第三十四話 男の子からの依頼
食堂でリコリススペシャルという名の何かを食したあと、ユイはどこかけだるそうな足取りで一階のホールへと向かう。
「ねぇお姉さん。お願いがあるんだけど」
あれほどのモノを食べたというのにどうも眠気が取れない。
ユイが声をかけられたのはちょうどそんな時だ。
「私に何か用事?」
言いながら振り返ってみると、小さな男の子が銅貨を1枚握りしめて立っていた。
すでにほとんどの冒険者がクエストを受けてギルドを出ているような時間であることと、彼が持っているのが銅貨1枚であるという状況を鑑みて、報酬がほとんど出せないから冒険者たちに依頼を断られた口なのだろう。
声をかけてしまったのを若干後悔しつつ、銅貨1枚あればライ麦パン(半分)ぐらいは注文できるので食費を稼ぐという意味では無駄だということはないだろう。
「……依頼を出したいんだけど、いい?」
「内容次第かな。クエストの内容と報酬は?」
「家のネコがいなくなったの。報酬は……」
言いながら男の子は手元の銅貨を差し出す。
なるほど。ネコを探して1日かかっても報酬は銅貨1枚。普通の冒険者なら割りに合わないと判断するところだろう。しかし、ユイとしては今日の夕食の食費の足しになる仕事があればいいなという程度で考えていたので、町の外に出る必要のない仕事という要素も足せば、いい条件とも言えるだろう。
その一方でネコが見つからなかったときは厄介だ。時間給ではないので、数日に渡りネコを探しても報酬は変わらないし、そもそも、遺跡の崩落に関わる現状確認が、今日中にも終わるとのことなので明日には再び遺跡調査の準備に駆り出されるだろうから、できれば今日のうちに終わらせたい。
「ねぇ一つだけ条件を出してもいい?」
「うん」
「ネコ探しは今日限り。あと、報酬を受け取るのはネコが見つかってから。これでどう?」
そこまで考えて出た答えがこれだ。
仮に明日はダメなのかと聞かれても、明日は別のクエストがあると言えるし、ネコを見つけられなかったのに報酬だけ受けとるということもない。
一日限りというのは少々かわいそうな気もするが、事情が事情だし、正直な話二日以上になると銅貨1枚ではわりに合わなくなってくる……いや、もともと割に合っているとはいいがたいかもしれないが……
出された条件に対して、男の子は少し迷うようなそぶりを見せる。
当然といえば当然だ。今日中に見つからなければまた新しい冒険者を探さなければならない。その一方で少なくとも今日一日は付き合ってくれる人がいる。ずっと探し続けてくれる人が出るのにかけるか、それとも今日一日だけの人にするか……ユイでもどちらがいいか迷うだろう。
「本当にいいの? それだと、お姉さんは今日ほうしゅーをもらえないかもしれないんでしょ?」
しかし、男の子が悩んでいたのはそれとはまた別のところだった。
なぜ、そこで悩むのか? ユイにはいまいち理解できないが、彼の心配事に対して答えを提示することは必要だろう。
「……成功報酬ってやつよ。成功したら報酬を受け取る。その代わり、失敗したら受け取らない。私がそれでいいんだからそこは気にしなくてもいいわよ」
「本当にいいの?」
「いいわよ。ほら、私を雇うの? 雇わないの?」
男の子はいまだに迷うような様子を見せている。
まさか、この条件でクエストを受けてもらえるとは思っていなかったのだろう。
彼はしばらくの間考え込んでから、ユイの方へと手を差し出す。
「……お姉さんにお願いする。ボクはミリダリ。お姉さんは?」
「私はユイよ。さっそくだけど、あっちでネコの特徴について教えてもらえるかしら?」
「うん」
ユイはミリダリとともに近くの机に移動し、机を挟んで向かい合うような形で座る。
「それで? ネコの特徴は? 種類とか大きさとか」
「うーんと。しゅるいはわからないけど、大きさはとっても大きいよ。あと、色はクロ」
男の子は精一杯両手を広げて大きさを表現する。
見たところ、彼の身長は1メートル強ぐらいなので迷子のネコは相当大型なのだろう。それこそ、目の前の男の子よりは大きいぐらいには……
日本にいたときに身体測定で計ったユイの身長が132センチだったので仮にネコを発見しても、捕獲は困難を極める可能性がある。
「大きいのね……」
思わずそんな声が漏れる。
男の子が少し誇大な主張をしている可能性もあるが、それでも結構な大きさのネコであることは間違いなさそうだ。
「名前は?」
「クロスケ」
どうやら迷いネコの名前はクロスケというらしい。どこか日本的な名前に親近感を覚えつつ、メモを取る。
こういったとき、写真があると便利なのにななどと考えながら、ユイはミリダリにネコの絵を描くようにと頼んでみる。
彼は快諾し、ネコの絵を描き始める。
その様子を見ていたユイだが、どこからともなく視線を感じて、そちらへと視線を向けてみる。
「なにしてるの? アンゼリカ」
視線の先にいたのはホールに置かれた鉢植えの間から顔をのぞかせるアンゼリカの姿だ。
「いえ、気にしないで続けてください」
気にするなといわれても、鉢植えの間から熱視線を送られていては、気にしないわけにはいかない。というか、なぜそのような行動に出ているのか理解しきれない。
「アンゼリカ。そこで話を聞いているぐらいだったらこっちまできたらどうなの?」
「いえいえ。お構いなく。続けてください」
「……はぁ」
どうやら、彼女はかたくなにこちらに来るのを拒むつもりのようなのでユイは諦めて話を再開する。
「猫の絵は描けた?」
「うん。かけたよ」
アンゼリカとのやり取りの間にネコの絵自体は描き終わったらしく、ユイが渡した羊皮紙には真っ黒で額に傷があるネコの姿が描かれていた。もっとも、その絵は子供独特の落書きに近いもので全くそのままの見た目ということはないのかもしれないが……
「さて、それじゃ探しに行きましょうか」
とりあえず、必要な情報はそろった。
あとはミリダリと(アンゼリカも)一緒にネコを探すだけだ。
ユイは軽く机の上を片付けてから立ち上がり、ミリダリとともにギルドの出口を目指して歩き始めた。
*
改めて、思う。
この町はつくづく不思議だ。
ネコを探し出すためにあちらこちらを歩き回っているユイが町を見て持った感想だ。
天井に覆われているというすでに嫌というほど認識している事実はもちろんのこと、町を歩いていると人間に混じって人とは違う種族……いわゆる亜人がいたり、魔法関連のお店らしき看板がいくつか見受けられたり、そもそも料理店と思われる場所の店頭で魔法で火を生み出して調理をしていたりと、この町では当たり前であろう風景の一つ一つがユイにとってはかなり新鮮で刺激的なものだ。
「いないわね……クロスケ」
「うん」
ただし、今は仕事中だ。
観光をするなら別の機会にするべきだろう。
今はネコ……もとい、クロスケを探し出すことに集中するべきだろう。
ユイはミリダリの家の近くにある路地裏に足を踏み入れる。
ミリダリの家があるのはカンターレ通りと呼ばれている通りの近くの路地にあるのだという。
なのでユイはカンターレ通りの路地を中心にネコを探すことにした。
そうしていると、時折アンゼリカのものと思われる視線を感じるのだが、慣れてしまえばだんだんと気にならなくなって来たので放っておくことにする。
「ねぇクロスケがよく行く場所とかあるの?」
ふと、思いついたことを口に出してみる。
よくいる場所などとっくに探しているのだろうが、もしかしたらそのあたりにいるかもしれない。特に深い理由などないが、ふとそう思ったのだ。
「……うん。あるよ」
それに対して、返答が帰ってきた瞬間、ユイはやはり飼い主であるミリダリを連れてきてよかったと改めて思う。
やはり、飼い猫のことは飼い主が一番よく知っているからだ。
「それじゃ、次はそのあたりを探してみましょうか」
「うん」
そんな会話を交わしながらミリダリとユイはカンターレ通りを南へ進んでいく。
出発前、いつの間にか受付に戻っていたアンゼリカいわく、カンターレ通りというのは古くからの劇場が多く存在している上、ギルド通りからも近いため、役者やその卵のほか、駆け出しの冒険者が多く住む一帯なのだという。
そういうこともあってか、この通りには劇場へ足を運ぶ客と冒険者が入り混じっており、時々有名な役者だと思われる人を囲む人だかりができている。
そんな活気あふれた通りも一歩路地裏に入ると一変し、一気に人気がなくなる。
時々すれ違うのは明らかに住民だと思われる人たちばかりで先ほどのように観光客や劇場の客といった雰囲気の人とはすれ違わない。
「クロスケはね。ここら辺によくいるの」
路地裏に入ってから約10分。
ミリダリは行き止まりとなっている道の壁沿いで立ち止まる。
周りを見れば、劇場の裏口や家の勝手口、少し高めの塀など、ここに追い込まれたら厄介なんだろうなと思えるような要素が揃っている。
ちゃっかりと踏台代わりになりそうな木箱までおいてあるあたり、本当に誰かが追い込まれてきていたりするのかもしれない。
「うーん。見る限りいないわね……クロスケ」
しかしながら、今重要なのはクロスケを見つけることだ。そもそも、今自分たちを追跡しているのはアンゼリカだろうから、わざわざ逃げる必要もない。正直な話、彼女の意表をついて逃げてみようかとも思ったのだが、そんなことに体力を使う必要はないし、おそらく彼女はユイが一人でクエストをこなせるのか心配で見ているのだろうから、あまりそういった対応はしない方がいいだろう。
ユイは大きくため息をついて後頭部に手を回す。
いつもいる場所にも姿はなく、自宅周辺を探しても見つからない……捜索範囲をもう少し広げるべきか……
「あっそういえば……」
そこまで来てユイはある考えに至った。
ここへ来る途中、ミリダリは五日間帰ってきていないといっていた。なので昨日から家族総出で探しているのだと……だが、だからといって五日間帰ってこなかったからといって“その可能性”が全くないということは言い切れない。
「ねぇもう一か所探したい場所があるんだけどいい?」
「いいよ。どこに行くの?」
「それはね……」
ユイはミリダリに行先を伝えると、彼はまさかという思いからか目を丸くする。
「とりあえず、行ってみましょう」
ユイはそう促して彼とともに“ある場所”へと向かった。




