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『入荷未定の国』 ――ホルムズ海峡が閉じた日、日本列島は、静かに城になった――

✦『入荷未定の国』


――ホルムズ海峡が閉じた日、

 日本列島は、静かに城になった――


………


戦争は、

爆発音で来ると思っていた。


だが違った。


それは、

スーパーの棚に貼られた

四文字で来た。


「入荷未定」


その朝、

コンビニはまだ開いていた。


電車も動いていた。


スマホもつながった。


だから誰も、

自分たちが

包囲されたとは思わなかった。


だが海の向こうで、

タンカーの保険が消えた。


ナフサの流量が細った。


肥料船が遅れた。


薬の納期が未定になった。


白い食品トレーが、

少しだけ薄くなった。


そして、

五年後

七十二歳になった僕は、

ようやく気づいた。


日本列島は、

国ではなく、

城だったのだ。


………


★目次


■第1章

 コンビニは開いていた


 ――戦争は入荷未定で来る


■第2章

 ホルムズ海峡は遠くない


 ――原油より先に保険が消えた


■第3章

 鳥取城の米と令和のナフサ


 ――兵糧攻めは進化した


■第4章

 女たちの影絵経済


 ――レシートに映った

  世界の幽霊


■第5章

 韓国は叫び、

 日本は黙って辞める


 ――ストライキのない国の

  悲鳴


■第6章

 怒りの候補者


 ――MAGAは政策ではなく、

  置き去り感の出口だった


■第7章

 カルテルは倉庫の中で笑う


 ――パーム油、肥料、米、

  そして疑念


■第8章

 買い占めは信頼不足で起きる


 ――米騒動からマスク不足まで


■第9章

 見えない配給制


 ――政府は配給とは言わずに

  配り始める


■第10章

 島国籠城 


 ――海が詰まれば、

  日本は城になる


■第11章

 StarlinkとXの戦争


――現代の兵糧攻めには

 衛星が参加する


■第12章

 AI時代の配管仕事


 ――Z世代よ、

  キラキラより下水を見ろ


■第13章

 七十二歳の僕の信用ログ


 ――健康は

  未来の通行証になる


■第14章

 棚が空く前に、心が空く


 ――不安は

  人間を買い占める


■第15章

 それでも朝のラジオ体操は続く


 ――止まらない人間が

  最後に強い


………


★本文


■第1章

 コンビニは開いていた


 ――戦争は入荷未定で来る


朝六時。


僕はいつものように起きた。


七十二歳。


若者から見れば、

完全に老人である。


しかし僕は、

まだ自分を老人と

決めたくなかった。


ラジオ体操をする。


肩を回す。

首をゆっくりほぐす。


正信偈を声に出す。


それからスマホを開く。


Xの画面には、

怒りと不安が流れていた。


「ガソリン、また上がった」


「米が高すぎる」


「薬局で

 いつもの薬が入荷未定」


「スーパーのトレー、

 前より薄くない?」


「政府は大丈夫と言うけど、

 何が大丈夫なん?」


僕は湯呑みを置いた。


元証券会社勤務の癖で、

値段より先に、

流れを見てしまう。


昔は株価チャートを見ていた。


今は、

世界の配管を見る。


原油。

ナフサ。

エチレン。

肥料。

海運保険。

銀行決済。

衛星通信。

下水処理場の燃料。

冷蔵倉庫の電気代。


それらが、

別々のニュースに見えて、

実は一本につながっている。


昼前、

近所のスーパーへ行くと、

白い紙が貼られていた。


「一部商品、入荷未定」


たった四文字。


だが僕には、

それが砲声に聞こえた。


戦争は、

爆発音で来るとは限らない。


戦争は、

入荷未定で来る。


■第2章

 ホルムズ海峡は遠くない


 ――原油より先に保険が消えた


ゆづきが来た。


高校生になったばかりの孫である。


スマホ片手に言った。


「じいちゃん、

 ホルムズ海峡って遠いんでしょ?

 日本と関係あるの?」


僕は笑った。


「遠い海ほど、

 近い台所に効くんじゃ」


「意味わからん」


「たとえば、

 船が通れるかどうかだけなら、

 まだニュースの話じゃ。


 でも船の保険が高くなる。

 銀行の確認が増える。

 港の順番が遅れる。

 タンカーが遠回りする。


 そうすると、

 日本のレシートに出る」


ゆづきは眉をひそめた。


「海峡が閉じると、

 ガソリンだけ

 高くなるんじゃないの?」


「そこが違う」


僕は紙に書いた。


原油

ナフサ

エチレン

プラスチック

食品トレー

薬の包装

洗剤ボトル

医療チューブ

ゴミ袋

電線被覆


ゆづきは、

途中で黙った。


「じゃあ、

 油って車だけじゃないんだ」


「車だけなら、

 まだ分かりやすい。


 怖いのは、

 目に見えん油じゃ」


Xには、

こんな投稿が流れていた。


「原油が半分になっても、

 日本は普通に見える。


 それが逆に怖い。

 どこで無理してる?」


その投稿に、

僕は思わず頷いた。


危機は、

壊れた瞬間より、

壊れていないように見える

時間の方が怖い。


■第3章

 鳥取城の米と令和のナフサ


 ――兵糧攻めは進化した


僕はゆづきに、

鳥取城の話をした。


「昔、秀吉はな、

 城を力攻めせんかった。

 米を断った」


「兵糧攻め?」


「そうじゃ。

 しかも戦う前に、

 周りの米を買い集めたと

 言われとる。


 城の中に人はいる。

 刀もある。

 壁もある。


 でも米がない」


ゆづきは小さく息を飲んだ。


「怖いね」


「怖いのは、

 それが昔話じゃないことじゃ」


現代の兵糧攻めは、

米俵を奪わない。


タンカーの保険を止める。

肥料の輸出を絞る。

ナフサの流量を細らせる。

エチレンの輸入を遅らせる。

薬の原料を止める。

衛星通信の料金を上げる。

SNSで不安を増幅する。


そして人々は、

それを戦争ではなく、

ただの値上げだと思う。


Xには、

こんな声があった。


「棚はまだある。

 でも奥行きが浅くなってる。

 これ、

 かなり危ないんじゃない?」


僕は思った。


この投稿者は、

かなり見えている。


棚が空になってから

気づく人は多い。


だが本当に怖い人は、

棚が浅くなった時に気づく。


鳥取城で減ったのは米だった。


令和で減るのは、

棚の奥行きである。


■第4章

 女たちの影絵経済


 ――レシートに映った世界の幽霊


ある夜、

オーストラリアの

ABCニュースの特集を見た。


女性たちが、

影絵を使って、

自分の内側の影を表現していた。


なぜ世界の幽霊話には 

女性が多いのか?


インタビューを受けた女性は

言った。


「人間は

 みんな影を抱えている。


 人形のような

 道具を使うと、

 自分でも知らなかった

 影が外へ出てくる」


僕はその言葉を聞いて、

台所のレシートを思い出した。


現代の女性たちは、

幽霊話ではなく、

レシートで影を見ている。


「卵がまた上がった」


「子どもの弁当が地味になった」


「水道代が怖い」


「薬が足りない」


「ガソリンが高くて

 実家に帰れない」


「自分の昼ごはんを抜いた」


Xには、

そんな声が流れていた。


男たちは

原油価格を見る。


市場は

債券利回りを見る。


政府は

統計を見る。


だが女性たちは、

米びつを見る。


薬箱を見る。

水道を見る。

子どもの皿を見る。


そこに、

世界経済の幽霊が先に出る。


僕はノートに書いた。


カルテルは、

摘発される前に、

レシートのため息になる。


それは小説の一文ではなく、

世界の構造だった。


■第5章

 韓国は叫び、

 日本は黙って辞める


 ――ストライキのない国の悲鳴


韓国では、

交通機関のストライキが

起きていた。


地下鉄へ人が流れ込む。

バス停に人があふれる。

タクシーアプリは空回りする。


SNSには怒りがあった。


「運転士も

 労働者なのは分かる。

 でも、バスを待つ

 こっちも労働者なんだ」


別の投稿。


「会社は平常運転。

 交通は非常時。


 これが一番腹立つ」


僕は胸が痛くなった。


韓国は叫ぶ。

日本は叫ばない。


しかし、

叫ばないから平気なのではない。


日本のストライキは、

駅前に出ない。


退職届に出る。

少子化に出る。

地方バス廃止に出る。

介護職員の離職に出る。

若者の無言の諦めに出る。


「じいちゃん、

 日本人は我慢強いってこと?」


ゆづきが聞いた。


僕は首を振った。


「我慢強いんじゃない。


 我慢しか知らんように

 育てられたんかもしれん」


日本の沈黙は、

平和ではない。


それは、

音のしないストライキである。


■第6章

 怒りの候補者


 ――MAGAは政策ではなく、

  置き去り感の出口だった


アメリカのニュースでは、

テキサスの共和党予備選が

話題になっていた。


トランプ大統領が推した

MAGA候補が勝った。


日本のテレビなら、

こう言うかもしれない。


「また

 アメリカは過激になった」


だが僕は、

それだけでは読めないと思った。


Xには、

こんな声があった。


「きれいな政治家は

 いらない。


 自分たちのために戦う

 政治家が欲しい」


別の声。


「ワシントン共和党より、

 トランプの一言の方が

 信用できる」


僕はノートに書いた。


MAGAは政策である前に、

置き去り感の受け皿である。


人は、

正しい説明だけでは動かない。


自分の怒りを

代弁してくれる人へ流れる。


ヨーロッパでは熱波。

韓国ではストライキ。

アメリカではMAGA。


全部、

別々のニュースに見える。


だが本当は、

世界中で不満が、

制度の配管を逆流し始めている。


ゆづきは言った。


「じゃあ日本では?」


僕は答えた。


「日本では、

 怒りがまだ形を探しとる」


■第7章

 カルテルは倉庫の中で笑う


 ――パーム油、肥料、米、

  そして疑念


インドネシアでは、

パーム油をめぐる

カルテル疑惑が問題になっていた。


米国では、

肥料価格をめぐる

調査があった。


中国は重要鉱物の

輸出を絞る。


インドは

米の輸出を止める。


フィリピンでは、

米や砂糖の

買い占め疑惑が出る。


僕は思った。


商品は、

不足しそうになった瞬間、

性格を変える。


昨日まで

油だったものが、

今日から

戦略物資になる。


昨日ま

で肥料だったものが、

来年の

食卓を握る武器になる。


昨日まで

米だったものが、

政府支持率を揺らす

政治物資になる。


Xには、

こんな怒りがあった。


「農家は

 儲かってない。


 消費者は

 高く買ってる。


 じゃあ間で

 太ってるのは誰?」


この一文は鋭かった。


現代の不信は、

作る人と買う人の間に生まれる。


倉庫。

商社。

輸出枠。


保険。

先物市場。

配送枠。


そのどこかで、

誰かが流れを握る。


僕はノートに書いた。


カルテルとは、

商品の話ではない。


流れの支配である。


■第8章

 買い占めは信頼不足で起きる


 ――米騒動からマスク不足まで


僕はゆづきに歴史の話をした。


1918年の

米騒動。


1973年の

トイレットペーパー騒動。


1980年の 

ハント兄弟による銀の買い占め。


2011年の

水と塩のパニック。


2020年の

マスク不足。


2022年の

アメリカ粉ミルク不足。


そして

令和の米不足。


「人間って、

 何回も同じことするんだね」


ゆづきが言った。


「同じことをしとるようで、

 少しずつ道具が変わっとる」


昔は

米屋へ走った。


次は

スーパーへ走った。


その次は

ドラッグストアへ走った。


今は

スマホで犯人を探す。


Xには、

こんな声があった。


「米はあるって言うのに

 棚にはない。

 あるならどこにあるんだ?」


僕は

この声を笑えなかった。


人は、

物が足りない時だけ

買い占めるのではない。


信頼が足りない時に

買い占める。


政府を信じられない。

企業を信じられない。

物流を信じられない。


明日を信じられない。


その時、

人は米を抱える。


水を抱える。

マスクを抱える。

トイレットペーパーを抱える。


本当は、

物を抱えているのではない。


不安を抱えている。


■第9章

 見えない配給制


 ――政府は配給とは言わずに

  配り始める


ある日、

ガソリンスタンドに貼り紙が出た。


「給油は 

 一台二十リットルまで」


その横で、

誰かが言った。


「配給じゃないか」


店員は首を振った。


「購入制限です」


僕は苦笑した。


令和の配給は、

配給とは呼ばれない。


購入制限。

優先配送。


補助金対象。

業種別割当。


病院優先。

農業優先。

物流優先。


公共交通優先。

観光後回し。

個人車後回し。


紙の切符はない。


だが、

スマホの画面と行政資料の中で、

配給は静かに始まる。


Xには、

こんな投稿があった。


「みんな平等に

 不足するわけじゃない。


 先に回してもらえる人と、

 後回しにされる人が出る」


僕は思った。


それが現代の怖さだ。


物がないのではない。

順番が変わるのだ。


そして、

順番を決める者が、

新しい権力者になる。


■第10章

 島国籠城


 ――海が詰まれば、

  日本は城になる


日本は島国である。


小学校で習った時、

それは地理の知識だった。


七十二歳になって、

それが恐怖だと分かった。


日本は、毎日

船で命を輸血されている。


原油。

LNG。

ナフサ。

肥料。

飼料。

小麦。


医薬品。

半導体材料。

包装材。

スマホ部品。


それらが船で来る。


船が来るから、

スーパーが開く。


船が来るから、

薬局が開く。


船が来るから、

病院が動く。


船が来るから、

コンビニの弁当が

白いトレーに乗る。


海が開いているから、

日本は自由でいられた。


海が詰まれば、

日本は城になる。


ゆづきが聞いた。


「じゃあ日本は負けるの?」


僕は答えた。


「すぐには負けん。


 でも

 今までの便利さには

 戻れんかもしれん」


島国籠城。


その言葉が、

僕のノートに残った。


■第11章

 StarlinkとXの戦争


 ――現代の兵糧攻めには

  衛星が参加する


昔の兵糧攻めには、

米と水と城壁があった。


現代の兵糧攻めには、

衛星とSNSとAIがある。


Starlink。

X。

AI。

ドローン。


金融制裁。

暗号資産。

通信遮断。


昔なら、

城の外に軍隊が並んだ。


今は、

空の上に衛星が並ぶ。


Xには、

真偽不明の投稿が流れる。


「湾岸で攻撃」

「タンカー停止」

「保険会社が撤退」

「次は肥料」

「政府は隠している」


全部を信じてはいけない。


だが

全部を捨ててもいけない。


怪しい投稿の中にも、

本物の不安が混じっている。


僕はゆづきに言った。


「Xは

 ゴミ箱みたいなもんじゃ。


 でもゴミ箱には、

 火事の焦げ跡が

 入っとることもある」


ゆづきは笑った。


「じいちゃん、

 たとえが昭和すぎる」


「昭和のたとえは

 しぶといんじゃ」


現代の戦争は、

弾だけではなく、

情報の流れを撃つ。


そして人々は、

本当のニュースより先に、

不安のニュースで動く。


■第12章

 AI時代の配管仕事


 ――Z世代よ、

  キラキラより下水を見ろ


ゆづきは言った。


「じいちゃん、

 これからは

 何の仕事が強いと思う?」


僕は即答しなかった。


昔なら、

金融。

商社。

IT。

広告。

ゲーム。

外資。


そう言ったかもしれない。


だが今は違う。


水。

電気。

通信。

物流。

医療。

農業。


修理。

防災。

下水。


冷蔵倉庫。


素材。

保険。

決済。


「地味じゃん」


「地味な仕事ほど、

 止まった時に分かる」


AIはすごい。


でもAIは、

電気がなければ動かない。


データセンターは、

水と冷却がなければ止まる。


スマホ決済は、

通信がなければ止まる。


病院は、

薬と物流がなければ止まる。


都会は、

下水が止まれば

一日で臭う。


僕はゆづきに言った。


「Z世代はな、

 キラキラを見るな。


 流れているものを見ろ。

 止まりかけているものを見ろ。


 そこに未来がある」


ゆづきは黙って、

スマホにメモした。


その姿を見て、

僕は少しだけ安心した。


■第13章

 七十二歳の僕の信用ログ


 ――健康は

  未来の通行証になる


七十二歳の僕には、

大きな武器はない。


だが小さな習慣はある。


朝六時に起きる。


ラジオ体操。

肩と首をほぐす。


正信偈。

歯磨き。


チョコザップ。

カラオケ。


玄米ご飯。

納豆。

めかぶ。

卵。


AI小説。


娘とのゲーム。


昔なら、

ただの年寄りの習慣に見えた。


しかしこれからは違う。


健康ログは、

信用になる。


この人は

毎日を整えている。


この人は

倒れにくい。


この人は

情報を読める。


この人は

怒りに飲まれず、

AIで整理できる。


この人は、

まだ社会とつながっている。


そういう信用が、

未来の通行証になる。


僕は

大金持ちではない。


世界を変える

権力者でもない。


だが、

自分の生活の配管を

少し太くすることはできる。


七十二歳のころの

僕の戦場は、

世界地図ではない。


朝の台所である。

洗面所である。

近所の道である。


スマホの画面である。


そして、

今日も書く一行である。


■第14章

 棚が空く前に、心が空く


 ――不安は人間を買い占める


ある夕方、

スーパーの米売り場で、

中年の女性が立ち尽くしていた。


棚には米があった。

だが高かった。


女性は米袋を持ち上げ、

また戻した。


スマホを見た。

財布を見た。


もう一度、

米袋を見た。


そして小さく言った。


「今日はやめとこ」


その声が、

僕の胸に刺さった。


棚が空く前に、

心が空く。


買えるのに買えない。

あるのに手が出ない。


それは、

不足より静かな絶望だった。


Xには、

こんな投稿があった。


「買いだめするなと 

 言われても、

 買いだめできる

 金も場所もない」


僕は思った。


買い占める人だけが

悪いのではない。


買い占められない人もまた、

危機の中にいる。


広い家の人は、

不安を棚に移せる。


狭い家の人は、

不安を体の中に置くしかない。


これが、

備蓄格差だった。


令和の兵糧攻めは、

家の広さまで攻めてくる。


■第15章

 それでも朝のラジオ体操は続く


 ――止まらない人間が最後に強い


数週間後。


街は壊れていなかった。

だが少しずつ変わっていた。


弁当容器が  

薄くなった。


薬の入荷日が

曖昧になった。


ガソリンの価格表示が、

毎週のように変わった。


冷凍食品の

棚の奥行きが浅くなった。


バスの本数が減った。


小さな店が、

現金のみになった。


誰も戦争とは言わなかった。


ただ、

みんな少しずつ疲れていた。


その朝も、

僕はラジオ体操をした。


腕を上げる。

胸を開く。

息を吐く。


七十二歳の体は、

若くはない。


だが動く。


動くなら、

まだ終わっていない。


ゆづきからLINEが来た。


「じいちゃん、

 学校の進路調べで、

 水処理とか物流とか防災の仕事、

 ちょっと見てみる」


僕は画面を見て、

静かに笑った。


世界は簡単には救えない。


ホルムズ海峡も、

カルテルも、

MAGAも、

熱波も、

ストライキも、

僕一人には止められない。


だが、

一人の若者が、

未来を見る場所を少し変えた。


それだけで、

今日の一行を書く意味はある。


戦争は、

入荷未定で来る。


だが希望は、

小さなメモから来る。


派手なものを見るな。

流れているものを見ろ。

止まりかけているものを見ろ。


そこに未来がある。


そして僕は、

今日も鉛筆を持つ。


令和の兵糧攻めの中で、

七十二歳の僕は、

まだ白旗を上げない。


………


❥Z世代のあなたへ


君たちは、

すごく難しい時代に生きている。


でも、

絶望の時代ではない。


むしろ、

見える人にはチャンスがある。


世界はもう、

安く作って、

遠くから運んで、

明日届く社会ではなくなっていく。


だからこそ、

見る場所を変えてほしい。


有名企業だけを

見るな。


派手な職業だけを

見るな。


フォロワー数だけを

見るな。


年収ランキングだけを

見るな。


水を見ろ。

電気を見ろ。

通信を見ろ。


物流を見ろ。

医療を見ろ。

農業を見ろ。


修理を見ろ。

防災を見ろ。

下水を見ろ。


保険を見ろ。

決済を見ろ。


社会は、

目立つ人だけで動いていない。


むしろ、

目立たない配管が止まった時、

一番先に社会は壊れる。


AIを使え。


でも、

AIの地面を忘れるな。


クラウドを使え。


でも、

水と電気と冷却と通信を忘れるな。


都会で働いてもいい。


でも、

自分の生活の逃げ道を持て。


会社に入ってもいい。


でも、

単職に人生を全部預けるな。


細い糸を何本も持て。


文章を書け。

数字を読め。

料理を覚えろ。

体を動かせ。


親と話せ。

地域を知れ。

AIに聞け。


でも最後は、

自分の目で棚を見ろ。


未来は、

遠いニュースではない。


君のレシートに、

もう薄く印刷されている。


………


★あとがき

 ホームズとワトソンの

 やすきよ漫才風


ワトソン

「ホームズ、

 今回の事件は

 難しかったですねえ。


 ホルムズ海峡、カルテル、MAGA、

 韓国ストライキ、ナフサ、

 肥料、下水、Starlink。  


 もう何が犯人か分かりません!」


ホームズ

「ワトソン君、

 犯人は一人ではない」


ワトソン

「えっ、複数犯ですか?」


ホームズ

「そうだ。

 今回の犯人は、


 目詰まりと不安と

 欲望の共同犯だ」


ワトソン

「なんやそれ。

 刑事ドラマやったら、

 署長が怒りますよ。

 “犯人を一人に絞れ!”って」


ホームズ

「だが現実は、

 一人に絞れない事件ほど怖い」


ワトソン

「たしかに。

 米が高い。

 ガソリンが高い。

 薬がない。

 トレーが薄い。


 でも

 誰に文句言えばええんですか?」


ホームズ

「そこが

 目詰まり資本主義の罠だ。

 怒りの相手が見えない」


ワトソン

「見えない相手に怒るから、

 Xで大声になるんですね」


ホームズ

「その通りだ」


ワトソン

「しかしホームズ、

 七十二歳のおじいちゃんが、

 世界の兵糧攻めを読むというのは、

 ちょっと大げさでは?」


ホームズ

「大げさではない。

 世界経済は、

 台所に現れる」


ワトソン

「台所ですか?」


ホームズ

「レシートを見たまえ。


 そこに原油がいる。

 肥料がいる。

 ナフサがいる。

 海運保険がいる。

 円安がいる。

 カルテルがいる。


 ときどき、

 人間のため息まで

 印刷されている」


ワトソン

「レシート、怖っ!

 もう捨てられませんやん!」


ホームズ

「捨ててもよい。

 だが読む力は捨てるな」


ワトソン

「最後に

 一つ聞きたいんですが、

 こんな時代に

 一番大事なことは何ですか?」


ホームズ

「簡単だ。

 止まらないことだ」


ワトソン

「止まらない?」


ホームズ

「朝起きる。

 体を動かす。

 歯を磨く。

 水を大切にする。

 食べ物を粗末にしない。

 情報を疑う。


 でも絶望しない。

 若者に言葉を渡す。


 今日も一行書く」


ワトソン

「地味ですねえ」


ホームズ

「地味なものほど、

 危機では強い」


ワトソン

「つまり、

 ラジオ体操が世界を救う?」


ホームズ

「そこまでは言っていない」


ワトソン

「言うたやないですか!

 今、ほぼ言うた!」


ホームズ

「ワトソン君、

 ラジオ体操は世界を救わない。


 だが、

 世界が壊れかけた朝に、

 人間を救うことはある」


ワトソン

「……ええこと言うた。

 最後だけ急に名探偵や」


ホームズ

「最初から名探偵だ」


ワトソン

「いや、

 途中ずっと

 下水とナフサの話

 してましたやん」


ホームズ

「下水とナフサを見ない探偵は、

 令和では迷宮入りだ」


ワトソン

「ほな読者のみなさん、

 今日から見るものは?」


ホームズ

「派手なニュースではない」


ワトソン

「キラキラ企業でもない」


ホームズ

「流れているものを見る」


ワトソン

「止まりかけているものを見る」


ホームズ

「そこに未来がある」


ワトソン

「そして入荷未定に負けず、

 明日も生きる!」


ホームズ

「その通り」


ワトソン

「ほな最後に一言!」


ホームズ

「令和の兵糧攻めに、

 白旗を上げるな」


ワトソン

「ただし

 買い占めはするな!」


ホームズ

「うむ。

 買い占めではなく、

 知恵を備蓄せよ」


ワトソン

「決まった!

 笑いと涙と

 ナフサで締まりました!」


ホームズ

「ナフサで締めるな」


ワトソン

「ほな、また次回!」


――了――

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