第1話 退屈な夏休み
夏休み。
小学五年生の星野ユウは、自分の部屋でベッドに寝転がっていた。
「……暇だなぁ」
窓の外では、セミが大きな声で鳴いている。
空は雲ひとつない青空で、太陽がまぶしく輝いていた。
こんなに天気がいいのだから、外で遊べばいい。
ユウだって、それくらいは分かっている。
だけど、一緒に遊ぶ友達がいなかった。
いつも一緒に遊んでいるケンタは、家族旅行で遠くへ出かけている。
妹も、お母さんと一緒に買い物へ行ってしまった。
宿題は昨日のうちに終わらせてしまったので、やることもない。
ゲームをしてみても、いつも遊んでいるゲームだからすぐに飽きてしまう。
「夏休みって、もっと楽しいものじゃないのかよ……」
ユウは枕に顔をうずめた。
すると、部屋の外からおばあちゃんの声が聞こえてきた。
「ユウ、そんなに暇なら、どこかへ遊びに行ったらどうだい?」
「遊びに行くって言ってもなぁ……」
ユウは部屋から顔を出した。
おばあちゃんは廊下に立っていた。
「そうだねぇ……」
おばあちゃんは少し考えると、窓の外を指さした。
「それなら、森へ行ってみたらどうだい?」
「森?」
ユウは窓の外を見る。
町の向こう側には、大きな森が広がっていた。
ユウが生まれたときから、ずっとそこにある森だ。
「あの森?」
「そう、あの森だよ」
「入ってもいいの?」
「昼間なら大丈夫さ」
おばあちゃんは笑った。
「でも、遠くまで行っちゃだめだよ」
「分かった!」
ユウは勢いよく立ち上がった。
暇だった少年の顔に、少しずつ笑顔が戻っていく。
「じゃあ、行ってくる!」
「水筒を忘れないようにね」
「はーい!」
ユウは帽子をかぶり、リュックに水筒とお菓子を入れた。
玄関で靴を履くと、元気よく外へ飛び出した。
「いってきまーす!」
「気をつけるんだよー!」
家から森までは、歩いて十五分ほど。
町の中を歩いていると、見慣れた景色が少しずつ変わっていく。
家が減り、田んぼが増える。
そして、その先に大きな森が見えてきた。
「近くで見ると、やっぱり大きいな」
ユウは森の入り口で立ち止まった。
木々が太陽の光をさえぎり、森の中だけ少し暗く見える。
風が吹くたびに、葉っぱがサワサワと音を立てている。
「よし……行ってみよう」
ユウは少しだけ緊張しながら、森の中へ足を踏み入れた。
一歩。
また一歩。
森の中は、思っていたより涼しかった。
鳥の鳴き声が聞こえる。
木の枝には小さなリスがいて、ユウを見るとすぐに逃げていった。
「待ってよ!」
ユウが追いかける。
しかし、リスは木の上へ登ると、そのまま見えなくなった。
「速いなぁ」
ユウは笑った。
初めて入った森は、思っていたよりずっと面白かった。
見たことのない花。
変わった形の木。
小さな虫。
町では見ることのできないものばかりだ。
「来てよかったかも」
そう思いながら歩いていると――。
カラン。
「ん?」
どこからか、小さな音が聞こえた。
何かが転がったような音だった。
ユウは立ち止まり、耳を澄ませる。
カラン……。
「こっちかな?」
音のした方向へ歩いていく。
大きな木の根元まで来たところで、ユウは何かを見つけた。
「なんだ、これ?」
そこに落ちていたのは、小さな箱だった。
手のひらに乗るくらいの大きさだ。
青く透き通るような色をしていて、表面には見たことのない模様が描かれている。
「きれい……」
ユウはそっと箱を拾った。
その瞬間――。
ピカッ!
「うわっ!」
箱が突然、青く光った。
驚いたユウは、箱を地面に落としてしまう。
カラン、と音を立てて箱が転がった。
「な、なんだったんだ?」
ユウは恐る恐る箱に近づく。
すると――。
カチャ。
箱のふたが、ひとりでに開いた。
「え?」
ユウは目を丸くした。
箱の中には、一枚の小さな紙が入っていた。
ユウは紙を取り出す。
そこには、たった一行だけ文字が書かれていた。
『ぼくを見つけてくれて、ありがとう』
「……ぼく?」
ユウは首をかしげた。
「誰のことだ?」
そのときだった。
「ユウ!」
「えっ?」
突然、誰かに名前を呼ばれた。
ユウは慌てて振り返る。
しかし、誰もいない。
「……気のせい?」
「こっちだよ!」
「え?」
「上! 上!」
ユウは声に言われるまま、頭の上を見上げた。
大きな木の枝。
そこに、一匹の白い動物が座っていた。
「…………」
ユウは何も言えなかった。
丸い耳。
ふわふわの白い毛。
そして、青く光る大きな目。
見たことのない動物だった。
「こんにちは」
「……しゃべった?」
「うん」
白い動物は首をかしげた。
「しゃべったよ?」
「動物がしゃべった!」
「ぼくは普通の動物じゃないからね」
白い動物は枝からぴょんと飛び降りた。
そしてユウの前に着地する。
「ぼくの名前はモコ」
「モコ?」
「そう!」
モコはユウが持っている青い箱を見つめた。
「それを見つけたんだね」
「うん」
「だったら、間違いないよ」
「何が?」
モコは少しだけ真剣な顔をした。
「この森が、君を選んだんだ」
「……僕を?」
ユウには何のことなのか、さっぱり分からなかった。
そのとき――。
森の奥から、冷たい風が吹いてきた。
ザアアアッ。
木々が大きく揺れる。
そして、その風の中から小さな声が聞こえてきた。
「……たすけて」
ユウは森の奥を見つめた。
「今の、何?」
モコの顔から笑顔が消えた。
「聞こえたんだね」
「誰の声?」
「ぼくの友達だよ」
「友達?」
「うん」
モコは森の奥を見つめた。
「森の奥にいるんだ」
ユウは青い箱を握りしめた。
森の奥には何があるのだろう。
誰が助けを求めているのだろう。
分からない。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも――。
「助けに行こう」
「え?」
モコが驚いた顔をする。
「困ってるんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、助けないと」
ユウは森の奥へ一歩踏み出した。
「僕にできるか分からないけど、できることはやってみる」
モコはしばらくユウを見つめていた。
そして、嬉しそうに笑った。
「うん!」
モコはユウの肩に飛び乗った。
「じゃあ、一緒に行こう!」
「よろしく、モコ!」
「よろしく、ユウ!」
二人は森の奥を見つめる。
まだ誰も知らない秘密が、そこには隠されている。
そして、この小さな冒険が、ユウの人生を大きく変えることになる。
「行こう!」
「うん!」
こうして、星野ユウの長い夏休みが始まった。




