の椅子を
必死に磨いとる」
「それが今の
一番不気味な地獄じゃ」
さおりは
ソファの肘掛けを
爪が立つほど握りしめた。
国が安心を演出しとる時、
政治はすでに
非常口を内側から
鍵をかけ始めとった。
■第十章
節約ではなく、配置転換
「さおりさん」
ひろしが言った。
声が低く、切迫しとった。
「もう節約の話やない」
「え?」
「毎月3000円削るとか、
そんな段階は
とっくに終わっとる」
「……」
「強盗が家の前まで
来とる時に、
電気代を
節約するやつはおらん」
さおりは
黙った。
「今やるんは、
配置転換や」
「配置転換……」
「そう。
何を先に確保して、
どこに移って、
どの席に這いずり込むかや」
「そんなに切迫しとる……?」
「しとる。
もう遅すぎるぐらいじゃ」
「どういうこと……?」
「今の世界は
“どこで働きたいか”やない」
ひろしは、
一字ずつナイフのように置いた。
「“どこにおれば止まりにくいか”
で死に物狂いで選ばんと
間に合わん」
その言葉で、
さおりはやっと理解した。
ひろしは
就活なんかしてなかった。
生き残るための
最後の配置転換を始めたんじゃ。
■第十一章
ひろしの避難表
ひろしは
ノートを開いた。
手が震えてなかった。
もう決意の顔じゃった。
『ひろしの避難表』
✲確保するもの
水
米
乾麺
缶詰
常備薬
モバイル電源
通信手段
現金
保冷手段
自転車
✲切るもの
見栄の出費
不要なサブスク
遠い職探し
営業系求人への期待
東京中心の楽観
✲先に入る席
冷凍倉庫監視
物流センター監視
下水・水道監視
電力設備監視
病院運用監視
「これ、就活表じゃないね……」
「違う」
ひろしは迷いなく答えた。
「避難表じゃ。
命の表じゃ」
「そこまで……?」
「そこまでや。
今のうちに席を取らんと、
後で殺し合いになる」
「非常口のすぐ近くの席、か……」
「そう」
さおりは
その表を見つめた。
そこにはもう、
迷いも、希望もなかった。
ただ、
生き残るための
冷たい計算だけがあった。
ひろしの頭の中では、
世界経済も、
国会審議も、
ホルムズ海峡も、
Metaの解雇も、
病院の手袋も、
欧州1000便の絶叫も、
東京―NY50万円の航空券も、
全部一枚の
崩壊する盤面になっとった。
■第十二章
東京に残る者、
東京を捨てる者
数日後。
ひろしは一社だけ応募した。
✲冷凍物流センター
監視運用補助
年収見込み:420万円
営業なし。
対人少なめ。
在庫・温度・
異常アラート監視中心。
「ここなん……?」
「ここじゃ」
「もっと探さないの……?」
「今は広く探す時やない。
先に席を死守する時じゃ」
面接から
帰ってきたひろしは、
前よりずっと静かじゃった。
目が据わっとった。
「どうだった……?」
「短かった」
「なんで……?」
「向こうも分かっとるんよ。
これから先、
冷凍が止まったら
食料も物流も
一瞬で詰まるって」
その夜、さおりは
ノートに数字を
震える手で並べた。
6万円。
20隻超。
8000人。
9966件。
5000万枚。
170円。
5月。
12万バレル。
1000便。
50万円(片道)。
20万円。
600万円。
420万円。
「全部つながったね……」
「うん」
✲株は上がる。
✲でも船は戻らん。
✲飛行機も飛ばん。
✲会社は切る。
✲国は安心を出す。
✲国会は非常時を話す。
「だから、
ひろしさんは
先に席を取るのね」
「そういうことじゃ」
窓の外の東京は
まだ明るかった。
でもその明るさは、
前みたいな
無邪気な明るさやなかった。
まるで爆発寸前の
最後の照明じゃった。
「東京って、
最後まで残るべき
場所なんかな……」
さおりが聞いた。
「東京は便利じゃ」
ひろしが答えた。
「でも便利な場所ほど、
止まった時の反動が
一番デカい」
「じゃあ捨てる……?」
「すぐには捨てん。
でも捨てる準備は
今すぐ始めんと死ぬ」
「準備……」
「残るか、逃げるか」
さおりは
ノートの最後に
震える字で書いた。
✲壊れる前に節約するな。
✲壊れる前に移れ。
それが、
ひろしがチェス盤を
血まみれで読み切った
最後の答えじゃった。
東京はまだ平和だった。
けどその平和は、
相場の笑顔と、
補助金の麻酔と、
大きい数字の発表と、
「まだ飛べる」
飛行機の幻想で
かろうじて
保たれとるだけじゃった。
ほんまに必要なんは、
のほほんと様子を見る
ことやない。
壊れる前に、
席を変えること。
水と電気と冷凍と
物流の側へ
自分を這いずり寄せること。
そうしない人間から先に、
この街では
「まだ大丈夫」
と言いながら
静かに、
静かに、
息絶えていくんじゃろうと、
さおりは
もう、はっきり思った。
………
★あとがき
ホームズとワトソンの、
やすきよ漫才風
✲ワトソン
「ホームズ君、
今回はほんまに
経済パニックの極みやがな!
数字が全部、
爆弾みたいに炸裂しとる!
Xの悲鳴まで入れて、
世界中が息詰まってるわ!」
✲ホームズ
「数字いうんは、
時々サイレンより
怖いからな。
1000便キャンセルや
片道50万円の航空券も、
全部現実の
血の匂いがするやろ」
✲ワトソン
「6万円、20隻超、8000人、
9966件、5000万枚、
170円、5月停止…、
もう頭の中が非常事態で
息ができないわ!」
✲ホームズ
「君は平時から
ちょっと非常や」
✲ワトソン
「うるさいわ!
でも今回ええな。
節約の話やのうて、
“今すぐ席を死守せよ”
に変わったのが
めちゃくちゃ怖い。
SNSの声がリアルすぎて、
読んでるこっちまで
逃げ場がなくなったわ!」
✲ホームズ
「そこが肝じゃ」
✲ワトソン
「冷凍倉庫が最後の
避難経路になる小説、
ほんま初めて見たわ!」
✲ホームズ
「文明が細るほど
冷凍倉庫は神じゃ」
✲ワトソン
「最後、
毎回そこに着地するなや!」
………
❥Z世代のあなたへ
これからの時代は、
ゆっくり節約して
耐えるだけでは
絶対に間に合わん。
必要なんは、
何が止まると
自分も死ぬかを見抜くこと。
どこの席が最後まで残るか
死に物狂いで考えること。
今すぐ自分をその側へ
這いずり寄せることじゃ。
株価が上がっても、
それで安心するな。
国が大きい数字を出しても、
それで解決したと思うな。
Xで世界中から上がる
「もう無理」
「飛べない」
「潰れた」
の絶叫に、
耳を塞ぐな。
「なんか変だ」
その違和感を
絶対に捨てるな。
そして、
壊れる前に節約するより、
壊れた後も生きられる場所へ
今すぐ移ること。
それが、
これからの唯一の
知性なんかもしれん。




