サモエド、お風呂に入る
「気持ちええ?」
「きゅう、ピス」
はぇぁ〜、極楽極楽……。お風呂ってなんでこんなに気持ちいいんだろうねぇ。
「あははは、ぺしゃんこやねぇ」
「ほー、あんなもふもふやったんに、こーんな細っこくなんねんなぁ」
「なあなあ、ウチにもやらしたってぇな」
きゃっきゃうふふとおねーさんの声がする。
お湯に浸かったましろちゃんの身体を、入れ替わり立ち替わり誰かが撫でる。わしゃわしゃ。ましろちゃんは石鹸でモコモコしてるから目をつむってじっとしてるよ。えらい!!
ここは炊事場近くの水場。
流石にあの豪華なお風呂には入れないので、ましろちゃんはおねーさんたちにタライのお風呂に入れてもらっているのだ。はぁーしあわせ!!
極楽なので、おねーさんやお子ちゃまのおもちゃになってるのには目を瞑ろうじゃないか。そこ、尻尾引っ張っちゃダメだよ。
「こんなところにいたのか」
およ? ジーくんの声だ。なんか呆れてる??
閉じていた目を開けば、首にタオルをかけたままのジーくんがいた。おおー、さっぱりしたねぇ。髪の毛とかめっちゃツヤツヤしてるじゃん。青っぽい髪に篝火があたって綺麗だよ。着ている服もさっきと変わってる。シャフくんたちが着てる服に近い。もしかしてここの服借りたのかな。似合ってるよ!
「探したぞ。勝手にいなくなっちゃダメだろ」
水も滴る美少年の登場にきゃあきゃあ言ってるおねーさんをガン無視して、ジーくんはあわあわになったましろちゃんのほうにやってくる。
あちゃー、そうだった。ユエンさんに連れてこられたから、ジーくんましろちゃんがいなくなってたの知らなかったのか。
にしてはあっさりお風呂に行ってたような。うーん、これはお風呂が楽しみすぎてましろちゃんの処遇を忘れてたと見た。
「てっきりついてきているものだと思ってたのに」
違った。この子ましろちゃんと一緒にお風呂入るつもりだった。
流石にそれは無理だよ、ジーくん……。そんな置いていかれた子供みたいな顔してもダメだって。犬が人間用のお風呂はいっちゃうといろいろ問題あるでしょ。
「いやいや、ジーク。いくらましろちゃんといえど、さすがに一緒にお風呂はちぃっと問題あるで」
「ましろがお湯沸かしたのに……」
追いついてきたシャフくんにむくれて見せるじーくん。おっ、なんか仲良くなってない? 裸の付き合いってやつが良かったのかな??
でもお風呂はダメです。ここの人みんな入るんだから。
「あ、隊長も先に風呂行ってきはったらどうです?」
「いや、アタシはええよ。先に話聞いとったほうがええやろ」
シャフくんの提案に首を横に振るユエンさん。いやあの、服濡れてますけど大丈夫ですか? 先にお風呂はいったほうがいいのでは??
そう思ったのだけど、何か思うところがあるのか、ユエンさんは首を縦に振らない。うーん、ユエンさんがいいならいいんだけど、泡だらけなんだよね……。なんというか、この人、絶妙に不器用なんだよなぁ……。
「すまない、ましろを返してもらってもいいか?」
あわあわしたまま黄昏ていたら、ジーくんが周囲のおねーさんたちからましろちゃんを取り返しに来ていた。まだ濯いでもらってないけどいいのかな。
「坊、まだ洗えてへんよ」
「せやで、もうちっとお待ちな」
「いや、いい。俺が洗う」
あらぁ、頑な。なんだか表情も硬い。まぁ無表情なんだけども。
うーん、これはもしかして、思ってた以上にじーくんに依存されてる……?
そんなことをつらつら考えながら、ジーくんのやりたいようにさせた。ジーくんだってまだ9つ、家族もいないことだし、飼い犬に執着するのも分かる気がするからなぁ。あんまり行き過ぎないようにだけ注意しとこう。
名残惜しそうなおねーさんたちを遠ざけたジーくんは、あわあわのましろちゃんを見、ちょっと呆れた表情になると、おもむろに手をかざした。
あっ。
「あっ」
シャフくんが「ヤバッ」て顔をした。
残念だったな、もう遅い。
「【水よ】」
ジーくんがそう言った途端、その小さな手から魔法の水が大量にあふれた。
うねりながら質量を増すそれは、まるで意思を持ったように、泡まみれのましろちゃんへと向かってくる。おねーさんの何人かから悲鳴のような声が上がった。
が、まぁ、何か問題あるわけもなく。
魔法の水は、うねりながらましろちゃんを包み込み、やさしく対流しながら泡を洗い流していく。ちゃんと温水。細かい心遣いがやさしい。泣けてくるね、いろんな意味で。
しばらくましろちゃんを洗い流していた水は、不意に弾けるように消え、直後、覚えのある風がましろちゃんのからだを吹き抜けていく。タライに溜まってた汚れた水も一緒に。まーた謎に高度な技術使ってる……。
今のはあれだ。前に不意打ちで食らった【脱水】だ。間違いない。だってまた毛並みがすごいことになってるんだもん。つまりこの後くるものもわかる。
うーん……アレまでここでやらかすのは避けたいんだけどなぁ……。
あ。シャフくんとユエンさんが同じ表情で「あちゃー」って顔してる。
うん、そうだね。やっちゃったね……。
「【温ふ——】」
ジーくんの暴走を止める術のないサモエドが、悟りの境地に至った瞬間。
「ジーク」
地を這うような声が聞こえた。
きゅっ、救世主キターーーーーー!!!
続けて魔法を放とうとしていたジーくんが、ビクッとして止まった。そして、まるで油の足りてない機械みたいに、ギギギと音を立てそうな動きで声の方向を振り返る。
青筋立てて仁王立ちのダルさんがいた。オーゥご立腹……。
「ジーク……おじさん言ったよな……?」
篝火の位置のせいで逆光になっているため、ダルさんの表情は見えない。見えないけど、はちゃめちゃに怒ってるのはわかる。なんたって怒気が肌にピリピリするもん。真正面からこれ浴びてるジーくんは……わー……真っ青だぁ……。
1歩、1歩と確実にジーくんの元へと近付いてくるダルさん。静かに諭すような口調が逆に怖い。
「人がいる場所で魔術使っちゃダメだって、おじさん言ったよな……?」
「イイマシタ……」
うわぁ、ジーくんがカタコトになってる……。
一応、「魔法」じゃなくて「魔術」って言ってるあたり、ブチギレてはいるけどガチギレしてはいないみたい。よかった……いやなんも良くないんだけども。
「あと、おじさん、一人で勝手に行動するなって、いつも、いつも、お前に言ってるよな……? 勝手に行動しちゃいけない理由も、ちゃんと説明したよな……?」
「ハイ……何かあってもすぐに駆けつけられないからダメだって……」
「そうだ……ちゃんと覚えていて偉いな……」
そう言って、ダルさんはとても優しげにジーくんの頭に手を置いた。仕草は優しげだけど、腕に青筋立ってるから迫力がヤバい。あっ、ジーくんがすごい震え出したぞ。正面から直だもんね、そりゃ怖いよね……。
「覚えてたのになんで勝手にいなくなったんだ……?」
「ヴッ」
おわぁ、ジーくんの頭蓋骨がミシッつったぞ……。ダルさんのアイアンクロー、恐ろしすぎない……? ジーくん頭小さいから掴みやすいんだろうな……。
周囲のおねーさんたちも何も反応できない。固唾をのんで見守ってる。誰も何も言わないから、こんなに人がいるのにとても静かだ。遠くから聞こえてくる喧騒が静けさを際立たせてる。
「ま゛っ、ましろがいなくて……」
「ましろなら心配いらないとシャーヒーンが言ってただろうが」
「でも心配で……!」
「そうだな、気持ちはわかる。でも、だ」
ここでダルさん、ジーくんの顔を覗き込む。角度の関係上、ましろちゃんのほうからダルさんの表情は見えなくなった。
けどダルさんの顔が見えてるだろう場所にいるおねーさんが「ヒッ」つって目を背けた。そんなに怖い顔してるのか……見えなくてよかった……。
「せめて一言声かけてから行きなさい。心配したんだぞ」
「ゴメンナサイ……!」
ジーくんが素直に謝っただと!? どんだけヤベー顔してたんだダルさん!!
しかもじーくん半泣きじゃん!! どんだけすげー顔してたんだダルさん!!!
「まぁまぁ、旦那。そんくらいにしてやりぃな」
「む」
と、そこに、お説教がひと段落ついたと判断したらしいユエンさんが割り入る。さすが、肝が据わってるなぁ。ずぶ濡れの泡だらけだけども。
「坊も、反省したな?」
「ハイ」
「よっしゃ! なら、お腹もすいたやろうし、続きは晩ご飯食べながらでもかまへんやろ?」
「そうだな」
えっ待ってこのお説教まだ続くんです?! ジーくんの顔色がやばいことになってるんですが!?
が、子供の気持ちなど綺麗に無視して、大人たちの話は続く。
あれよあれよと言う間に、ジーくんたちとユエンさんとでお夕飯をいただく話がまとまってしまった。ジーくんの冷や汗がやばい。
「ほな、そうと決まったらさっさと支度する!! はい散った散った!」
「えぇー」
「隊長だけずるいわぁ」
「シャフも一緒なん? ずるいわぁ」
「あたしらにもおすそ分けちょうだいや」
「はいはい邪魔や!! とっとと自分の持ち場に戻り!!」
かしましいおねーさんたちをシッシと追い払って、ユエンさんはふうと一息。
「ほな、行きまひょか!」
あの、泡だらけのままだけど大丈夫なんです……??
◇ ・ ◆ ・ ◇
机に並んだ湯気を立てる料理ってのを、たぶん今生だと初めて見た。
炊事場でも思ってたけどいい匂いだなぁ。香辛料たっぷりたぷたぷ。この時代のインフラはよくわかんないけど、いつでもどこでも手に入る廉価品ってわけじゃなかろうに。ジーくんたちがいるからこれ、ってわけでもなさそうだから、このレベルの食事が標準なんだと思う。
それだけでも、この組織の規格外さが伺える。オッカネッモチィ!!
「さ、遠慮せんと食べてや」
そんなことを考えながら続々食事が運ばれてくるのを見てたら、いつの間にか着替えたユエンさんがニコニコしながら給仕してた。盛り付けの芸術センスが眩しい。絶妙に、まずそう。
「せやせや、たーんと食べてや!」
あ、シャフくんがさりげなくユエンさんからお皿奪った。そのまま流れるように席へと誘導。うーん手慣れてる。
ダルさんはさっきの怒りが去ったのか、なんだか顔色が悪い。
そういやユエンさんって超凄い人なんだっけ。でもなぁ、さっき泡だらけでましろちゃんのこと洗ってた人だからなぁ。申し訳ないけどただのおばちゃんにしか見えないんだよなぁ。
え? ジーくん?
目の前のお皿しか見てない。ダルさんが許可しないから手をつけてないけど。そろそろダルさんに無言の催促始めそうな感じ。
うーん、こうしてみるとジーくんなんか躾された犬みたいだな。いや犬はましろちゃんなんだけども。とても素直っていうか。
まぁ「素直」と「破天荒」と「予測不能」は並立するんですが。そこに無邪気と無意識が加わってくるから始末に負えない。
「シャフ、これなに?」
あ、空腹に耐えかねたジーくんが質問という名のお許し催促始めた。
指差してるのは、鳥肉みたいなのがデーンと乗ってるお皿。なんか黄色くて細いものがいっぱい乗ってる。なんとなくお米っぽいのでましろちゃんも気になってたやつだ。お米おいしいよねお米。
「あ、これ? これはポロっちゅーもんや。コメっちゅー穀物を子羊と炊き込んどる。めっちゃ美味いで」
米?! シャフくん今米って言った!?
にしてはものすごく細長いけども。インディカ米ってやつか。1センチくらいあるんじゃないかあれ。凄いな、同じお米でも全然違う。
「コメ……」
あ、ジーくんがなんかビミョーな顔してる。
「まぁ馴染みはないわな。もっとずっと南のほうで食べとるもんや。美味いし加工しやすいし手間無いから、ウチではよーつことるで」
あ、そっか。お米って温暖で雨が多い気候で育つんだっけ。この辺、木の種類とか見てたら寒い地域っぽいし、麦食が主流っぽいもんね。やるなシャフ坊。
「気になるんなら食べてみたらええねん。ほれ。百聞は一見に如かずっちゅーやろ、何事も経験や」
とか言いながら、シャフくんがおにーさんぶってジーくんにポロとかいう炊き込みご飯を取り分けてくれた。ジーくんの目が輝く。
「ダルさん」
「え? あ、ああ、食べていいぞ……」
ダルさん、顔色わっるいなぁ。
でもちゃんと許可出してくれてよかったね、ジーくん。
許可もらった瞬間、スプーンで勢いよく食べ出したのは流石に予想外だったけども。そんなお腹空いてたんか。
「!!」
「美味いか?」
シャフくんがニコニコしながらジーくんに問う。ジーくんは珍しいことに、目を輝かせて頷いていた。よっぽど美味しかったんだね……よかったね……。
「ましろ、美味いぞこれ」
「!?」
あっ、スプーン、スプーンごと差し出すのは流石にちょっと、ちょっとイケナイと思いますジーくん!! ましろちゃん犬だから!! スプーンでご飯食べれるような構造してないから!!
というか、ヒトと同じもの食べていいの!?
しばらくましろにスプーンを差し出していたジーくんは、なかなか食いつかず困った顔をする愛犬の様子に気がついたらしく、何かに気がついた顔をした。
「あ、そうか。すまん、気付かなかった」
いいんだよ少年、誰にだって浮れちゃうことはあるもの。おいしいものをおすそ分けしようとしてくれたその気持ちだけで十分だよ。
目の前からフェードアウトしていく美味しそうなご飯を名残惜しく見送るましろちゃんの心は凪いでいる。今なら悟り開けそう。
「スプーンじゃ食べれないよな」
そうのたまって、ジーくんはてのひらに炊き込みご飯を盛り付けると、迷いなくましろちゃんの口元に持ってきた。
違う、そうじゃない。
「……? 食べないのか?」
チクショウ!! 澄んだ瞳が罪悪感をこれでもかと刺激する!!
ううう、もうどうにでもなれ!! アタったらその時だ!! 犬が中毒起こすようなもんが入ってないことを祈る!!!
いただきます!!!!
「!!!!」
その時、ましろに電撃走る。
なっ、なんじゃこりゃぁぁぁあ!!
美味い、美味いぞ!! 久しく文明に触れていなかったこの語彙力では伝えきれないほど美味い!!! 子羊の肉、よくわかんない野菜、細長いお米の織りなすハーモニーが止まらない止められない!!! 肉の旨味と野菜の甘さ、そしてそれらを吸い込んだ米のなんという美味しさ!!!!
今、サモエドの口の中に天上の至福が舞い降りている——ッ!!!!
「美味いか?」
「わん!!!!」
めっちゃおいしいです!!!!
「そうか、よかった」
はうっ!! 美少年スマイルを至近距離で浴びてしまった!! 至福の味と至高の微笑みでましろちゃんの精神は大ダメージよ!!!! 控えめに言って天国に旅立ちそう!!!! 今なら輪廻の輪を飛び越えられる気がする!!!!
「おっ、ワンコも気に入ったんか。ほなもっと食べ」
そして、ましろちゃんの目の前にドンと置かれる豪勢な犬まんま。炊き込みご飯以外にも、見慣れないけど美味しそうな料理がいっぱい入ってる。
いいの?! これ本当に食べていいの!?!?
そんな思いでジーくんを見上げたら、嬉しそうに笑いながら頷いてくれた。
「ん、いいぞ」
やった!!! いただきまーす!!!!
キューキュー言いながら尻尾振ってご飯を食べるましろちゃんを、その場のヒトがホワホワした顔で見守っていた、らしい。
はー、ご飯が美味しいって幸せ!!!!
エタってない まだエタるような時間じゃない(例の画像)




