第10話 親子丼はいいものだ
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クリスマス前夜の連続投下2本目です。
一つ前をご覧になってない方はそちらからどうぞ。
ずるりと触腕を伸ばし、警戒しながら林を歩く。
林の中は静かで、肌があれば湖を渡り僅かに湿った涼やかな風を心地よく感じたかもしれない。
しかしながら、今の僕にそれを感じるほど繊細な肌はない。感じるのはただ、保湿性に優れた体に風という圧力が当たっているという感触だけだ。
「……」
気にしても仕方ない事なのでその辺は割り切っているつもりなのだが、ふとした時に感じる差異は結構くるものがある。
……こういう時は娯楽に耽るに限る。
半ば強引に人間だった頃の感傷を心の隅に追いやり、今の目的の為に足を進める。
もちろん、目的は食事だ。
林の終わりがすぐに見えてくるが、あえて林からは出ずに周囲を探りつつ、飛び交う上空の鳥達を見ながら、目的のものを探す。
湖の魔物が水中から守る為、鳥たちが想定する外敵は必ず鳥たちと同じ土俵である空からやってくると思っているはずだ。
その推論があっている事を証明するように、見晴らしの良い岩場に枯れ草や枝で編まれたやや大きめな鳥の巣が密集する地点では無警戒に丸々とした大振りの卵がいくつも巣に収められていた。
ただ、常に上空では親鳥が旋回しているので容易には近づけそうにない。
僕も馬鹿正直に突っ込むほど実力があるわけでもなければ愚かなつもりもないので、それ相応に慎重に忍び寄る事にする。
親鳥達の目を欺くため、触腕をゆっくり、ゆっくりと岩場に擬態させつつ近づけていけば、雛鳥と卵がセットで揃っている巣がすぐ目の前まで近づく事ができた。
ミミックから手に入れた【擬態】は思いのほか使い勝手が良い。ミミック本来の使い方でいう、無機物への擬態に限るなら、自分がしっかりとイメージさえ出来ていれば容易に変質できるのだから。
あと少し。あと、ほんの数歩といったところで、触腕の上空に影が重なる。
「っ!?」
触腕からすぐに視界を本体に戻して触腕の上空を見上げると、親鳥だろう鷹に似た巨大な猛禽類が、その巨大な翼をたたんで落下姿勢をとっている所だった。
「何を――っ!!」
上空から鷹の姿が掻き消えて、触腕がぶちりと千切れる感覚に見舞われる。
あわてて地上に視線を移す。
丁度触腕があった辺りが土煙を上げていて、何が起きたかは一目瞭然だった。
何故なら、土煙を払うように翼を広げ、僕の触腕に嘴を突き立てている先ほどの鷹がそこのいたのだから。
おそらくは急激な加速をつけた急降下による突撃。しかも、僕の視界を一瞬にして振り切って、触腕が断ち切られる瞬間まで、何をされたのか分からないほどの速度による攻撃だ。
触腕を引かせると、鷹が僕を追うように目を走らせ、林の景色に擬態しているはずの僕と……目が合った。
マズい。完全に目を付けられた。
僕の位置はバレている。身を引かせようとした僕を逃すまいと、鷹が身を撓めるのが見える。
本能がガンガンと警鐘を鳴らすのは、サメイルカことドンフィルに襲われたあの時と同様。
僕の足では逃げ切れない。あの速さが相手では毒を使おうにも僕が貫かれた後だ。
……しかし、今回聊かの冷静さを保てていたのは、新たな攻撃スキル【鋭利化】の存在があったからだ。
自身が攻撃するには向かなくとも、突っ込んでくる相手を串刺しにするには十分な強度があるはずなのだ。
意を決し、足を動かすのをやめる。そして今までの中で一番速く、そして鋭い刃を想起する。
輝く白銀。貫く鋭利な切先。僕に向かってくる全てをただ貫くだけの――力を。
――ヒュン。
僕の聴覚器官が、風を振り切った、何かの突撃音だけを聞き、一瞬遅れて僕の体は思いっきり後ろへ吹き飛ばされた。
「――ッ、く、ぅ!!」
後ろに林があってよかった。僕の体は骨も肉もないので、全体がクッションのように衝撃が拡散した状態で木に叩きつけられた。
しかし、それ以上の追撃はない。一向に見えない視界。
「って、そっか。目瞑ってた」
混乱しかけた所で、僕は生前の癖で咄嗟に視覚器官を切ってしまっていたのを思い返して視覚を繋ぐ。
どうにも生前の癖が抜けないなと反省しつつ周囲を見回す。
目の前は白銀の剣の山が壁のように張り巡らされ、そして、その剣山に、まるで活花、もしくは百舌鳥の早贄のように貫かれて絶命している鷹の姿があった。
どうやら突撃してきたのはこの一羽だけのようで、後の鷹はぐるぐると上空を旋回したり、遠くへ飛んでいくのみで、こちらへは一切注意を向けていない。
……新しい場所へくるとやはり命の危険は多い。まだまだ僕が弱い証だろう。
ただ、こうして思いもしない収穫ができたのは嬉しいもので、緊張が解けたことからの空腹感も手伝い、目の前の食材へさっそくかぶりつく事にした。
「いただきます」
味は鶏肉。さっぱりとしていて、筋肉が多いのか、やや筋張っているが、噛めば噛むほどあっさりとした旨みが染み出してくる。
予想通りの味にめぐり合えてお腹も膨れ、新たにスキルを獲得した感覚に期待が高まる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
新たにスキルを獲得しました。
【加速】
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期待していたスキルが手に入り、栄養となった鷹に感謝のごちそうさまを告げつつ、毎回恒例のスキル確認の時間へと移る。
【加速】
瞬発的に速度を増加させるスキル。
上昇率は元の速度に比例する。
どうやら速度を底上げする事ができるスキルらしい。
まぁ、一度加速してしまえば後は失速するまで無理に止まろうとしなければ慣性の法則で多少の維持はできるだろう。
それよりも気になったのは、この速度というのは移動速度だけに作用するのかという事だ。
もしスキルの発動速度すらも加速できるのだとしたら、今まで生成に時間が掛かる事と、生成してもこちらの速度の無さで火力にならなかった【鋭利化】を機能させることが出来るかもしれない。
「【鋭利化】からの【加速】――っと、おお?」
早速併用で発動させてみると、ふっとスキルを獲得した時と同じ感覚が頭に芽生えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スキルが変化しました。
【鋭利化】⇒【高速鋭利化】
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【高速鋭利化】
瞬間的に刃を生成するスキル。
生成できる素材は自身が知っている素材でなければならない。
どうやらスキルというのは併用すると一部が変化する場合があるみたいだ。
これからは手に入ったスキルで使えそうなものは併用していくことにしよう。
とにかく、これで僕は外敵からの安全を確保できたといっていいだろう。いつでもウニのように体中を刀剣だらけにできるのだから、迂闊に手を出せないはずだ。
剣山が通らないような堅い相手ならば無理に相手をせずに加速で逃げればいいのだから、今までよりもぐっと安全になったのは言うまでもない。
さて、今日も美味しい収穫があった事なので、引き続き目的の雛鳥と卵をいただきにいくとしよう。
もちろん全部は食べない。絶滅したら可哀想だからね。
僕は上部に刀剣を生成して針の山にして、悠々と林から出て行く。もう触腕でこっそりと攫う必要は無い。
一応の擬態をしつつ巣へ近づく間、何羽かは僕の擬態に気付いて襲ってくる。しかし、擬態を暴いた後に待ち受ける刀剣の山を避けきれずに自ら突っ込む形になり、たちまち僕の頭上は鳥串パーティーとなってしまった。
食べるには一旦【鋭利化】を解除しなければならないのでここでは解除できない。自宅に戻ってからゆっくりと頂く事にしよう。
そうこうしてたどり着いた巣で、雛鳥を一羽と卵を二つ頂く。
雛鳥はマシュマロの様に軟らかく、食べた瞬間に溶けてしまった。
もう少し味わっていたいのだが、取ろうと思えば比較的容易に手に入るのだからと諦める。
卵の味はそのままの味だが、濃厚な卵というのはそのままでも十分美味しいという新しい発見は十分満足のいく物だった。
湖の魚と孤島の鳥と、ここは食材の宝庫なので、もう飢餓で死ぬという心配はない。
今度からは当初の予定通り、湖に水を飲みにきた陸の生き物を襲っていくのもいいかもしれない。
「いやぁ、良いね。実に良い。魚に鳥に卵にと、後は豚か牛で目指せ肉類コンプリート状態だね!」
今晩の食事も確保できたことで上機嫌になった僕は、背中に大量に刺さった鷹達を乗せて自宅でもある遺跡へと帰路につくのだった。
Name:【-----】
種族:ポイズンゼリー・天恵種
スキル:【●●の記憶】【言語理解】【無差別捕食】【消化吸収】【猛毒耐性】
【毒素生成】【水中適性】【索敵反響】【高速鋭利化】<New!>【幽体特効】
【呪術耐性】【擬態】【加速】<New!>
スペル:
称号:【転生者】【哲学する軟体生物】