ただ、楽しかった
お祖父様の屋敷へやって来て翌日以降。
祖父は私の希望通り、乗馬の練習と共に、弓の使い方も教えてくれる。さらに槍の練習もつけてくれた。この槍が女性が扱う武器としては、一番使いやすいと感じる。間合いもとれるし、攻撃するにも防御にも、槍は女性に向いている気がした。そうして弓と槍がある程度できるようになると、剣術の訓練も始まったけれど。
(やはり剣は難しいわ! 何より剣が重たく、腕力がとても必要だから、もう毎日腕がプルプル震えて大変……!)
筋肉は酷使するだけではなく、休ませた方がいいとのこと。そのため、剣術の訓練の翌日は、森の中の散策となる。というのもイケメン使用人の中には、森の植物に詳しい人もいる。彼と一緒に森に入り、食べられる植物や薬草についても教えてもらうことが出来た。植物に詳しい人がいれば、動物や鳥、魚について詳しいイケメンもいる。彼らは交代で森に私を連れ出し、その生態や特徴を教えてくれた。
(前世で自然に慣れていて良かったわ。こうして森の中を歩き、虫が出ても、侍女は悲鳴を上げているけど、私は動じない。木だって登れるし、獣は怖いよりご馳走に思える)
ちなみに夏の間は川や湖で泳いだり、ボートを漕いだりもした。私は前世でも水泳は好きだったので、この世界で泳げることが嬉しくてならない。
(ただ水着がないのが残念だわ。実質下着姿で泳ぐしかないのだから!)
そんな夏が終わり、秋を迎えると、祖父は狩りにも連れ出してくれた。弓も槍も剣も。まだ習い始めて数カ月。とても獲物を仕留めるには程遠い。それでも帰り道で木の実やキノコを手に入れたり。森の秋の味覚を満喫できた。
(きっと来年の秋には私も雉の一羽でも捕まえて見せるわ!)
まさに森の生活を謳歌する一方で、公爵令嬢として礼儀やマナーに沿った時間も過ごしている。刺繍を嗜み、イケメン執事にダンスの練習をつけてもらったりした。お祖父様はさすが元公爵で、音楽や絵画にも詳しい。そしてこの森の中のポツンと一軒家なのに、書斎には沢山の本と画集があったので、祖父がレクチャーをしてくれるのだ。
(書斎の本もすごいけど、廊下や各部屋に飾られている絵は名画ばかり。しかも全部本物! お祖父様、すご過ぎます……!)
祖父のそのレクチャーは星空の下で行われる。焚火にあたり、クッキーとミルクをいただき、大自然を感じながら祖父の話を聞けるのだ。流星群が見えた夜には、イケメン執事がバイオリンを弾き、祖父が歌うなんていう粋な演出もあった。
(書斎で黙々教えてもらったら、居眠りはするわ、すぐに忘れるわ……だったと思う。こうやってこの場所ならではのレクチャーを受けることで、習ったことはきっと忘れない!)
そして冬になると屋敷の中で過ごす時間が増え、そこは淑女教育の割合が増える。女性の使用人たちがお裁縫を教えてくれて、祖父は語学のレッスンをしてくれたのだ。勿論、寒さで体がなまらないように、乗馬や弓の練習は続け、晴れて暖かい日中に剣術の練習もした。
こうやってあっという間に一年が経ち、二年が経ち……ちょうど六年が経った時、祖父がこんなことを言い出す。
「アドリアナ。おじいちゃんとしてはこのままずっと、ずっとアドリアナと暮らしたいと思ってしまう。じゃがパルシェは……アドリアナのお母さんはとても心配している。というのも十二歳になると、貴族の令嬢と令息は、同年代の子どもと過ごす時間を持つようになるだろう? いわゆるお茶会だ。それまでは屋敷で家庭教師に勉強を習い、兄弟と過ごす。だが本格的な社交界デビュー前に、同年代の仲間と過ごす時間を持つわけじゃ」
この世界ではデビュタントで大人の仲間入りを果たし、そこで婚約者探しが本格的になるが、“プレ婚約者探し”がある。それこそが、十二歳になった令嬢と令息が行うお茶会だった。
貴族の結婚は家同士でするもの、政略結婚が大前提ではあるものの。その人となりはある程度確認しておきたい。デビュタントでは即求婚状につながるが、十二歳になった令嬢と令息が行うお茶会は、様子見の場となる。
「婿養子に考えていたあの子爵令息。お茶のマナーが全然ダメだわ」
「器量よしという噂だったけれど……ちょっとあれは……。それならカメルン伯爵の次女がよさそうね」
そんな風にお茶会を見守る女親が、未来の嫁や婿を言ってみれば値踏みする場だった。
「十二歳の誕生日を祝ったら、アドリアナは首都に戻った方がいい。そこから三年もしたら、クロノス王立学院へ入学だ。その三年の間に、首都にも慣れた方がいいと思ったのじゃが……アドリアナはどう思う?」
山猿令嬢を目指していたが、その目的は既に達成できていた。
狩りに出れば鹿を仕留めることもできる。
木の上から獲物を狙うこともできた。
しかも弓でも槍でもどちらでもいける。
剣だけはまだまだ修練したいが、一通りは扱えるようになった。
さらにもし逃亡したり、隣国に逃げ延びるため野営をしても、問題なくできる自信がある。森や山を彷徨っても、必要な薬草を見つけ出し、食料を手に入れることもできるだろう。
つまり当初の目的、山猿令嬢になるは既に果たすことができていた。
それでも祖父と共にここにいるのは、十年後に戻ると宣言していたからではない。
(ただ、楽しかったのよね……)
祖父とイケメン使用人、首都から連れてきたメイドや侍女と、笑いながら過ごすこの地での日々。それはまさに私にとっての宝物。毎日が刺激的で首都で過ごす時とは比べ物にならないほど、楽しかったのだ。
季節を感じ、季節と共に生きて、沢山のことを覚え、成長できた。淑女教育も、雪に閉ざされる冬があったこともあり、奇しくも完璧に身に付けることができている。
よっていつでも首都に帰ってよかったのだけど……。
「お祖父様と過ごす時間があまりにも楽し過ぎて……私も一生ここで過ごしたいと思ってしまいました」
「ははは! アドリアナ、だがそれを言うにはまだ若い。五十年後、恋しくなったら戻ってくるといいだろう。その時は立派な伴侶を連れ、戻って来るのじゃ。この屋敷はそれまでおじいちゃんが守っておこう」
「お祖父様……!」
(五十年後。私は生きているのかしら? 悪役令嬢にならず、この世界でおばあちゃんになれるのかな)
祖父にぎゅっと抱きつき、そして翌年の春。
私は首都へ戻ることになった。
お読みいただき、ありがとうございます!
願いは一つ……生きたい!
続きはまた明日!更新頑張ります!
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