その日へ向けて
「アドリアナ!」
「リアス……!」
秋休み初日。
侯爵邸に着くと、そこにはリアスと両親が待ち受けていてくれた。そして私が馬車から降りると、リアスは待ちきれなかったとばかりに私に抱きついたのだ。
抱きしめられたその胸の中で感じるリアスの香水の匂い。それをとても懐かしく感じ、涙が出そうになっている。
◇
不本意ながら登下校はカミュ第二王子とすることになった。しかも私は毎朝の公園での練習にも行くことができずにいたのだ。
(なぜならカミュ第二王子と登校しないといけないから!)
さらに授業と授業の間の短い休み時間でさえ、カミュ第二王子がB組に姿を現わすのだ。そのせいでいつものメンバーと過ごす時間が極端に減っていた。
それでもなんとか昼休みはみんなと過ごせた。でも他の時間で話せない分、ジャスパー、セーブル、アンバーは、昼食を摂りながら、マシンガントークを始めるのだ。そうなるとリアスとのんびり話せるどころではなくなる。
(カミュ第二王子に散々振り回されている気がするわ……)
みんなと話せない。リアスとも話せない。
カミュ第二王子と過ごす時間は苦行。
私はそんな気持ちになっているが、クラスメイトはただただ驚いている。
それはそうだろう。私はリアスと婚約をしているのに、急にカミュ第二王子と登下校を始めたのだ。クラスメイトは間違いなく、不思議に思ったことだろう。
だが王家に関する噂は迂闊に口にできない。
不敬罪を問われたら、王家の権限で罰を与えられてしまう。その罰、普通に死罪も含まれるのだ。よって憶測はしても、口には出せずにいた。
でもジャスパー、セーブル、アンバーは違う。
「なんでリアスがいるのに殿下と登下校しなきゃいけないんだよ!」
「納得できない。何か弱みでも握られているのか!?」
「何か……事情があるのでしょうが、それでもサンフォード公爵令嬢はリアスの婚約者です。なぜこんな事態になっているのか。気になります」
ジャスパー、セーブル、アンバーが言うことは尤もだった。
(私だってぶちまけたい気持ちでいっぱいよ!)
「俺達仲間なんだろう? というか俺にとっては師匠だけど。師匠なら弟子に隠し事なんてなしだよ! 弟子が信頼できないのか!?」
隠し事なんてしたくなかった。三人に相談したい気持ちは募っている。しかし王家との約束で打ち明けることができないのだ。
(それなのにこんなふうに言われるとキツイわ!)
ここでジャスパーに「待て」をかけてくれたのはリアスだった。
「……アドリアナだけの事情じゃないんだ。僕も……関わることだから。そして……今は話せない。でも秋休みが明けたら……話せると思う。そこまではアドリアナのことも優しく見守ってあげて欲しいんだ」
そう言ったリアスの顔は絶望的で、ジャスパー、セーブル、アンバーの三人も、それ以上は何も言えない。だがそうやって何も言えない三人は、リアスと同じぐらい辛い顔をしている。
(ジャスパーの言う通りだわ。私たちは仲間。そして私はジャスパーにとっての師匠。セーブルにとってのマスター。アンバーにとっての主なのだ。悩んでいること。それは少しだけ相談し、協力を仰いでもいいのかもしれない)
そんなことを思いながら、秋休みの前の日々を過ごすことになる。この日々はいろいろ動くことになる日々でもあった。
なぜなら私はある計画を立てていたからだ。その遂行に必要となる物・人を密かに揃える必要もあった。
(協力者は……女性じゃないとダメ。そしてリアスの知っている人物がいいわね。そうなると……あ、彼女がいいわ。クリスタ! 定期的にクリスタを含む令嬢たちとお茶会をしていること、リアスは知っている。『オーリック伯爵邸に泊らせてもらうことになった』と言ったら、リアスは絶対に分かってくるはずよ)
こうやってその日へ向けた準備が進められる。
そして迎えた秋休みの日。
両親が別荘へ出向くのを見送り、それを終えた私はリアスのところへ、レイノルズ侯爵邸へ向かったのだ。
馬車から降りると、駆け寄ったリアスは感極まり、自身の両親がすぐそこにいるのに、私をぎゅっと抱きしめていた。
「母上、父上。昼食まで時間があるので、このままアドリアナと二人で過ごしてもいいですか?」
「構わんぞ。中庭の噴水近くのプラタナスの下は寛げるぞ」
「そうね。飲み物を運ばせるから、布を広げて腰掛け、歓談するといいわ」
リアスの両親は二人きりで過ごすことを許し、私たちは中庭へ向かうことになった。その間、私をエスコートして歩きながら、リアスは瞳を潤ませる。
「ここしばらく、アドリアナと会話する時間が極端に短かった。しかもアドリアナ、登下校の馬車はカミュ第二王子殿下と二人きりなんだろう? 通常は護衛を乗せるはずなのに……。何か怖い思いはしていない、アドリアナ!?」
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