頼んだわよ
彼方と芹香さんと合流してから、一緒にお昼ご飯を食べることになった。屋台も魅力的だけど、お腹が空いているので食堂でしっかり食べようという話になった。
お昼時というだけあって人が多くて、行列に長いこと並んでようやく注文できた。四人席に三人で座る。わざわざ来てくれた芹香さんには少し申し訳ないけど、彼方の隣は確保した。
私は白峰祭限定のホワイトソースオムライスとショートケーキ。彼方は白峰祭限定ホワイトソースのクリームパスタ。芹香さんは白峰祭限定のホワイトシチューとパフェ。
白峰祭という名前にあやかって、白に関係したメニューが多く、テーブルの上が真っ白だ。
「とりあえず白けりゃいいと思ってそう」
「まぁ、限定メニューってそういうものだし」
彼方がパスタを巻きながら、白一色で眩しいテーブルに苦笑した。
「ん、美味しい」
「甘さとコクがあるな。まぁ美鈴の料理にゃ負けるが」
「それは言いすぎじゃないかな……」
「そうか?」
お世辞かと思ったら、彼方は本気でそう思っているらしい。キョトンとした顔で私を見るものだから、照れ臭くなって頬を掻いた。
「電話でも言ってたけど、美鈴ちゃんの料理ってそんなに美味しいんだ」
「おうよ。一生食べてたいくらいだ」
「ひょえっ!?」
彼方が手放しに誉めてくれたどころか、プロポーズじみた一言をくれて驚きの声をあげてしまった。彼方は人をほめるときに無意識にこんなことを言うから心臓に悪い。
「ふふっ、彼方も大胆ね」
「え? なにが?」
彼方は自分の言ったことの意味に気付いていないみたいだ。芹香さんはそんな彼方に苦笑し、私にドンマイというように目配せした。
それから談笑しつつお昼ご飯を食べて、食堂を後にした。それから写真部の展示や他のクラスの出し物を覗いて、三人一緒に楽しんだ。
そして休憩がてら外のベンチでソフトクリームを食べていたら、突然彼方が立ち上がった。
「あっ、そろそろシフトの時間だ」
「もうそんな時間なんだ」
私たちが最初の仕事を終えてから次の仕事まで二時間はあったはずだけど、楽しすぎてあっという間に終わってしまった。私は今日はもう仕事がないから暇だけど、このまま彼方と一緒に楽しみたかったから残念だ。
「そうなんだ。頑張ってね」
「おうよ。二人とも仲良くな!」
「はいはい、美鈴ちゃんはちゃんと見守っとくから安心して行ってきなー」
「おう! 頼んだぞー!」
彼方はコーンの先っちょを口に放りこみ、私達のクラスのほうへ走り去っていった。そして私は芹香さんと二人きりになったわけなのだけど、一緒に文化祭をまわって最初よりは打ち解けたとはいえ、あまり会話が続く気がしない。
「えっと……」
「ごめんね」
とりあえず何かを話そうとしたら、なぜか芹香さんに謝られた。
「なんのことですか?」
「不安にさせちゃったでしょ、彼方とのこと」
ずっとにこやかだった彼女が申し訳なそうな顔を見せる。それでようやく彼女が言っていることの意味が分かり、慌てて首を横に振った。
「いえいえ、私こそ勝手にどこか行っちゃってすみません。あれは私が勝手に悩んじゃっただけで、芹香さんは何も悪くないですよ」
「そっか、やっぱり美鈴ちゃんは彼方が好きなんだね」
「えっ……あっ!」
芹香さんの策士な笑顔を見て、私がものの見事に自爆していたのに気が付いた。芹香さんの表情があまりにも真剣で焦っちゃったし、私も海香ちゃんや委員長に相談してたせいで感覚がマヒしてしまっていた。
よくよく考えたら芹香さんには私が彼方が好きだとは言っていないのだ。芹香さんの言い方を見るにほとんど察せられていたみたいだけど。
「う、うぅ、はずかしい……」
「ふふっ、純情だね」
芹香さんはコーンの包み紙をくしゃくしゃに丸めながら微笑んだ。
「君みたいな子に好かれるなんて、彼方も恵まれてるなぁ」
「そんな、私だって彼方と一緒にいられるのを恵まれてるって思いますよ」
「たはー! 本当に君はいい子ね。彼方の面倒を見てくれてありがとね」
芹香さんは感心したように天を仰ぐと、私の頭を優しく撫でた。そして彼女は立ち上がり、私を見下ろした。
「ちょっと一緒に行きたいところがあるんだけど、いいかな?」
「あっ、はい。もちろんいいですよ」
特別行きたい場所もなかった私は、芹香さんに言われるがまま着いていくことにした。
私達が訪れたのはグラウンド。ここでは運動部が出し物をしている。例えば、野球部とソフトボール部が合同でストラックアウトをしてたり、バスケ部がスリーポイントチャレンジというのをやったりしている。
そこで芹香さんが選んだのは、サッカー部が行っているゴールチャレンジ。何段階かに分かれた難易度の中から一つ選び、一人でゴールを決められるかというゲームだ。
最低難易度のPKはクリア人数が結構いるけど、DFを何人か配置する高難易度をクリアした人はほとんどいない。
「さて、やりましょうか」
「自信ありげですね」
「まぁ、一応プロだし」
芹香さんはそう言うと受付に向かった。受付の男子が彼女を目にとめると、ペンと受付の紙を差し出した。
「どうも、ここに名前と1〜5で挑戦レベルを選んで書いてください」
「わかったわ。それじゃあマックスの5でお願い」
「えぇ!? 本当にいいんですか? DF三人とレギュラーGKから一人でゴールを奪わなきゃいけないんですよ」
「うん。大丈夫よ」
「は、はぁ」
受付の男子は可憐な少女がプロだとは知らないため、どこか不安そうに無謀なチャレンジをする挑戦者を見ていた。
「レベル5は誰もクリアしてないみたいですね」
クリアした人は全員ボードに記録されていて、レベル5の欄には何も書かれていない。レベル4のDFの人数が一人であるのを見るに、レベル5はクリアできない前提の鬼畜難易度に調整されているみたいだ。
「尚更燃えるわね」
「頑張ってください」
「えぇ。女の子だからって油断してるアマチュアに、プロの力ってのを見せつけてあげるわ」
芹香さんは軽く準備運動をして、サッカー部が用意したスパイスを借りてグラウンドに出た。芹香さんはストリート系の動きやすいファッションだからプレイに支障は出ないだろう。
ユニフォームを着て相対するサッカー部の男子たちと比べると、芹香さんは少し小柄で側から見たら無茶な挑戦に思える。実際、サッカー部の男子たちは油断しているように見えた。
「これクリアしたらどんな景品が貰えるの?」
「5000円分のお菓子とジュースだ。まぁぶっちゃけあげるつもりの無い景品だ」
「へぇ、自信あるんだねー」
「これだけ人数差あって負けるわけねーし」
DFの男子の一人が軽口のつもりで話したことが、芹香さんの心に火をつけたみたいだ。彼女の素敵な笑みは、真剣な表情や切り替わった。
「それでは、チャレンジスタート!」
受付の子が掛け声と共にホイッスルを吹く。芹香さんはまずゆっくりとドリブルを始めた。
「じゃ、行きますか」
DFの三人のうち右サイドにいた選手が駆け足で芹香さんとの距離を詰める。一対一でも奪えると思っているようで、動きも少し緩慢に見える。
「それでいいの?」
「え?」
「隙だらけよ」
芹香さんは急激にスピードアップし、単純にワンタッチでDFを抜き去った。
「なっ、はやっ!」
完全に隙をつかれたDFは距離を離され、芹香さんはゴールへ一直線にドリブルしていく。
「俺がいく! カバー頼む!」
「わかった!」
芹香さんが油断ならない相手だと気がついた男子達は目の色が変わり、真剣に声を掛け合う。
向こうからしてもプライドと5000円の景品をかけたバトルだ。負けるわけにはいかないのだろう。
「いいね、本気で戦わないとね!」
芹香さんは二人目のDFと相対する。そしてほんの一瞬の読み合いで相手の重心の逆をつき、見事に抜き去った。
「何者だこの子!」
「やべぇ!」
焦った最後のDFが芹香さんにプレスをかけたが、焦りゆえに動きが単純になってしまった。芹香さんはボールを足裏で操り、くるりと一回転してDFと入れ替わった。
いわゆるルーレットと呼ばれはドリブル技、あまりにも綺麗な動きにいつの間にか集まっていた観衆から歓声が上がる。
そしてGKとの一対一、芹香さんが素早く足を振り抜くとGKは一切反応できず、ボールは凄まじい勢いでゴールに突き刺さった。
「ご、ゴール!!」
受付の子が芹香さんのゴールを宣言すると、観衆からさっき以上の歓声が上がった。
「どうよ!」
「わぁ、すごいです!」
クリアの景品を受け取り、サッカー部との記念撮影を終えた芹香さんが私のところに戻ってきて弾けるように笑った。
「すごいでしょ、でも……」
急に芹香さんの笑顔が消えて、代わりに儚げな表情を見せた。
「プロじゃ、まだまだなのよね」
「えっ、あっ」
そういえば彼女は彼方との会話でレギュラーにはなれてないと言っていた。どう返せばいいか分からなくなっている私に、彼女は優しく微笑んだ。
「美鈴ちゃんに頼みたいことがあるの」
芹香さんがこのゲームにチャレンジしたのは、どうやらサッカーを楽しむことが目的ではなかったらしい。本番はここからだと察した私は、真剣な表情になっている彼女の目をしっかりと見た。
「彼方がプロの道に進むって決めたい以上、これから先は辛い事も悲しい事もいっぱいあるわ」
「……そうですね」
今プロの世界で苦戦しているらしい彼女の言葉には重みがあった。
「だから、彼方を支えてあげて」
彼女の言葉と表情から、悲哀を抱えた優しさを感じた。
「もちろん。最初からそのつもりです」
「そっか。うん。君なら安心そうね」
芹香さんは自分が獲得した景品を私に渡した。
「これは餞別。彼方のこと、頼んだわよ」
景品を渡される時、ほんの少し芹香さんの手が触れた。その瞬間、彼女の優しさと不安に触れた気がした。
今日は表に出さなかったけど、芹香さんはプロの世界の厳しさに苦しんでる。それでもプロになると決めた彼方のことを心配してわざわざ遠くから来てくれたのだ。
自分が苦しんでいても、幼馴染のことを心配する優しさ。どこか儚く、壊れてしまいそうな彼女を放っておくことができなかった。
「芹香さん」
私は芹香さんの手を握って、顔を上げて目を合わせた。
「私は彼方をずっと支え続けます。彼方もずっとプロの世界で戦い続けます。だから、辛くなったら彼方を思い出してください。競技は違いますけど、夢を叶えるために戦う仲間がいるって。きっとそれがあなたの心の支えになりますから」
出会って一日も経たない私から送ることができる精一杯の応援。それはちゃんと芹香さんに届いたみたいで、彼女は私の手を握り返して微笑んだ。
「ありがとう」
文化祭の一日目が終わるまであと一時間ほど。すっかり夕方になって、夕暮れに染められた彼女の笑顔からは、悲哀は完全に消え去っていた。
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