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『好きになる前に、不合格(笑)』 ✲ 四千二百二十五人が応募して、お寺へ入れたのは、たった二十人だった。

✦『好きになる前に、不合格(笑)』


✲ 四千二百二十五人が応募して、


 お寺へ入れたのは、

 たった二十人だった。


――韓国では、

 仏さまの前へ座る前にも、

 婚活の書類審査があった。――


………


高校一年生のゆづきが、

テレビを指さした。


画面には、

韓国の古い寺が映っていた。


青い海。


山の緑。


静かに並ぶ瓦屋根。


その境内を、

若い男女が手をつないで歩いている。


片方は、

目隠しをしていた。


「おじいちゃん。


 これ、修行なん?」


「婚活らしい」


「目隠しして?」


「目の見えん方を、

 相手が言葉で案内するんじゃ」


「顔を見る前に、

 信用できるか試すん?」


「そういうことじゃろうな」


場所は、

韓国北東部にある洛山寺。


新羅時代の六七一年に

創建されたと伝わる古寺だった。


韓国仏教系の福祉団体が、

少子化対策の一つとして

若い男女を集めていた。


期間は一泊二日。


参加できるのは、

男性十人、女性十人。


ところが、

応募した人は

四千二百二十五人に達した。


「二十人のところへ、

 四千人以上?」


「倍率は

 二百倍を超えるな」


「お寺に入るのに、

 大学入試より難しいじゃん」


「恋をする前に、

 まず抽選を勝ち抜かんといけん」


ゆづきは笑った。


だが、

すぐに表情を変えた。


「そんなに、

 出会いたい人がおるのに、


 なんで韓国では

 結婚する人が減ったん?」


僕も、

同じことを考えた。


恋愛したくないわけではない。


誰かと暮らしたくないわけでもない。


四千二百二十五人が、

二十席しかない寺へ申し込んだ。


若者の心が、

冷たくなったのではない。


出会う場所と、

安心して恋愛できる暮らしが

減っていたのだ。


………


★目次


■第1章

 仏さまの前でも抽選です(笑)


■第2章

 目隠しで歩く二人


■第3章

 街の合コンでは話せなかった


■第4章

 四千二百二十五人の孤独


■第5章

 寺へ逃げ込んだ恋愛


■第6章

 政府が恋人を探す国


■第7章

 四千人から二十四組の結婚


■第8章

 愛より先に家賃が来る


■第9章

 男性は家、女性は年齢


■第10章

 出会いたくないのではない


■第11章

 お寺ブームの正体


■第12章

 五組のカップル


■第13章

 結婚は出生率の道具ではない


■第14章

 日本にも同じ鐘が鳴る


■第15章

 目隠しを外したあと


❥Z世代のあなたへ


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ婚活漫才(笑)


………


■第1章

 仏さまの前でも抽選です(笑)


「参加した人は、

 何をするん?」


ゆづきが聞いた。


「寺の服を着て、

 お茶を飲んだり、

 森を歩いたりするらしい」


「お坊さんが、

 相性を占うん?」


「占わん」


「お経で告白?」


「南無阿弥陀仏の後に、

 好きですと言うんかな…」


「断りにくすぎるよ…」


洛山寺へ集まった男女は、

番号のついた棒を引いたり、

持ち物を合わせたりして

相手を決めた。


最初から、

年収や会社名だけを並べて

相手を選ぶのではない。


一緒に歩く。


お茶を飲む。


海辺でヨガをする。


短い時間だが、

一対一で話す。


都会の婚活会場とは違い、

大きな音楽も、

酒も、

派手な照明もない。


聞こえるのは、

風と鳥の声だった。


「静かすぎて、

 話すことがなくならん?」


「都会では、

 うるさすぎて話せん人もおる」


韓国の若者は、

忙しい。


会社。


資格試験。


就職活動。


残業。


通勤。


スマホ。


SNS。


誰かと出会っても、

相手の言葉をゆっくり聞く前に

時間が終わる。


寺には、

その時間があった。


「お寺が作ったのは、

 恋人じゃなくて、

 話せる時間なんじゃなぁ」


「まずは、そこからじゃ」


………


■第2章

 目隠しで歩く二人


一人が、

布で目を隠す。


もう一人が、

手を取る。


「右に石があります」


「少し段差があります」


「ゆっくりで大丈夫です」


目の見えない人は、

相手の声を信じて歩く。


案内する人は、

自分だけ先へ進めない。


相手の歩幅を確かめながら進む。


「婚活なのに、

 顔を見せんの?」


「顔しか見ない婚活への

 反対なのかもしれんな」


「でも、

 目隠しを外した瞬間に

 好みじゃなかったら?」


「現実を言うな」


「大事じゃろ」


「大事じゃが、

 五分くらい夢を見させてくれ」


二人で笑った。


だが、

この目隠しには意味があった。


結婚は、

未来が見えない相手と歩くことだ。


仕事を失うかもしれない。


病気になるかもしれない。


子どもができないかもしれない。


親の介護が始まるかもしれない。


どれだけ条件を調べても、

人生の先までは見えない。


その時に必要なのは、


未来を全部知っている人ではない。


「そこ、

 段差があるよ…」


そう言ってくれる人だった。


………


■第3章

 街の合コンでは話せなかった


参加した男性の一人は、

都会の婚活会場が苦手だった。


大きな音。


酒。


短い自己紹介。


次々と入れ替わる相手。


「仕事は何ですか?」


「年収は?」


「どこに住んでいますか?」


何度参加しても、

面接を受けている気分になった。


自分をよく見せようとするほど、

何を話したらよいのか

分からなくなった。


寺では、

携帯電話を見続ける人はいない。


高級な服も、

車も、

会社の肩書も目立たない。


全員が似た寺の服を着る。


「制服にしたら、

 金持ちか分からんのじゃな」


「靴を見れば分かるかもしれん」


「ゆづきは、怖いよ…」


参加した女性の一人は、

寺で出会うことについて、


普通の婚活とは違い、

落ち着いて相手を

真剣に知ることができそうだと話した。


寺が恋を起こすのではない。


騒音を消すことで、

目の前の人が見えやすくなる。


「スマホの電波を切れば、

 恋愛が始まるん?」


「わしの場合、

 誰からも連絡が来んから

 普段から静かじゃ…」


「悲しいことを

 誇らしそうに言うな!」


………


■第4章

 四千二百二十五人の孤独


二十人の募集に、

四千二百二十五人。


数字だけを見れば、

寺の婚活が大人気という話になる。


だが、

僕はその後ろにいる

四千二百五人を考えた。


申し込んだが、

寺へ入れなかった人たち。


会社と家を往復する人。


友人の結婚式で、

笑いながら一人で帰った人。


親から、


「いい人はいないの?」


と聞かれる人。


アプリを何度開いても、

会いたい人に会えない人。


会えても、

次の連絡が来なかった人。


「応募した人は、

 みんな結婚したいん?」


「そこまでは分からん。


 まず誰かと話したかった人も

 おるじゃろう」


若者が恋愛を捨てた。


結婚を嫌った。


そう簡単に片づけることはできない。


四千二百二十五人が、

自分から申し込んだ。


出会いたい気持ちは、

こんなにも残っていた。


ただし、

安心して恋愛へ進める道が

細くなっていた。


「少子化の数字には、

 この四千人の気持ちは

 出てこんのじゃな」


「出生率は、

 寂しさを数えんからな」


………


■第5章

 寺へ逃げ込んだ恋愛


なぜ、

ホテルではなく寺なのか。


なぜ、

婚活アプリではなく寺なのか。


韓国では、

寺に泊まって心を休める

テンプルステイが知られている。


都会から離れる。


スマホを置く。


お茶を飲む。


鐘を聞く。


山を歩く。


早く答えを出すことをやめる。


「恋愛も、

 急がされすぎとったんかな?」


ゆづきが言った。


アプリでは、

数秒で判断する。


写真を見る。


条件を見る。


右へ送る。


左へ送る。


返事が遅ければ、

脈がないと思う。


一度会って盛り上がらなければ、

次の相手を探す。


寺では、

同じ場所で一泊する。


一度目の会話で失敗しても、

次の日にもう一度話せる。


食事の時に会う。


散歩でも会う。


朝の顔も見る。


「一晩で、

 寝起きまで見せるん?」


「恋愛番組より早いな」


「いびきで不合格になりそう」


「それは重要な生活情報じゃ」


寺が人気なのは、

神秘的だからだけではない。


街の速すぎる恋愛から、

一度降りることができるからだった。


………


■第6章

 政府が恋人を探す国


韓国では、

自治体が婚活イベントを開いている。


若い男女を集める。


食事を用意する。


ゲームをする。


気に入った相手と

連絡先を交換する。


地域によっては、

交際費や結婚費用まで支援する。


「市役所が、

 恋人を紹介してくれるん?」


「少子化が、

 そこまで深刻なんじゃろう」


「役所から来た手紙に、


 あなたの恋愛が

 未提出です、


 って書いてあるん?」


「提出期限は来月末です」


「嫌すぎるわ」


行政が出会いを支援すること自体を、

笑う必要はない。


仕事が忙しく、

自然な出会いが少ない人には

助けになる。


だが、

政府が若者を見る時、


恋人。


結婚。


出産。


この三つが、

一直線につながってしまう。


若者は、

人口を増やすために

恋愛するのではない。


寂しいから。


楽しいから。


好きだから。


誰かと食事をしたいから。


最初の理由は、

もっと小さくてよい。


………


■第7章

 四千人から二十四組の結婚


韓国では、

多くの自治体が

婚活行事を開いてきた。


二〇二二年から二〇二四年夏ごろまでに、

約四千人が参加し、


実際の結婚まで確認されたのは、

二十四組ほどだったという調査もある。


「四千人で、

 二十四組?」


「イベント一回で

 すぐ結婚するわけではないからな」


「少なすぎん?」


「恋愛を、

 工場の生産数みたいに

 数えるから少なく見える」


出会った。


連絡先を交換した。


一度食事をした。


友人になった。


自分は本当は、

結婚したいと気づいた。


逆に、

今は結婚したくないと気づいた。


数字に残らない変化もある。


だが政府が求めるのは、

最終的な結婚数と出生数だ。


「二人が幸せでも、

 子どもが生まれなかったら

 政策失敗なん?」


「人口政策だけで見れば、

 そう評価されるかもしれん」


「冷たいな」


「数字は、

 人間より冷たい」


寺へ集まった若者は、

少子化を解決する部品ではない。


一人一人が、

自分の人生を探していた。


………


■第8章

 愛より先に家賃が来る


出会いがない。


それだけが、

結婚しない理由ではない。


韓国の若者には、

結婚後の暮らしが重く見える。


住宅。


仕事。


長時間労働。


教育費。


育児。


女性の仕事復帰。


男性へ求められる収入。


「好きな人ができても、

 家がない?」


「一緒に暮らす部屋が

 高すぎることもある」


「寺には泊まれるのに?」


「一泊二日だけな」


「ずっと寺に住めば?」


「お坊さんに怒られる」


若者は、

結婚の良さを知らないのではない。


結婚後に支払う費用を

よく知っている。


愛している。


だが、

家賃は待ってくれない。


子どもが欲しい。


だが、

仕事を辞められない。


一緒に暮らしたい。


だが、

通勤だけで一日が終わる。


寺の中では、

二人は静かに話せる。


寺を出れば、

また住宅価格と仕事が待っている。


恋愛イベントだけで

少子化が解決しない理由は、

そこにあった。


………


■第9章

 男性は家、女性は年齢


婚活の場では、

男女に違う条件が求められる。


男性には、


収入。


会社。


住宅。


将来性。


女性には、


年齢。


外見。


出産。


家事。


「男女とも、

 別々の試験を受けるんじゃな」


「どちらも大変じゃ」


男性は言う。


「女性は金しか見ない」


女性は言う。


「男性は若さしか見ない」


どちらの痛みも、

嘘ではない。


だが、

相手だけを責めれば、

二人の後ろにある社会が消える。


男性に家を用意せよと求めたのは、

目の前の女性だけではない。


女性に仕事も育児もせよと求めたのは、

目の前の男性だけではない。


親。


会社。


住宅市場。


古い家族観。


教育競争。


いろいろなものが、

二人の間へ座っている。


「お見合いなのに、

 席が満員じゃな」


「見えん客が多すぎる」


………


■第10章

 出会いたくないのではない


若者は恋愛しなくなった。


若者は結婚を嫌っている。


そんな見出しを、

僕たちはよく見る。


だが、

二十席へ四千二百二十五人が応募した。


「全然、

 恋愛を嫌っとらんじゃん」


「出会いたい人は多いんじゃろう」


問題は、

恋愛したくないことではない。


普通の場所では、

落ち着いて人と知り合えないこと。


仕事が忙しいこと。


失敗を怖がること。


断られた時、

自分の価値まで否定されたように

感じること。


アプリを開けば、

さらに条件の良い相手が見えること。


その結果、

会う前から疲れてしまう。


「寺へ行ったら、

 その疲れが消える?」


「二日では消えん。


 じゃが、

 少し息はできる」


韓国の若者が

寺へ求めていたのは、


仏さまが恋人を

降らせてくれる奇跡ではない。


急がなくてよい二日間だった。


………


■第11章

 お寺ブームの正体


「若者がお寺へ行くって、

 意外じゃな」


「ゲームもスマホもないから、

 退屈そうじゃろ?」


「おじいちゃんには合いそう」


「わしを、

 古代遺跡みたいに言うな」


韓国では、

寺で過ごす体験が

若者にも注目されてきた。


宗教への強い信仰だけが

理由とは限らない。


静か。


安い。


自然がある。


スマホから離れられる。


誰かと比べなくてすむ。


何者かにならなくてもよい。


都会では、

常に評価される。


学校。


会社。


SNS。


恋愛。


寺では、

肩書を外して座ることができる。


だから婚活とも相性がよかった。


高級ホテルでは、

服や時計が目に入る。


寺の服を着れば、

少しだけ条件が見えにくくなる。


「でも顔は見えるじゃろ」


「全部は消せんな」


「仏さまでも無理か」


「人間が作った物差しは、

 人間が外すしかない」


………


■第12章

 五組のカップル


二日間の最後。


参加者は、

気になった相手を選んだ。


互いに選び合えば、

一組になる。


今回の二十人から、

五組が成立したと報じられた。


「十人がカップル?」


「半分じゃな」


「成功率、高いじゃん」


「寺の御利益かもしれん」


「急に信心深くなったな」


もちろん、

カップル成立は結婚ではない。


連絡先を交換し、

これから会ってみるという入口だ。


寺を出れば、

普段の仕事へ戻る。


遠距離かもしれない。


生活時間が違うかもしれない。


価値観も合わないかもしれない。


だが、

五組はもう一度会いたいと思った。


少子化の数字ではなく、

小さな約束が五つ生まれた。


「次も会いませんか?」


その一言は、

出生率をすぐには変えない。


だが、

一人で帰るはずだった人の

明日を少し変える。


国の数字は、

そこからしか始まらない。


………


■第13章

 結婚は出生率の道具ではない


寺の僧侶は、

参加者へ少子化を考えてほしいと語った。


韓国の人口は、

長期的には大きく減ると予測されている。


出生率は、

二〇二五年に〇・八〇まで上がった。


それでも、

人口を維持する水準には遠い。


国は焦る。


自治体も焦る。


企業も焦る。


「若者は、

 焦っとらんの?」


「別のことで焦っとる」


仕事。


家賃。


奨学金。


親。


自分の将来。


国は、

子どもが足りないと心配する。


若者は、

自分が暮らしていけるかを心配する。


同じ国に住んでいるのに、

見ている未来が違う。


結婚させればよい。


子どもを産んでもらえばよい。


そう考えるだけでは、

若者の心は動かない。


結婚は、

国家へ子どもを納品する契約ではない。


誰かと一緒に生きたいという、

個人の願いだ。


その願いを守った結果として、

子どもを持つ家庭も生まれる。


順番を逆にしてはいけない。


………


■第14章

 日本にも同じ鐘が鳴る


「これは韓国だけの話?」


「日本も似とる」


日本でも、

若者の結婚は遅くなっている。


地方では、

出会う人そのものが少ない。


都会では、

人が多すぎて一人を選べない。


マッチングアプリ。


自治体の婚活。


移住者向け交流会。


寺や神社の縁結び。


形は違っても、

日本も同じ問題を抱えている。


仕事が忙しい。


収入が安定しない。


家が高い。


子育てが不安。


恋愛する時間がない。


「日本でも、

 寺で婚活したら?」


「参加者より、

 檀家の年寄りが集まりそうじゃ」


「おじいちゃんも参加?」


「年齢制限で、

 鐘だけ鳴らす係じゃ」


笑った後、

ゆづきが言った。


「でも、

 鐘を鳴らす人も必要じゃろ」


「なぜじゃ?」


「今から始まりますよって、

 みんなに知らせるため」


日本にも、

同じ鐘が鳴っている。


若者が恋愛しないのではない。


恋愛までたどり着く前に、

毎日の暮らしで疲れている。


………


■第15章

 目隠しを外したあと


寺の門へ向かって、

一組の男女が歩いていた。


女性は目隠しをしていた。


男性が手を握り、

段差を教えた。


「右へ少し」


「怖いです」


「ゆっくりで大丈夫です」


二人は、

門の前へたどり着いた。


そこは、

願いがかなうという伝説を持つ門だった。


女性は、

目隠しを外した。


最初に見えたのは、

空でも海でも仏像でもない。


自分を案内してくれた

男性の顔だった。


僕は思った。


恋愛とは、

相手の条件を全部確認してから

歩き始めることではない。


見えない先を、


「大丈夫です」


と言いながら、

一緒に進めるかどうかだ。


年収が下がるかもしれない。


病気になるかもしれない。


子どもを持たないかもしれない。


結婚しないまま、

一緒に暮らすかもしれない。


人生は、

婚活会社の予定表どおりには

進まない。


「おじいちゃん」


ゆづきが聞いた。


「五組の中から、

 本当に結婚する人は出るかな?」


「分からん」


「少子化は、

 変わるかな?」


「それも分からん」


「じゃあ、

 このイベントに意味はあるん?」


僕は、

目隠しをして歩く二人を見た。


「四千二百二十五人が、


 誰かと出会いたいと思って

 申し込んだ。


 その気持ちが残っとると

 分かっただけでも、


 意味はあるんじゃないか」


若者は、

愛を捨ててはいなかった。


ただ、

愛を始める場所を

失いかけていた。


だから寺は、


恋人を作る工場ではなく、


立ち止まって、

目の前の人を見る場所になった。


好きになる前に、

不合格にする社会。


その反対側で、


目隠しをして、

まず相手の声を信じてみる二人。


韓国の未来を変えるのは、

五組のカップルだけではない。


四千人が申し込まなくても、

誰かと自然に出会える社会。


結婚しなくても、

孤独に追い込まれない社会。


結婚しても、

住宅費や教育費で潰れない社会。


子どもを持っても、

仕事を失わない社会。


それを作ることだった。


寺の鐘が鳴った。


一泊二日の婚活が終わった。


だが、

五組にとっては、


初めて誰かと歩く時間が

始まったばかりだった。


………


❥Z世代のあなたへ


四千二百二十五人が応募して、

参加できたのは二十人。


この数字を見て、


韓国の寺の婚活は

大人気だったと思うでしょうか。


それとも、


四千人以上が、

誰かと出会う場所を探していたと

考えるでしょうか。


若者は、

恋愛を嫌いになったのではありません。


結婚する気がないと

決めつけることもできません。


仕事が忙しい。


家が高い。


出会いがない。


失敗が怖い。


アプリでは、

人が多すぎる。


条件で比べられる。


断られるたびに、

自分の価値まで

否定されたように感じる。


そんな若者が、


静かな寺なら、

もう一度誰かと話せるかもしれないと

申し込みました。


寺では、

片方が目隠しをします。


もう片方が、

手を取って歩きます。


この姿は、

結婚そのものに似ています。


未来は見えません。


相手の会社が

ずっと残るか分かりません。


収入も、

健康も、

家族の形も変わります。


だから必要なのは、


未来を完全に予測できる人では

ありません。


段差の前で、


「危ないよ」


と言える人です。


怖がっている時に、


「急がなくていいよ」


と言える人です。


転んだ時に、


「だから言っただろ」


ではなく、


手を差し出せる人です。


ただし、

恋愛を個人の勇気だけに

任せてもいけません。


若者が誰かと生きたいと思った時、


家賃に負けない。


仕事を失わない。


子どもを持つかどうかを

自分たちで決められる。


結婚しない人も、

孤独や貧困へ追い込まれない。


そんな社会が必要です。


少子化対策とは、


若者を無理に

結婚させることではありません。


誰かと暮らしても、

一人で暮らしても、


人生を続けられる社会を

作ることです。


四千二百二十五人の応募者は、


「結婚したくない若者」

ではありませんでした。


少なくとも、


誰かと話してみたい。


誰かを信じてみたい。


そう思った人たちでした。


社会が聞くべきなのは、


「なぜ結婚しないのか」


だけではありません。


「なぜ、

 普通に出会うことさえ

 これほど難しくなったのか」


です。


好きになる前に、

不合格にされる社会から、


好きになる前に、

まず話してみる社会へ。


未来を変えるのは、

派手な少子化対策では

ないかもしれません。


スマホを置く時間。


相手の言葉を聞く時間。


急がずに歩ける場所。


そして、


目隠しをした人へ

手を差し出せる余裕です。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ婚活漫才(笑)


ワトソン


「ホームズ先生。


 韓国のお寺で、

 婚活が行われています」


ホームズ


「仏さまが、

 相手を決めるのか?」


ワトソン


「参加者が自分で選びます」


ホームズ


「仏さまは何をする?」


ワトソン


「見守ります」


ホームズ


「一番楽な仕事やないか」


ワトソン


「失礼なことを言うな!」


ホームズ


「参加者は何人だ?」


ワトソン


「二十人です」


ホームズ


「応募者は?」


ワトソン


「四千二百二十五人です」


ホームズ


「寺へ入るだけで、

 二百倍以上?」


ワトソン


「大人気です」


ホームズ


「東大より難しいな」


ワトソン


「東大と比べるな!」


ホームズ


「試験科目は?」


ワトソン


「ありません」


ホームズ


「お経は?」


ワトソン


「唱えるかもしれません」


ホームズ


「英語は?」


ワトソン


「いりません」


ホームズ


「数学は?」


ワトソン


「いりません」


ホームズ


「年収は?」


ワトソン


「先生、

 すぐ現実へ戻すな!」


ホームズ


「何をするんだ?」


ワトソン


「目隠しをして、

 相手に手を引いてもらいます」


ホームズ


「危険ではないか?」


ワトソン


「信頼を確かめるんです」


ホームズ


「私なら、

 君を崖の近くへ案内する」


ワトソン


「信頼が一秒で消えたわ!」


ホームズ


「カップルは何組できた?」


ワトソン


「五組です」


ホームズ


「結婚したのか?」


ワトソン


「まだ分かりません」


ホームズ


「子どもは?」


ワトソン


「話が早すぎる!」


ホームズ


「国は少子化を心配している」


ワトソン


「二人は、

 まだ連絡先を交換したところです」


ホームズ


「では、

 出生率の計算を……」


ワトソン


「電卓をしまえ!」


ホームズ


「寺では、

 心が落ち着くらしいな」


ワトソン


「都会の婚活より、

 ゆっくり話せるそうです」


ホームズ


「私も参加しよう」


ワトソン


「年齢制限があります」


ホームズ


「差別だ!」


ワトソン


「若者向けです!」


ホームズ


「では僧侶になる」


ワトソン


「婚活を見物するために

 出家するな!」


ホームズ


「鐘を鳴らす係でもいい」


ワトソン


「何を知らせるんです?」


ホームズ


「相手を選ぶ時間です」


ワトソン


「競馬の締め切りみたいに言うな!」


ホームズ


「ワトソン。


 結婚で一番大切なものは何だ?」


ワトソン


「愛でしょう」


ホームズ


「住宅は?」


ワトソン


「必要です」


ホームズ


「収入は?」


ワトソン


「必要です」


ホームズ


「相性は?」


ワトソン


「必要です」


ホームズ


「全部いるやないか」


ワトソン


「生活ですから!」


ホームズ


「では、

 完璧な相手を探そう」


ワトソン


「そんな人はいません」


ホームズ


「それなら、

 不完全な二人で歩けばいい」


ワトソン


「今日は、

 えらく真面目ですね」


ホームズ


「寺だからな」


ワトソン


「ここはロンドンです!」


寺の映像では、

目隠しをした女性が

男性の手を握っていた。


ワトソンが尋ねた。


「先生。


 先が見えなくても、

 一緒に歩けるでしょうか」


ホームズは答えた。


「相手が、

 段差を教えてくれるならな」


ワトソン


「それが結婚ですか」


ホームズ


「いや。


 段差を教えずに

 一緒に転ぶのが結婚だ」


ワトソン


「最後に台無しにするな!」


――おしまい(笑)――


【作品の事実上の土台】


本作は、

二〇二六年七月に韓国北東部の

洛山寺で行われた、

若者向けの仏教婚活イベントを

中心素材としています。


洛山寺は、

六七一年創建と伝えられる古寺です。


韓国仏教系の福祉団体が、

少子化問題を考える取り組みとして、

二〇二三年から婚活企画を始めました。


二〇二六年の回には、

四千二百二十五人が応募し、

男性十人、女性十人の

計二十人が参加しました。


参加者は一泊二日で、


目隠しをした相手を案内する活動。


寺でのお茶。


森林の散策。


海辺のヨガ。


一対一の短い会話などを

体験しました。


最終的に、

五組が互いを選んだと

報じられています。


また韓国では、

多くの自治体が

少子化対策として

婚活行事を開いています。


二〇二二年から

二〇二四年夏ごろまでに、

およそ四千人が自治体の企画へ参加し、

二十四組ほどの結婚が確認されたとの

集計もあります。


作品中の会話、

参加者の人物像、

日本との比較は、

事実を土台に再構成した創作です。


特定の参加者や寺、

韓国の若者を

一律に評価するものではありません。


この物語が描きたいのは、


若者が恋愛を捨てたのではなく、


普通に出会い、

ゆっくり話し、

誰かを信じる時間を

社会が失いつつあることです。


《少子化の国に足りなかったのは、

 恋人ではなく、


 恋が始まるまで

 急かされずに歩ける場所だった》


その場所を、

韓国の若者は一泊二日だけ、


古い寺の中に見つけました。

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