第13話 食後の運動がハードすぎる
「……」
……おかしいな。気付いたら中身がすっからかんになってしまっていた。
僕は味見のつもりで少し食べただけだったんだ。これは何かの間違いに違いない。きっと食べてる間に誰かに横取りされたんだ。うん、きっとそうだ。
ひとの食べ物を横取りするなんて、食べ物の恨みは恐ろしいっていう名言を知らないのかよ。
「まったく、ひどい事をするやつもいたもんだ」
……などと、言い訳がましく言って見たところで結果は変わらない。
一口、一口と食べているうちにやめられないとまらない状態で気づけばせっかく眠らせて捕まえたはずの魚を全部消化してしまっていたのだ。
「最近、食い気に連敗している気がする……」
とにかく、なくなってしまったのは紛れもない現実だという事を受け止めよう。
幸い、この地域には探せばまだまだあの魚群はいるはずだ。
黒鯛モドキやサメイルカとは違う、あっさりとした味わいで食を進める魔性の魚を再度集め、今度こそ生簀にぶち込むため、再び魚影を探して【索敵反響】を再度使用しようとした瞬間だった。
「――!?」
ふと、頭上が一気に暗くなる。まだ夜には早い。というか、日は一瞬では沈まないし、曇りになったとしてもこうも局地的に暗くはならない。
……つまりは僕の上に何かがあるということ。
恐る恐る視覚を上へ向けると、僕のすぐ上を何か大きなモノが泳いでいるのが見えた。
「う、わ……っ」
大きさが先ほどの魚群一塊以上もある。つまりは僕など一口で喉の奥までツルンと食べられてしまいそうなほどに大きい。
しかし、驚くべきはそれだけではない。なんと、その魚は鱗が光によって色が変わっているのだ。
鮮やかなエメラルドグリーンからメタリックブルーへのグラデーション。その様は記憶の中の知識、たぶん図鑑か何かで見たのだと思うが、トカゲの尻尾に似ていた。
トカゲといっても良く見られるニホンカナヘビという茶色の種ではなく、山などで見られるニホントカゲという種の幼生の尻尾を連想するような色だ。
その形状は魚というより蛇に近いが、尾ひれなどがある事から海蛇というより鰻やウツボに近いのではないだろうか。
おまけに、明らかにあの巨大魚を取り巻く水の流れがおかしい。
そもそもこんな巨大な魚影を【索敵反響】で認識できなかった事が不自然だったのだ。
だがそれも、目の前の光景を見れば納得せざるを得ない。
ごうごうと水がうねり、まるでその巨体を守るように不自然な流れを形成している。
激しい水流の流れの違いで音波が正しく反響せずに、僕の索敵範囲の死角になっていたのだろう。
大きさといい、その色、形といい、とてつもなくこの湖の主らしい風格がある。
できればこのまま通り過ぎてもらいたいものだ。こんな化け物相手に遣り合おうと思うほど僕はまだ人間としての感性を捨てきっていない。
ドラゴンとか食べたいとか言っていたが、前言撤回だ。こんなものマトモに相手するほうがどうかしている。
魚を生でむしゃむしゃしたり水草をもしゃもしゃするのもギリギリ人間はやってたからな。それは問題ない。だけど、あのサイズはさすがにその範疇外だと思うのです。
「……」
頭上の影が通過するのがあまりにも遅い。いい加減通り過ぎても良い頃だろうに。
そう思って上を見ていると、不意に巨大魚と目が合う。
「……」
僕なんて美味しくないよ。きっと味のついてない水餅みたいな味しかしないよ。というかそのサイズじゃ絶対小腹も膨らまないってええ本当に。
そろりそろりと離れようとすると、目蓋のないぎょろっとした目が僕を追って顔がこちらを向く。
気のせいだと信じてさらに移動すれば、今度は顔だけでなく首ごとこちらへ向かってくる。
「……え? いや。だから。放っておいて欲しいなー……なんて……えへっ?」
無理だろうなーと思いつつ、【索敵反響】で音を飛ばす。
流れに弾かれて掻き消えるだろうそれが僕の聴覚にも届かなくなる。
無言で見つめあい……そう、そのままどこかへ――
『シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
「ですよねー!!!」
対話なんてできるわけもなかった。というか知性があるのかすら疑わしいよねって!
「いや、そんな事言ってる場合じゃないや!!」
バッと反転。そのまま尾を撓めて力いっぱい水を蹴る。瞬間、【加速】して、弾丸の如く。
ぎゅんぎゅんと景色が後ろへ流れる。さらに加速中に再度水を蹴って、それに【加速】を乗せる。
倍の倍、元の速度の二乗だ。ここまでくると僕自身、周囲の認識が難しくなるので普段は使わないが、さすがにそうも言ってられない。
ちらりと後ろへと視界を向ける。
後ろに関しては離れていくだけなので特に困ることなく見ることができる……が。
「やっぱり付いてきてるううううう!!!!」
っていうか何であの巨体であんだけすばやく動けるんだよ!! 物理法則さん仕事して!!!
いや、仕事しなくていいや。僕も存在できなくなっちゃう。
「じゃ、なくて、現実逃避してないで腹括らなきゃ……」
このまま走り続けても逃げ切れるという保証もない。むしろ、家に逃げ込んだらそのまま突っ込んできて孤島の底に大穴を開けてしまいそうだ。
「……すぅ、はぁ……よしっ!!」
ここは腹を括って生き残るための戦いを挑むとしよう。