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偽りの姫は辺境の地で花開く 【全年齢版】  作者: 七緒菜生(ななな)


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18.偽りの姫は望みを口にする

 翌日、リリーシャは休みだった。

 昼過ぎになって扉が叩かれて、マノアにレイデーアが呼んでいると告げられる。もう何の予定も入っていなかったので、本を読んでいたリリーシャは簡単に身嗜みを整えるとマノアの後に続いた。意図的にしたことではなかったとはいえ、昨日立ち聞きしてしまったことへの後ろめたさを抱きながら。


「執務室ではないのですか?」

「はい。今日は殿下も休暇をお取りになりました」


 気配で、リリーシャがレイデーアの体調を案じたことがわかったのだろう。マノアはつと立ち止まると、違いますと首を振った。


 マノアの先導でレイデーアの私室を訪ねたリリーシャは、寝室に通される。

 リリーシャがおずおずと寝台の傍に置かれた椅子に腰かけると、扉が閉められた。ややあって、閉ざされていた天蓋の隙間からするりと白い手が伸ばされて、無造作に押し開く。

 そうして現れたのは、ふかふかの上掛けに包まって、顔の上半分だけを覗かせているレイデーアの姿だった。そんな状態であっても尚、レイデーアの輝きは失われていない。


「殿下、御加減がわるくていらっしゃるのですか?」

「いや、むしろ気分はすこぶるよい。……聞いたぞ、私の用意した男たちを振ったそうだな。可哀相に、ルドンなんか特に落ち込んでいたぞ」


 レイデーアのじっとりとした視線を受けて、リリーシャはああ……と声を漏らした。そういえば、結局レイデーアには報告しそびれていたのだった。


「聞いたところによると、好きな人がいると言ったらしいな。男たちは誰がリリーシャを射止めたのか突き止めるために、わざわざ五人で集まりを開いたそうだぞ。だが、どうもリリーシャの好きな人は自分たちの誰でもないという答えに至ったと報告してきた」


 リリーシャは、つい苦笑してしまった。

 ほんとうはもっと早くお伝えするはずだったのですと囁いて。


「うん。私は、リリーシャから聞きたかった。ほかならないお前のことだもの」


 つと差し伸べられた白い手に頬を撫でられて、リリーシャはくすくすと笑った。


「お忙しくしていらっしゃったくせに。本当は、お目覚めになったら一番に報告しようと思っていました」


 この頃のリリーシャには、いっそ無防備なほどに示されるレイデーアの親愛に対して軽口を叩けるくらいのゆとりがあった。


「義兄との約束は、私の縁談を世話するものでしたよね。殿下は約束を守って、殿方を集めてくださいました。でも、私には欲しい方がいるのです。お願いしたら、お許しくださいますか?」


 この期に及んでどうしようかなとレイデーアが言いだしたのに、リリーシャはいいえと笑った。


「殿下はお許しくださらなければいけません。だって、そうでないと私は命を燃やすことができませんから」


 王城に上がったあの日、レイデーアは命を燃やせとリリーシャに乞うた。

 これはリリーシャの想像で、的を射てはいないのかもしれない。でも、リリーシャには不思議な確信があった。昨日、立ち聞きしてしまった会話のせいもある。


 レイデーアは、怯えている。永遠の命を授かったかもしれないと怯えているから、リリーシャに限りある命を燃やしているところを見せろと願ったのではないか。

 なぜレイデーアの関心がリリーシャに向けられたのかは分からなかったが、そのようにリリーシャは考えた。


「そうだな。それをお前に乞うたのは私だった。でも、今すぐは無理だぞ。きちんと三年……あと二年半、私の傍にいろ」

「はい。いま暫く、殿下の下でお鍛えいただきたく思います。もう私は偽りの姫でもなんでもありませんから、自分を食べさせていかねばなりません。それに、私にも少しは能力が……あります、よね?」


 どうしてそこで自信をなくすのだと言って、レイデーアは苦笑した。


「ある、ある。……ちゃんと、私のもとから旅立った後も私の国を愛せよ。私に、お前の燃える命を見せてくれ。いいな? うん。

 では、はっきりお言い。お前が欲しい男の名は?」


 レイデーアは、ずっとわかっていたことを訊ねるように微笑んだ。

 ゆっくりと上掛けから顔を出したそのかんばせは、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。とてもではないが、二つしか年の違わない娘が浮かべる表情とは思えなかった。それこそ、リリーシャにとっては神様のように思える笑みだった。


 けれども、リリーシャは臆さなかった。

 リリーシャは、変わらずちっぽけな娘だ。まだ自分の世話をするのも下手だし、アーディレイに全ての段階を丁寧に踏むことだけが仕事ではないと叱られたばかりだった。

 でも、リリーシャはアーデンフロシアに来て少しずつ変わった。それはほんの少しの寂しさと、それ以上に気持ちが高揚する嬉しさをリリーシャに教えた。


 だから、リリーシャは緊張を押し込めて懸命に微笑んだ。

 ガネージュで自分を守るために身につけた笑みでも、人の勘気を誘うことがないように纏った曖昧な笑みでもなかった。それは、ほんの少しだけ踏み出そうとするリリーシャ自身がそうしたくて浮かべた笑みだった。


 今から望むことは、これまでのリリーシャならば到底口に出せないことだった。

 でも、間違いなく心の底からの願いだった。


「リガード・ガネージュ。かつてその名を戴いた男を頂戴したく思います。リガードだけが、私にふさわしい嫁ぎ先です」



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