白夜
美鈴とストラックアウトを楽しんだ後、登山部の山の写真や新聞部の文化祭準備中にあったニュースなどの展示を見て回った。そして文化祭二日目終了間近に訪れたのは、美術部の展示だった。
「これで最後になるね」
「そうだな」
時間的に回れるのはここが最後。途中で、美鈴が美術部だから行こうと提案したのだけど、ここには最後に来たいと言われた。
楽しみを最後までとっておくのも良いかなと思い、美鈴の言う通りにしたのだ。扉を開けて中に入ると、綺麗な絵が静寂に包まれた空間に鎮座していた。
もう夕陽が沈みだしていて、時間ギリギリだから美術室には私たち以外に誰もいない。薄暗い部屋は夕暮れ色に染まり、この静寂も相まってロマンチックな雰囲気を作り出していた。
美術室に展示されていた作品は全てで二十四点。その中で私の心を射止めたのは、テニスラケットを握って飛び上がる少女の絵だった。
その絵は他と比べても特別うまいわけじゃなかった。何度も賞を取っているくらい上手な人も何人かいた。それでも私がその絵に注目したのは、その絵から私に向けられた何かを感じ取ったからだろう。
「彼方?」
絵を見て回る中で突然私が立ち止まったから、少し前に歩いていた美鈴が不思議に思って振り返った。
「……届いたんだね」
絵に釘付けになる私を見て、美鈴は意味深な事を呟いた。そしてゆっくりと私の方に近づいてきて、絵と私の間で立ち止まって、絵の方を向いた。
「これ、私が描いたんだよ」
「……やっぱりか」
背を向けながら告げられた美鈴の言葉には、驚きよりも納得が先に来た。私にこんなにも強く訴えかけてくるものを描けるのは、きっとこの世で美鈴だけだなんだから。
「この絵はね、彼方をイメージして描いたんだ。キラキラと輝いてて、どこまでも飛んでいくみたいな強さがある。そんな彼方の姿を」
美鈴の言う通り、絵の中の少女は太陽の光に照らされてキラキラと輝いていた。美鈴から見た私はこんなふうに映っていたのか。
もしそうなら、こんな強い私を作ってくれたのは間違いなく美鈴だ。中学時代の私は、こんなにも高く飛ぼうとする意識なんてなかったから。
「タイトルは、私の太陽」
美鈴は振り返って優しい表情を見せる。透き通った声でそっと告げられたそのタイトルは、美鈴が私をどう見てくれているかがよく分かるものだった。
「何者でもなかった私を照らしてくれた。暗闇で閉じこもってた私を変えてくれた。今の私がいるのは、彼方のおかげなんだよ」
美鈴は黙り込んだままの私に近づいて、そっと手をとった。
「だから、ありがとう」
その言葉と目の前の彼女の表情に、私は救われた。私はずっと美鈴に支えられてばかりだった。美鈴には何も返せてないって思ってた。だから、私も美鈴に何かを与えられていたんだって知れて、言葉がでないくらい嬉しくなった。
「そっか、そうだったんだな」
やっとのことで口に出せたのは、具体性のかけらもない言葉。内で昂る感情とは裏腹に、冷静な私がそこにいた。
「美鈴の想い、確かに受け取ったよ。ありがとな」
私は取り残されていた片手で美鈴の手を握り返した。私が触れた彼女の手の甲は温かな温度があって、愛おしさが溢れる。
この温度も私が与えたもので、美鈴の温度は何度も私を助けてくれた。それなら、きっと太陽は沈んじゃダメなんだ。
「来年も私の絵を描いてくれないか」
「そのつもりだよ」
「そっか。それならタイトルは決まりだな」
軽やかにステップを踏んで、くるりと美鈴と私の立ち位置を変える。
「タイトルは白夜」
眩しい夕焼けが私を照らして、夕陽を背に受けた美鈴には影がかかって表情がよく見えない。
「私はもう沈まない。ずっと、美鈴を照らし続ける」
これは私の決意。私が美鈴の太陽だと言うのなら美鈴を闇夜から守るのが責務だ。それなのに、三原さんとの試合、インターハイでの敗戦。この数ヶ月で2度も沈みかけた。
その度に美鈴が私を引っ張り上げてくれた。でも、その度に不安そうな顔をさせた。美鈴の心に影をさしてしまった。もう、そんな事させない。私が美鈴の笑顔を守る。
太陽はもう二度と沈まない。
「ずっと……うん。よろしくね、私の太陽さん」
そう言った彼女の笑顔は、夕暮れで作られた影の中からでもはっきりと輝いて見えた。
流石、私の一等星だ。
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