秋休み
「アドリアナもレイノルズ侯爵令息と一緒に来ればいいのに。もう北部は紅葉が見頃よ。湖面に映る紅葉が絶景なのは、アドリアナも知っているでしょう?」
「そうだよ、アドリアナ。それに父さんも母さんも、アドリアナとレイノルズ侯爵令息がデートしている時、邪魔はしないぞ」
秋休み。
サンフォード公爵家は毎年地方領の別荘で休暇を楽しんでいた。父親が狩りをして、母親と私は紅葉を楽しむ。収穫祭に顔を出し、領民と交流したり。
今年はリアスと一緒に楽しめばいいと言われた時。
行きたいと思っていた。
だが私が別荘に行くことはない。
今年だけではなく、来年も、再来年も……。
リアスと私が婚約を解消すること。
そこに王家が絡んでいることは伏せる必要があった。
つまり国王陛下がカミュ第二王子のために「リアスの父親であるレイノルズ侯爵の命」と「リアスと私の婚約」を天秤にかけさせ、リアスへ決断を迫った――ということは、サンフォード公爵家には伝わっていない。
なぜ伝わっていないのか? 王家の名誉のためだ。
秋休み明け、レイノルズ侯爵からサンフォード公爵家へ婚約解消の申し出がなされる。婚約解消の理由は『乙女の守護者』と言われるレイノルズ侯爵に、帝国が第二皇女とリアスとの婚姻を打診したから。
実際、この打診はあったという。
帝国としては、窮地を救ってくれたレイノルズ侯爵に本当に感謝しているし、今後も何かあったら支援を得たいと思っていたのだ。
帝国からの申し入れ。それは王家からの打診と等しい。いや、それ以上だろう。断るのは国対国の関係を加味しても好ましくない。
そこでリアスと私は婚約解消となり、リアスは第二皇女と、私はカミュ第二王子と婚約する――そういう話が展開されていることになっていた。この形であれば国王陛下は悪者にならない。サンフォード公爵家にとって悪者と感じるのは、帝国になる。
なお、リアスが第二皇女と婚約することはない。というのも第二皇女は自身の縁談話が浮上したと知ると、病に臥せてしまったのだ。過去にカミュ第二王子との婚約が解消となり、今度は皇宮にいたのに反政府組織に攫われた。そこから生還できたと思ったら、今度はまたも縁談話。これでは第二皇女は心が休まる時がない。病に臥せることになったのは当然だと思えてしまう。
だが第二皇女が病に臥せっており、縁談話が立ち消えたことはまだ明かされない。リアスと私の婚約が解消され、私とカミュ第二王子の婚約がちゃんと成立したら……そこで明かされることになっていた。
この王家の腹黒さ、カミュ第二王子の用意周到さには、辟易するしかない。だが根っこにあるのは、ここが乙女ゲームの世界だということ。彼らもまた、どこか自分の意志に反し、動いていることは間違いなかった。
攻略対象であるカミュ第二王子がそんな状態なのだ。シナリオの流れに沿い、ヒロインが攻略対象と結ばれる。その過程に舞台装置である悪役令嬢は必須で役目を果たす必要があった。
悪役令嬢の役目。
それはヒロインのための踏み台となり、そして表舞台から消えること。もし役目を果たせないと、ゲームの抑止の力とシナリオの強制力が働き、強引な補正がかけられてしまう。まさにそれが今だった。
「お父様、お母様、秋休み、のんびり過ごしてください。私は……一足先に花嫁修業をさせていただきます」
「! アドリアナ、急ぐ必要はない。まだ学生なんだ。花嫁修業なんて……」
父親がリアスのようにうるうるしている。
「あなた、レイノルズ侯爵邸に秋休みの間、滞在させていただくだけです。それをアドリアナが冗談で花嫁修業と言っているだけですよ」
母親に言われ、父親は「そ、そうだったな」と涙の浮かぶ目をごしごしとこする。
母親の言う通りで、私はレイノルズ侯爵邸に滞在させてもらうことになっていた。
「ともかくお父様、お母様。私は大丈夫ですので、別荘でのんびりお過ごしください。私もリアスのご両親とのんびり首都の秋を楽しみます。秋休みが終わり、屋敷に戻ったら……。屋根のスレート(石板)のメンテナンスも終わっているはずなので」
この時期、役所などは一律で秋休み休暇を取得するが、個人経営のお店は違う。スレートの張替えや庭の手入れなどを、秋休みで留守の間にやってもらおうと考える貴族は多かった。需要もあるため、そう言った個人経営の店はこの秋休みが書き入れ時となる。そしてサンフォード公爵邸もこの秋休みに、傷んだスレートの張替えを行うことになっていた。
スレートの張替え中、屋敷は完全に閉鎖される。スレートの業者は梯子を使い、邸宅内には入らず作業だった。そしてその作業中は、外部委託している警備兵が見守りを行う。よって秋休みで別荘に同行しない使用人も屋敷には残らず、帰省したり休暇をとっている。
日中は警備兵とスレートの張替え業者がいるものの、真夜中になったら……。公爵邸は無人になる。
「秋休みから戻ったら、屋根が綺麗になっているのは嬉しいな」
「そうね。……ではあなた、行きましょうか」
いよいよ馬車に二人が乗るとなった時。
私は思わず両親に抱きついていた。
「どうした、アドリアナ?」
「寂しくなっちゃったのかしら?」
両親の言葉に胸が熱くなる。
「そうですね。毎日お父様とお母様と過ごしていたので……お兄様たちは親元を離れて頑張っているのに。私は甘えん坊で申し訳ないです」
「いいんだよ、アドリアナ。好きなだけ甘えなさい」
「そうよ。なんならやっぱり、一緒に別荘へ行く?」
「はい」と答えたくなるのを我慢し、私は両親から体を離す。
「お父様、お母様、お気をつけて。いってらっしゃいませ」
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もう一話更新します!























































