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第三十六話 ギルドでの雑務

 アンゼリカとともにギルドに帰ったユイは新しくもらった椅子を前から置いてある椅子の横に置き、そこに座ってライ麦パンの袋を開ける。


「ユイさーん。ちょっといいですか?」


 部屋の外からアンゼリカの声が聞こえてきたのはちょうどそんな時だった。


「はい。どうぞ」


 ちょうどお腹がすいていたのでライ麦パンにかぶりつきたいところだったが、それだけの理由で彼女を追い払うわけにもいかないと考えてアンゼリカを招き入れる。


「おや、食事中でしたか。これは失礼しました」


 ユイの返答を聞いて扉を開けたアンゼリカは、パン屋に寄ったことは知っているくせにどこかわざとらしくそんなことを言って見せてからユイの目の前までやってくる。


「すみません。ちょっと頼みたいことがありまして……」

「頼みたいこと?」

「はい。ちょっとですね。ギルドで雑務をする手が足りなくてですね……ちょっと、お手伝いいただいてもいいですか? ちゃんと、クエスト扱いで報酬も出しますので」

「まぁそういう話なら……」


 答えながらユイはライ麦パンを口に含む。

 半切りとはいえ、それなりに大きさはあるので一口で全部というわけにはいかないが、口いっぱいにパンをほおばり、ゆっくりと咀嚼する。


「いや、なんで今食べ始めるんですか……」

「いひゃ、しひょとのみゃえにおにゃかをみひゃしておひょうかと」

「何言ってるかわかりません。飲み込んでください」


 ユイは口の中に含んだ分を飲み込んでから再び口を開く。


「いや、仕事の前にちょっと腹ごしらえをしておこうかと……」

「今じゃなくてもいいんじゃないですか? 今じゃなくても……とにかく、仕事ですので準備ができたら受付まで来てください」

「はい。わかりました」


 返事をしてからユイは再びライ麦パンを食べ始める。


「せめて、私が部屋を出てから食べてくださいよ」

「いいじゃない別に。見られても困るモノじゃないし」

「……そうですか。わかりましたよ。とにかく、ちゃんと準備ができたら受付まで来てくださいね」


 最後にそれだけ言い残して、アンゼリカは部屋から出ていく。


 それを見送ったユイは最後に残ったライ麦パンを口にほおばってから立ち上がる。


「さて、行きますか」


 そう呟いた後、軽く身支度を整えてユイは自室を出て、受付へと向かう。


 途中、廊下で会う職員やほかの冒険者に挨拶をしつつ、ユイは廊下を進んでいく。


「……それにしても、最初こそ気にしなかったけれど、実際に住んでみると不便ね……私の部屋って」

「そうでしょうね。でも、あなたが選んだのでしょう?」

「まぁそうなんだけど……あなたは誰?」


 廊下で一人ぼやいたことに対して、丁寧に返答が帰ってきたことに少々驚きつつ、ユイは声のした方を向く。

 すると、短く切りそろえた緑髪と褐色の肌を持つ少女がどこか不満げな表情を浮かべ、ユイのことを見上げていた。高校生であるユイよりもかなり身長が低いからまだ子供だろう。そう判断したユイは彼女と視線を合わせるようにしてその場にしゃがむ。


「私はユイ。あなたは?」

「私か? 私はフリージア。小人族の冒険者だ」

「小人族……ですか?」


 小人と言うぐらいなのだから、大人になっても背は人間よりか低いのかもしれない。

 そうなると、目の前にいるのは小人族の大人と言うことだろうか?


「小人族を見るのは初めてか?」

「えぇはい」

「そうか。だったら、一応言っておくがこれでも大人だからな。よく子供と間違われるから事前に行っておくぞ」


 やはり、大人だったらしい。

 身長こそ、人間の幼児と変わらないのだが、それこそが小人族が小人族足る由縁だろう。


「そうなんですね。なんとなくそんな気はしていましたけれど……」

「まぁそれでだ。お前さんは自分で選んだ部屋に不満があるのかい?」

「いや、そこまでは言いませんけれど、何も考えずに借りたのは軽率だったかなと……」


 なぜ、そのようなことを聞かれているのかわからないが、うそをついても仕方ないので正直な心情を述べる。

 ユイの答えを聞いたフリージアはなぜか満足げにうなづいてから口を開く。


「そうか。そうだったらいいんだ。いや、自分で選んだ部屋が嫌だとか言ったら説教してやろうかと思ったんだがな。そう思っているなら問題ない」


 それだけ言うと、フリージアは上機嫌な表情のままその場から離れる。


 ユイは最後の最後まで彼の行動について理解しきれなかったが、それを考えていても仕方ないと判断し、ギルドの受け付けへと向かった。




 *




 ギルドの受け継に到着すると、待っていましたといわんばかりに大量の書類を抱えたアンゼリカの出迎えを受ける。

 なんでも、町のすぐそばで強力な魔物が出たらしく、それに関するクエストの処理が追い付いていないらしい。その状況において、冒険者として戦ってこいではなく、事務処理を手伝ってくれというクエストがユイに出されたのは、ユイに対してある一定の配慮がされたということなのだろうか?


「そっちの書類は向こうに棚に持って行って」

「はい」

「あぁ。やっぱり、その隣の棚に」

「はい」

「いや、奥から3番目の棚に」

「はい」

「あぁやっぱり……」


 ただし、この忙しさの主因は指示が次々変更になるという点にあるような気もする。というのも、冒険者の相手で多忙なアンゼリカに代わりユイに指示を出している女性がいるのだが、彼女が指示の内容を二転三転とさせるのだ。

 そのせいでユイは無駄に走り回る羽目となっている。


「できれば、指示の内容がしっかり定まってから指示をしてくれませんか?」

「はいはい。あぁさっきのやつ。6番棚に移しといて」


 ついに耐えかねて指示をどうにかしてほしいと要望したものの、それが通る気配はなさそうだ。


 ユイは大きくため息をついてから3番目の棚から6番目の棚に書類を移す。


「次はそこにある“落盤事故についての報告”っていう書類を7番目の棚に置いてちょうだい」


 ようやく、次の書類に行けるようだ。

 そう考えながら、次の書類を手に取ったとき、ユイはそれが先日の遺跡での事故についての報告書であることに気が付いた。


「……どうかしたの?」

「いえ、何も」


 できることなら、この場で読みたいところだったが、今は仕事中なのでそういうわけにもいかない。少しだけならとか、不自然に思われない程度の時間なら見てもいいのではないかといった考えが頭をよぎるが、頭を横に振ってその思考を彼方へと飛ばす。


 とにかく、今すぐに読むわけにはいかない。あとでチャンスがあったら読んでみよう。


 そう判断したユイはこの書類の行先が7番目の棚だということを覚えつつ、それを棚の一番端に……それも少しだけ飛び出すような形でしまう。


「しまいました」

「ありがとう。それじゃ次は……」


 そこからは指示はある程度スマートに出され、大量に積まれていた書類は徐々にその高さを減らしていく。

 それらが完全になくなり、仕事が終わるころには時間はすっかりと夜中に片足を踏み入れるほどになっていた。


「……今日はありがとう。また、よろしくね」

「はい。こちらこそありがとうございました」


 そういった会話のあと、ユイは改めて例の書類が自分が置いたままの状態であるのを確認してから、報酬を受け取って食堂へと向かう。

 その様子をギルド職員はニコニコと笑いながら見送った。




 *




 真夜中。皆が寝静まっている中、ユイは手元のロウソクの灯りだけを頼りに書類棚の前までやってきていた。

 目的はもちろん、自分がしまった書類の一つである“落盤事故についての報告”だ。


 7番目の棚へと移動し、棚の一番端を確認する。


「……あれ?」


 しかし、その場にあるはずの書類はなくなっていて、一番端にある書類は全く関係のない事故の報告書だった。


「……そういった行為はあまり感心できませんね」


 真っ暗な空間に聞き覚えのある声が響いたのはちょうどそんな時だ。


「アンゼリカ……」


 ユイが名前を呼ぶと同時に暗がりからアンゼリカが姿を現す。


「あなたがこれについて興味があるのは重々承知していましたが、まさかこのような行動に出るとは思っていませんでした。まぁ今回は初犯ですし、私としてもあなたの気持ちはわからなくもないので見逃してあげますが、次にこのような行動をとった場合は……わかっていますよね?」


 アンゼリカの声は普段のそれとは違い、ひどく冷たく重苦しいものだ。


 ユイは彼女の言動に圧倒されて、小さくうなづくことしかできない。


「わかっていただければいいんですよ。わかっていただければ……それでは私はここで……あぁそれと、このことについては誰にも話していないのでこれ以上の面倒ごとが起こる前に部屋に戻ることをお勧めしますよ」


 アンゼリカはそれだけ言うと、書類を元の棚に戻し手再び暗がりへと消えていく。


 しばらくの間、呆然とその場に立っていたユイだったが、その後我に返ったユイはアンゼリカの警告に従ってその場を速やかに離れて部屋に戻り、ベッドに入る。


 明日、アンゼリカにちゃんと謝ろう。


 そう考えながら、ユイは眠りについた。

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