泣き言をぼやいている場合ではない。
カミュ第二王子とリアスが決闘する。
それはまさか、まさかの展開だった。
(前世記憶でも、乙女ゲームで決闘なんて、登場していないのに!)
でも泣き言をぼやいている場合ではない。
決闘を行うことは決まっている。
ここで撤回することほど不名誉なことはなかった。
それにもし決闘をしなければ、カミュ第二王子は自身の立場を最大限に使い、私を手に入れるため、動くだろう……。
(私を手に入れる……というより、もはやゲームの力の強制補正で動いているだけだと思うわ、カミュ第二王子は。本来、私と婚約していないといけないのだから……)
「アドリアナ、隙あり!」
「!」
毎朝の訓練、それはリアスと婚約後も続いていた。そして今、まさにリアスと剣の手合わせをしていたのに。私は決闘のことを考えていた。注意力が散漫で、最近、めきめき腕を上げるリアスの相手は……。
「一本取られたわ」
「昨日も取っているけどね」
そこで思わず尻餅をついてしまった私にリアスが手を伸ばす。
白シャツに細身の濃紺のズボンという軽装なのに。私のために懸命に剣を振るうリアスは痺れるほどカッコよく、王子様だった。
「ありがとう、リアス」
その手を掴み、私が立ち上がると……。
ふわりとリアスが私を抱きしめた。
白シャツに乗馬用のワイン色のズボンと軽装だったので、抱きしめられると、お互いの体温が伝わってきた。胸がトクン、トクンと高鳴る。
「アドリアナ、心配しないで。絶対に君を守るから。大丈夫」
「リアス……」
「はい、はい。そこまでです。朝から何をしているんですか、お二人は。はい、リアス、タオル。一本とっても汗だくですよ。それだけサンフォード公爵令嬢から一本とるのは必死だったのでしょう? そしてサンフォード公爵令嬢。どうぞ氷室の氷を入れた、冷え冷えレモネードです」
白シャツに黒のベストに黒のズボンと、執事のような装いのアンバーが、リアスの顔にタオルを押し付け、私にレモネードの入ったグラスを手渡す。
「ありがとうございます、ゴールドウィン子爵令息」
「どういたしまして。リアスの分もありますよ」
「おーい、俺も欲しい」「自分も」
白シャツに黒のズボンと、双子コーデになっているジャスパーとセーブルも駆け寄り、ブレイクタイムとなった。
用意されているベンチに腰掛け、皆、一服の涼を得る。
「いよいよ明日か」とジャスパー。
「ああ。でもリアスはいい感じに仕上がっているんじゃないか? 四日間連続で、サンフォード公爵令嬢から一本取っている。自分との手合わせも五分五分になっているし」とセーブル。
「僕の指導したアスリート飯もきちんと召し上がっているし、体力は文句なしですよ」とアンバー。
三人は明日の決闘の場に立ち会うことになっている。そして決闘をすると決まった日から毎日、リアスの剣の手合わせに、ジャスパー、セーブル、私が協力していた。アンバーはまるで運動部のマネージャーのように、リアスの体力づくりでサポートをしている。
「しかし第二王子殿下も、一度ちょっと会話したぐらいのサンフォード公爵令嬢に、そこまで執着するって」
「ジャスパー、言い方!」
私が注意すると、ジャスパーはペロッと舌を出し、肩をすくめる。
「でも……気持ちは分かるな」
リアスの言葉に私は「???」と大いに焦る。でも気にせずリアスは話し続ける。
「だってここにいるみんなも、アドリアナに強烈な一目惚れをしたようなものだろう? ジャスパーは生き様に。セーブルは武術の腕に。アンバーは強い尊敬の念を抱いた。僕は……異性として惚れ込んだ。そしてそれ以降、ずっとアドリアナの側にいるんだ。カミュ第二王子殿下も同じように心惹かれてしまったとしても……仕方ないと思う。それだけアドリアナが、魅力的ということだと思う」
「そうだな」「そうだと思う」「その通りです」
リアスの発言に、ジャスパー、セーブル、アンバーが同意するので、私は顔が真っ赤になる。
(ここは「褒め過ぎ!」「よいしょしすぎ!」「婚約者を甘えさせ過ぎです!」というツッコミになるのかと思ったのに!)
私はこの世界で悪役令嬢であり、ただ自分の死を回避したくて、山猿令嬢を目指しただけなのに。
私が咄嗟にとった行動で、こんなに多くの心を掴むとは思っていなかった。
「それにしても、サンフォード公爵令嬢の愛を勝ち取る場に、女生徒を連れてくるなんて。殿下は何を考えているんだ?」
「ジャスパー、それは自分も気になっていた。ザックライン男爵令嬢。クラスメイトらしいが、立会人に加えた理由は……想像もつかない」
セーブルが「想像もつかない」と言うと、アンバーもリアスも頷くが、カミュ第二王子だって「どうして彼女に立ち会いを頼んだのだろう」と思っているだろう。
(もしかするとマーガレット自身も「なぜ立会人になると申し出たのかしら?」と考えている可能性もあるわ。だって間違いなく、これはこのゲームの世界の強制補正だと思うから)
もし決闘の場で、カミュ第二王子が勝利したら、私とリアスの婚約は解消。私とカミュ第二王子が婚約すれば、ゲーム本来のシナリオの流れに、戻ることになるのだ。ヒロインであるマーガレットには、その事実を目の前で見せる。そのためにゲームの世界が、マーガレットが立ち会うように仕組んだ……のではないか。
そんなことを考えているうちにも時間は刻一刻と過ぎ、そして――。
決闘の日を迎えることになった。
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