メッセージ
朝の光が淡くリビングを染めていた。
テーブルの上には、操が食べ残した誕生日ケーキがぽつんと取り残されている。
梢がランドセルを背負いながら、不安そうに聞いた。
「パパ、今日帰ってくるよね?」
「大丈夫。帰ってくるわ」
そう答えた声が、自分でも驚くほど弱々しい。
玄関を開けると、初夏のやわらかな空気が流れ込んできた。
新緑の香りに、延ばしたばかりのアスファルトの匂いがかすかに混じっている。
「行こっか」
声をかけると、梢は小さく頷いて操の手を握った。
このあたりは埋立地にできたばかりのニュータウンで、まだ建築途中の家や「売地」と書かれた看板があちこちに立っている。
子どもを一人で歩かせるには心許なくて、操は登校班の集合場所まで毎朝梢を送っていた。
「おはようございます」
すでに集まっていた親子に声をかける。
あちこちで他愛のない挨拶が行き交う。
その様子を、どこか遠い出来事のように操は感じていた。
やがて笛の音が鳴り、子どもたちが一斉に「いってきまーす」と声をあげた。
「いってらっしゃい」
手を振りながら大人たちが見送る。
子どもたちの姿が角を曲がると、操はそっとその場を離れた。
リビングのソファに座り、気づくと9時になっていた。
――会社に電話しないと……。
夫の会社の番号をアドレスに探していると、手の中のスマホが振動し、ポップアップが浮かんだ。
〔要一さん〕
すまない。
心臓が痛いほど跳ねた。
画面に表示された名前を、慌ててタップする。
【好きな人ができた。もう帰れない。】
【死んだものだと忘れてほしい。】
無事だった、という安堵の後、操は夫のメッセージの意味をつかみ損ねて何度も読み返した。
「なに、言ってるの……」
驚きよりも悲しみよりも、怒りが込み上がった。
「なに言ってるのよ! ふざけないでっ!!」
震える手で投げつけたスマホが、テーブルの角に当たって床を滑る。
ひび割れた画面を見つめると、操は声を上げて泣き出していた。




