精霊王は偉大なのです
魔術の練習を始めてから数日、アランと名乗った全身黒ずくめの青年はそれはそれは素晴らしいほどスパルタだった。
彼自身が相当の魔力の使い手らしく、初級魔法から高級魔法まで様々な魔法を習得しているようだった。
その内のほどんどが幼いライラの魔力では補うことが出来ず、習得するにはまだまだ時間がかかるものばかりだったのだが、ライラが教えを乞えば嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれた。 普段の態度からは想像もつかない気の配り様に最初は驚いたものである。
そんなアランの元で魔術の習得を進めるなか、何度目か分からない魔術を放ち一息つこうと腰を下ろしたライラの元にアランが不意に近付いてきて怪訝な顔をする。
「お前ってよく分かんねぇな。確かに同じ年頃のガキに比べたら素質はあるかも知れないが、魔力が特別大きいわけでもない。そんな状態でどうやってあいつを呼び出してんだ?」
乱暴な口調は相も変わらず、そう言って指をさされた方を見れば日差しが当たる中庭で寛ぐダークの姿があった。
正直、呼び出すも何もダークは気づいたら側にいることが多いため、どうやってと聞かれてもライラも返答に困る。
「・・・・・・お前、本当になんも知らねえのな。精霊を呼び出すときは魔力が必要なんだよ。魔術を放つときだけじゃなく、何をするにもその精霊に見合ったな魔力が必要とされる。精霊王ともなればそれなりの魔力が必要なはずだが、今のチビにそんな魔力があるとは思えねえ」
そう言ってライラの頭をくしゃくしゃと撫でるアランに非難めいた視線を向ける。
アランと顔を合わせて数日経つが、その口からライラの名前が呼ばれたことは一度もない。
アランが口にすると言えば、“お前” “おチビ” “チビ” である。
その度に非難めいた視線を送るのだがアランはどこ吹く風といった態度だ。
「・・・・・・以前、お兄様も似たようなことをおっしゃっておられましたが・・・・・・契約者から魔力を貰わず姿を現すことや、魔法を使うことはそんなに凄い事なのですか?」
ずっと気になっていたことを思い切ってアランに訪ねてみる。
そんなライラの言葉に興を突かれたように一瞬驚いた顔をしたあと、乾いた笑いがアランの口からこぼれた。
「はは、当たり前だろ。精霊を呼び出すことは召喚の一種だ。魔術や魔法を使うのと一緒なんだよ。精霊が俺たちの魔力を必要とせず魔法を使えてみろ。精霊が俺たちと契約を結ぶ必要がどこにある?」
「それはそうですが・・・・・・ですが、生き物はみな体に魔力を宿していると聞きました。精霊の体内に魔力が少なからず宿っているのなら、その魔力を使えば魔法を使うことも姿を現すことも可能なのではないのでしょうか?」
学び舎で習ったことを思い起こし再びアランに問う。
獣人や人族は魔力を持っていてもそれを魔法にする事は出来ないが、元々魔力を魔法に変えることが出来る精霊なら不可能ではないはずだ。
だが、そんなライラの考えをアランは直ぐに否定する。
「無理だな。人族以外が体内に宿す魔力の量なんてたかが知れてる。それは精霊だって例外じゃない。良くて雀の涙ほどだ。そんなちっぽけな魔力で何が出来る?」
「・・・・・・そんなに少ないのですね」
「そうだな、・・・・・・おいチビ、今すぐ火を起こせるか?」
「火ですか?」
突拍子もないアランの言葉にライラは目を瞬く。
「そうだ、道具も何もない状況で火を起こせるか?」
再度尋ねられた言葉にライラは首を振る。
「いいえ、出来ません」
ライラの魔力は闇だ。火属性の魔法は使えないため、火を起こすためには道具や魔法具がいる。
だが、道具も魔法具も持ち合わせていない今、火を起こすことなんてことは出来ない。
「精霊が俺たちの魔力を貰わずに魔法を使うってことはそういう事だ。借りに、あの精霊王が他の精霊と違って桁違いの魔力を持っていたとしてもだ、それだけで十分異質なんだよ」
分かったかというような視線を向けられ小さく頷く。
『距離が近い。私のライラに気安く触るな、近づくな。』
ふいにかけられた声に、いつの間にか側にダークがいたことを知る。
そのまま抱き寄せられたライラは大人しくその腕の中に納まる。
アランとじゃれ合っているとでも思ったのか、その顔は心なし不貞腐れているように見える。
ここ数日で学んだ事の一つなのだが、ダークは意外に嫉妬深い。
アランに限らず、兄のミシェルやクランと長時間話していると今の様に抱きこまれ放してもらえないのだ。
こういうときのダークは早々に満足させ解放されるに尽きる。
「なに、アンタがどうやってその姿を維持しているのか気になったからチビに聞いたまでだ。」
『そんなもの、私の魔力で補っているに決まっているだろう。今のライラから魔力を貰ったら倒れるのが目に見えているからな』
そんなダークの言葉にさして驚くこともなく、アランは納得したような表情を浮かべる。
「やっぱりな、まさかとは思っていたがここまでとは。アンタ、本当に普通の精霊とは違うんだな。まあ、だから精霊王なのかもしれないけどよ」
『ふん、私をそこら辺の精霊と一緒にするな。・・・・・・今日の練習はしまいか?なら、ライラは連れて行くぞ』
アランの返事を聞くことなく、ライラを腕の中にしっかりと抱えたダークは踵を返す。
「えっ!?ダークちょっと待ってください!アラン!?」
少し休憩するつもりのだけだったライラは慌ててアランに声をかけるも、片手であしらわれる。今日の練習は終わりということだろう。
ライラの抵抗も空しく中庭からどんどん遠ざかる。
「むう、ダーク・・・・・・私はまだ練習したかったです。それにアランにも今日のお礼を言っていません」
不満を口にするとダークは素知らぬ顔でそっぽを向く。
『アイツとは明日も顔を見合わせるだろ。礼ならその時にでも言えばいい。最近はずっとアイツと鍛錬してばかりではないか、少しは私のこともかまえ。お前は私の契約者だろ?』
思わぬダークの心の内を聞き、ライラは目を瞬く。
確かに、最近はアランと一日中魔術や魔法の習得に明け暮れることがほとんどだったが、それはライラ自身のためだけではなく、ダークのためでもあったのだがどうやら不満だったらしい。
「それはそうですけど・・・・・・、」
一応教えてもらっている身としては最低限の挨拶はしたかったのだが、どうやらこれ以上、今日はアランに合わせる気はないらしい。
『それより、戻ったらまずは風呂に入ろう。お前の美しい髪が汚れてしまっているからな。私が洗ってやる』
そう言ってライラの腰まである髪を弄るダークに、抵抗は無駄だと悟り大人しく身を任せる。
鍛錬が終わった後、ダークと共にお風呂に入るのが日課になりつつある。
最初は精霊もお風呂に入るのかと驚いたが、ダーク曰く精霊に湯に浸かる習慣はないらしい。
ダークは以前何度か入ったことがあるらしくそれから気に入っているのだとか。
「じゃぁ、ダークの髪は私が洗いますね」
『お前が?それもいいな』
ライラの一言に嬉しそうな笑みを浮かべるダークにライラは照れくささを感じながらも、二人は湯舟へと向かうのだった。




