6 熊子とのミーティング
「自分は結婚適正はないらしいんですよ」
いつもの喫茶店で、おれはプリントアウトしてきた診断結果を熊子に見せながら言った。
「じゅう、じゅうはってん?」
熊子は真剣なまなざしで結果を見ながら、つぶやいた。おれは努めて冷静に、
「八は末広がりで縁起がいいって話ですね」
と、余裕のユーモアをかました。
微妙な空気が流れた。ははあ、これがQUESTION 09の「交際相手があなたの冗談にあまり笑ってくれませんでした」だな。回答したとおり、冗談が伝わらなかったのだろう。空気を変える必要があるとみた。
「こっちも見てもらえますか?」
五箇条の心得みたいな紙も渡した。
「第二のところに、結婚とは、欠点のある人間同士が日常的に発生する不都合を引き受けながら生活することです、ってありますよね。つまり、結婚とは欠点のある人間が不都合をたくさん発生させるという生活形態なので、欠点と不都合が多いほど結婚適正はあるということになるわけです。18点というのは、いわば欠点が少ない&不都合の発生率が低い、ということなので、結婚の本旨からするとあまり向いていないってことなんだと思います」
熊子は顔を上げて、おれをまじまじと見た。そして、また紙に目を落とした。猫とか狸みたいな野生動物のような仕草に似ていたので、邪魔をしても悪いと思ってしゃべるのはやめにして静かにした。
熊子の頭の旋毛はてっぺんにあって、右巻きだか左巻きだかだった。向かって時計回りが右巻きか、あるいは左巻きかと考えたが、実はよく見えなかったからどっちでもよかった。
それより熊子の反応がないのが不気味だった。
加えて、熊子は肩が地面と水平になっていて、それがかなり不気味なのだ。熊子を初めて見たとき、「肩が水平だなあ」と思ったくらい水平だったから、おそらく相当水平なんだと思う。肩が水平というのは首から見ると直角であるわけで、どうもこの直角という点が気になる。三角定規を持っていたら間違いなく当てているところだったが、持っていなくて幸いした。
「金之助さん」
「はい」
熊子は近ごろは山吹さんではなく、金之助さんと呼ぶようになっていた。声のトーンに棘があるようで、このとき瞬間的に嫌な予感がした。
「結婚はしたくないということですか?」
「え?」
おれは咄嗟に言葉が出なかった。
「いや……、あの、その」
まったくわけがわからない。なぜそうなるのか。どういうロジックでそんな言葉が出てくるのか。埒外にもほどがあるだろう。
「結婚適正がないという診断結果を見せただけで、特に深い意味は……」
「じゃあ、なんで見せたんですか?」
よくわからんが地雷を踏んでしまったようだ。おれとしては18点という驚異的な点数が出たから、熊子とその情報を共有しようと思っただけだ。だっておもしろいじゃないか、18点だぞ。
「いやいや、こっちの紙に。たしかなんか書いてあったような」
と言って、おれは五箇条の御誓文の該当箇所を指さした。
「第一と第五に、相手が実際に何を考え、何を望んでいるのかを確認する、というのと、分からないときには推測するよりも尋ねるほうが確実です、てのがありますよね?」
おれは熊子を見た。鼻の穴が膨らんでいるように見えたので、これはかなりまずいと思った。
「こういう結果が出たから、情報共有というか、こういう男ですけれどもいいですか、とか、ネットの診断結果なんてものは当てにならないですよね、とか、そういう意味で、というか話題作りとして、というか、話のネタというか、特に深い意味は」
そこまで言うと、熊子は急ににっこりした。
「てっきり結婚する気がなくなったから、わざとこういうものを」
熊子はそこで一旦切って、得体のしれない飲み物を口に運んだ。
「見せたんじゃないかって勘ぐってしまいました」
おれもつられて紅茶をごくりと飲んだ。
「いやあ、18点なので。向き不向きで言ったら向いてないのかなあって」
「こんなものを信じてるんですか?」
「いや、全然」
「でしょう? それでも見せるってところに何か意味があるのかなって思うじゃないですか?」
「そ、それは論理の飛躍じゃないかな」
「飛躍してません」
「そ、そうですか」
今日はなんだか分が悪い。というか、いつもだが。しかし、なんで診断結果を見せただけで、こんなふうになるのだ。18点って、出たものはしょうがないじゃないか。狙って出したわけでもないし、質問に「交際相手に、自分の弱さや恥ずかしい過去を話せますか?」というのがあったから、包み隠さず話しただけじゃないか。お互いに相手の欠点を認め合うのが大切なんじゃないのか。どうもやはりネットの情報は当てにならない。
おれは結婚なんてしたくなくなってきた。しかし、それを今ここで言うと大変なことになる、と自制した。そう言えば、御誓文の第三条に「意見の相違を処理する能力」ってのがあったな。意見の相違っていうか、相違以前の、何を言っているのか何を考えているのかわからないという状況。「相手が実際に何を考え、何を望んでいるのかを確認する必要がある、推測するよりも尋ねるほうが確実です」とも書いてあったが、下手に尋ねると地雷を踏んでしまうというオチ。
さて、どうしようかと考えたが、今日はもはや何も言う気が起きず、適当に相槌だけ打ってやり過ごすことにした。明日には明日の風が吹くさ。そんな心境だ。今日はABCのロードマップの件まで話を進めようと思ったが、そんなどころではない。
おれは熊子を見て、ぎこちなく笑った。きっとそんなふうに見えただろう。
肩が地面と水平で、首と肩が直角の女は鬼門かもしれない。いや、鬼門に違いない。これは確実だ。今日はちょっち精神的ダメージが大きい。おれの心はガラスのハートなのだ。熊子よ、それを理解しろ。




