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偽りの姫は辺境の地で花開く 【全年齢版】  作者: 七緒菜生(ななな)


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15/27

15.偽りの姫は神秘の代償について知る

「女神は、この度の戦に大層お怒りだった。それでなくとも、レイデーアは女神の愛し子だからな。

 リリーシャの言う通り、女神は尊い一柱でいらっしゃるが万能ではない。女神はレイデーアのために、ある種の法則を歪められたのだと思う。その結果、あのとき死ぬはずだったレイデーアは、女神のお力によって傷が癒えると同時に、不死身に近い身体に変化したと考えられている」


 静かに語るアーディレイによれば、レイデーアはもしかすると老いない身体でもあるかもしれないということだった。


「先例もある。女神に寵愛された人物は、何らかの恵みを受ける。その恵みによって体内の神力の均衡が崩れると、不死身になったり発狂したりといったことが起こるんだ。

 レイデーアが傷を負ったのはつい最近の出来事だから、ずっと不死身なのかずっと不老なのか、ある程度時が経過するまで本当のところはわからないんだが……レイデーアは、せっかくだから自分の身体を使ってリーデンバーグへの示威に使うと言い出した。

 それが、今日起こったことだ。わざと守りを薄くしたところに敵を誘い込んで、レイデーアを狙わせた」


 口を閉ざして、アーディレイは自分の上衣の裾を握って離さない白い手を包み込むように触れた。その手つきには、壊れそうになったものを引き留めようとするかのような願いが込められていた。


 ……リリーシャは、アーディレイの手のひらにまだ新しい傷があることに気づいた。硬く拳を握り込んでできたような、かすかに血の滲んだ傷跡が。


「差し出がましいことを言うようですが、殿下がそこまでなさらなければいけないのでしょうか。いくら戦のきっかけとなったとはいえ、お一人で負うことはないと思ってしまいます」

「俺もそう思う。陛下も王妃殿下も、臣下も皆そう言った。でもレイデーアは聞かなかった。それに……アーデンフロシアに生まれると、王族が真に望んだ願い事はどうにも断りにくいんだ」

「それは、私にも難しいと思います」


 リリーシャが苦笑するのに、アーディレイは肩を竦めた。リリーシャもすっかりレイデーアのことが好きになったな。そう嘯いて。


「たぶん、目の前で王太子殿下を亡くしたことが大きかったんだろう。女神に命を救われてからというものの、レイデーアは自分の身を傷つけて構わないと思っている節がある。どうせ治るのだからと」


 リリーシャは躊躇いを飲み込んで、踏み込んだ質問をした。


「アーディレイ様はそこまで殿下を想っておいでなのに、どうしてお気持ちに応えてさしあげないのですか?」


 アーディレイは、少しだけ驚いていた。気づいていたのかと。

 リリーシャが流石にわかると言ったのに、アーディレイは苦く笑った。


「戦が終わったら、きっと結婚するのだろうと思っていたよ。でも、レイデーアは俺に遠慮するようになった。自分だけ老いも死にもしないかもしれない身になったから、只人の俺とは結婚してはいけないと考えたらしい。一度なんて、どこそこのご令嬢が俺に似合うと言ってきた。だから、あいつがちゃんと腹を括って求婚してくるまでは、ただの臣下に徹すると決めたんだ」


 そう言いながらも、手のひらで包んだ指を見つめる瞳もその表情も、まったくただの臣下の範疇には収まってはいなかった。

 きっと、レイデーアもまたアーディレイからの求婚を待っているだろうに。

 そう言おうとして、リリーシャは口を閉ざした。そんなことは、リリーシャに言われるまでも無くアーディレイもわかっているのだろう。それに、レイデーアならば「お願い」してしまえば叶いそうなものなのに、敢えてそうしないでいる。リリーシャが口を出していいことではなかった。


 部屋を辞そうとしたリリーシャは、アーディレイが声をかけてきたのに振り向いた。

 寝台を向いて座ったその端正な横顔は眠る世継ぎにのみ注がれていて、こちらを見ない。ただ声だけが影のように差しのばされて、リリーシャに届いた。


「リリーシャの常識にはないことだらけだろうと思う。でも、できればレイデーアを怖がらないでやってくれ。こいつは、本当にリリーシャを義娘にしたいほど好きなんだよ」


 リリーシャはぱちりと瞬いた。

 彼女がくすくすと笑い出したので、ようやくのことでアーディレイはリリーシャを見た。アーディレイにも杞憂であると伝わったのだろう。その顔はふいとそむけられた。

 その時にはもう既に、リリーシャは扉を閉めていたのだけれど。



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