●プロローグ
●Far Sky Opera - ファースカイオペラ 『プロローグ』
夕暮れにはまだ少し早い庭から、子供たちの明るい声が聞こえていた。笑い声に、誰かの名前を呼ぶ声、芝生を駆け回る足音が重なり、時折、それよりひときわ大きな歓声が上がる。昼のあいだに温まった空気にはまだわずかに熱が残っていたが、暑いというほどでもない。晴れた空は大部分が青く、西の方から少しずつオレンジ色が入り始め、薄い雲の縁にも夕焼けの色がついている。すぐ横の建物や植え込みの下には、少しずつ長い影が伸び始めていた。
庭では、灰色の同じ院服を着た子供たちが、一つのボールを追いかけていた。動きやすい簡素な上下で、形はどの子もほとんど同じだが、袖をまくっている子もいれば、走り回ったせいで裾に芝をつけている子もいる。地面を転がったボールを足で蹴り返し、取り損ねれば誰かが拾って投げ、また別の子供が追いかける。蹴って、投げて、また走る。何度も使われてきたボールは表面のところどころが擦れ、芝や土が薄くついていた。
「ロイー、そっちいったぞー!」
一人が叫ぶと、別の子供が転がってきたボールを追いかける。
「浅葱、こっち!」
また別の声が飛び、子供たちが笑いながら庭を走り回る。
その場所から少し離れた芝生の端では、一人の子供が仰向けに寝転がっていた。黒髪の少年だった。芝生の上で、左腕を頭の下に入れ、ただ空を見ている。灰色の院服には細い草が何本もついていたが、気にする様子はない。
少年は右腕をゆっくり持ち上げ、小さな掌を空へ向けた。五本の指を軽く開き、その向こうに広がる青い空をしばらく見ている。やがて右腕を芝生へ下ろすと、そのまま目を閉じた。風が芝を撫でていくささやかな音と、少し離れたところで遊ぶ子供たちの声が庭に重なっている。
遊んでいた子供たちのところからボールが外れ、芝生へ転がってきた。勢いをなくしたボールは何度か小さく弾み、そのまま黒髪の少年の右手に当たって止まった。
「投げてー!」
男の子が、こちらへ向かって元気いっぱいに両手を大きく振っている。黒髪の少年は目を開けて上体を起こし、手に当たって止まったボールを両手で拾い上げると、そのまま手を振っている子供の方へ投げ返した。
「ありがと! 一緒にやろうぜ!」
両手を振っていた男の子がそう言った。すると、その隣に立っていた少年が、面倒そうに顔をしかめた。
「ロイ、あいつ変だからほっとけよ」
黒髪の少年はもう芝生へ身体を倒していた。返事をすることもなく、再び仰向けになって空を見ている。子供たちもそれ以上気にすることなく遊びへ戻り、ボールはまた子供たちの間を行き来し始めた。
空のオレンジ色は、さっきより少し広がっていた。雲の下面が淡く染まり、まだ青い場所との境目がゆっくり移っていく。
そのとき、建物の方から短い電子音が鳴った。一度、続けてもう一度。その直後、町全体に響き渡る大きな警報音が鳴り始め、遊んでいた子供たちの動きが止まった。建物の扉が開き、女性が一人早足で外へ出てくる。
「エマ上空で交戦中です。みんな、中へ入って」
「エマって結構遠いじゃん」
「ここまで来ないよ」
子供たちは不満そうだった。遊びかけのボールへ視線を戻し、口を尖らせている子もいる。
「いいから中へ」
そう言われ、子供たちは建物へ向かい始めた。何人かは途中で庭を振り返った。
「誰、最後ボール持ってたの」
「フォルスじゃない?」
「そこにあるじゃん」
そんなことを言いながら、小さな背中が次々と扉の向こうへ消えていった。警報はまだ続いていた。
黒髪の少年は起き上がり、芝生に座ったまま、夕焼け空の一方へ顔を向けている。
他の子供たちが全員建物へ入っても、黒髪の少年は芝生に座ったまま、その方向を見ていた。
「叶生 環!」
少し強い声が庭に響いた。少年が振り返る。
「中へお入りなさい」
少年は芝生へ片手をついて立ち上がった。院服についた草を軽く払いながらも、すぐには建物へ向かわない。腕を上げ、先ほどから見ていた方向をまっすぐ指差した。
「あの遠い空の向こう」
少年は指した先を見たあと、女性の方へ振り向いた。
「宇宙で、戦闘が起きてるの?」
女性は少年の指す先へ目を向け、夕焼けの空をしばらく見た。
「……私には、エマがどの方角にあるのか分からないけど。そうらしいですね。さあ、入って」
少年の背へ女性が手を添えた。そのまま建物の方へ軽く押すように促され、少年は歩き出した。数歩進んだところで、また顔を上げる。晴れていた空は夕方の色を濃くし、青の中へ広がったオレンジ色が雲の縁から空全体へゆっくり伸びている。庭や周りの建物にも、柔らかな夕焼けの光が落ち始めていた。
「今からが一番きれいなのに」
風が抜け、黒髪が大きく舞い上がった。少年はそれを気にする様子もなく、オレンジ色を増していく夕焼けの空を見上げている。
「もっと見たかった」
「はいはい」
女性はその背をもう一度押した。少年はようやく前を向き、二人は一緒に扉の中へ入っていった。
誰もいなくなった庭に、ボールが一つ。短い芝が風に揺れ、建物の中からは夕食の支度をする気配がしていた。
夕焼けがゆっくりと色を変え続けていた。




