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第三十二話 騎士の手伝い(後編)

 遺跡の一角にある古びた家の前。

 正式なルートが使えなくなった今、彼女がこの場所に入ってきたルートに頼るしかないのだが、今ユイたちの目の前にある家屋は々見てもそのような出入り口があるようには見えない。


 この地下都市の出口として必要最低限の前提条件としては、何かしらの方法で上の層。つまり、この地下都市の天井を突き抜けている必要がある。

 しかし、目の前にある家には通路どころか煙突すらないように見える。


「……来るなら、早く……きて」


 しかし、ここまで案内したレモマールは来なければ置いていくと言外に言いながら建屋の中へと入っていく。

 ここから脱出する手立てがない以上、どこからともなくこの場所に紛れ込んできたレモマールに頼るほかないのだが、状況が状況だけに本当に彼女本人なのかという点から疑いたくなる。


「ねぇ……これってついていくべきなのかしら?」


 そうなれば、こんな疑問が出るのは当然と言えば、当然の流れだ。

 もし、これが遺跡への侵入者を始末するために幻影を見せる防衛システムのひとつだと、言われても納得せざるを得ない。


「でも、行くしかないよね」


 しかし、それしか手段が残されていないのもまた事実である。


 アンゼリカとユイ、アーサーはそれぞれ視線を合わせ誰からともなくうなづくと、同時にレモマールがいる建物の中へ向けて歩き出す。


「…………来るの……遅い」

「こんなところで知り合いとばったり出会って、あら偶然ね。なんてのんきな会話を交わせるような状況じゃないのよ。こっちは」

「……そう」


 アンゼリカとレモマールの間で短い会話が交わされ、それからレモマールは民家の奥の壁をコンコンとたたき始める。

 レンガ造りの壁をしばらくたたいていると、やがて一か所だけ音が違うレンガが見つかる。


「……今日、は……ここ……みたい」


 そう言いながら音が違うレンガを思い切り押すと、地面が揺れると同時にゴーという地響きに近いような大きな音を立てて壁が動き、その奥の階段が姿を現した。


「……これ、降りた、先に……ある階段……上ると、帰れる」

「……こんなところにこんな階段があったとは……」


 まさしく予想の斜め上を行く出口にアーサーは思わずそんな声を上げる。

 それはユイも同様で彼がなにも言わなければ似たようなことを言っていただろう。


 階段の出現に少なからず驚いている三人とは対照的に表情をほとんど変化させていないレモマールはそのまま階段を降り始め、それに続くような形でユイ、アンゼリカ、アーサーの順に階段を下りていく。


 暗い階段をゆっくりと降りていくと、踊り場を境に今度は上り階段へと変化をし、地上へ向けて伸びていく。


「……すごいですね。これは」

「……うん……とても、ここは……深いところに……あるの」


 会話をすると、音が階段の中で反響する。

 しかし、入り口となっている神殿もしくは町のどこかの地面ははいまだにみえない。


「……どこに出るの?」

「……わたしの……家の、中」

「えっ?」

「…………わたしの、家の……床下、倉庫……ここと、つながって……るの」


 想像以上の衝撃的な事実だ。


「……このことは、秘密……に、して?」


 そして、そのことに関してある種当然のように口止めをされる。


「……そろそろ、つく……」


 レモマールの口からそんな言葉が出るころには天井(おそらく倉庫の床)がすぐ上まで来ており、レモマールはそれを思い切り押して扉を開け、外に出る。


 それについて外に出ると、大量の武具が並んでいる倉庫の中に出た。


「……本当に倉庫とつながっていたんだ……」

「……いった、でしょ? 倉庫の……中だって」


 ユイのつぶやきに対するレモマールの態度は当然のことを言っていると言わんばかりだ。

 しかし、ごくごく普通の武器屋の倉庫と遺跡の中の建物が繋がっているなど、普通ならあり得ない。


「しかし、これは驚いたな」

「まさか、レモマールの店とつながっているとは……予想外です」


 ユイに続いて、アンゼリカとアーサーも階段を上がって来て、二人揃ってユイとにたような感想をのべる。


「なにが、そんなに……驚く、の?」

「驚かない方がおかしいだろ……こんな状況」


 当然といえば当然の反応だ。しかし、レモマールはどうもその反応が気に入らないようでこころなしか機嫌が悪いように見える。


「まぁまぁ地上に出て助かったんだし、この際細かいことは……」

「それもそうですね。レモマール。店先までの案内をお願いしてもいいですか?」

「……わかった」


 これ以上はまずいと判断したユイは急いで話題をすり替える。

 レモマールの不機嫌を読み取っていたであろうアンゼリカもそれに乗り、この話題を収束の方向へと持っていく。


「いやいや、さすがに倉庫の中と遺跡はおかしいだろう」


 ただ一人。アーサーを除いては。


「だから……それ、はもう、いいでしょ?」


 これにはレモマールをもってしてもあからさまに呆れたような態度を見せる。ユイ個人としてはアーサーが言うようにこれは結構な問題だと思うが、今はそれについて議論をするべきではないだろうとも思う。


「まぁアーサー。この話題はこれぐらいにしましょう。早く戻って現状を確認しないと……」


 そんなアーサーにアンゼリカはもっともらしいことを言って、話題を切り上げさせようとする。


「……うっまぁそれもそうか……」


 さすがにこれは否定しきれないのか、納得しきれていない様な態度を見せながらもアーサーはいったん引き下がる。

 それを見たレモマールは表情をいつもの無表情に戻し、三人に背を向けて歩き出す。


「……ついて、きて……」


 その言葉を残し、レモマールは歩き出す。

 それに続くような形でユイたちも歩き出し、店の外へと出ていった。




 *




 結論から言えば、被害は尋常ではなかった。

 遺跡の入り口の崩壊、神殿の一部損傷、調査のために持ち込んでいたもろもろの器具はすべて破損。


 幸いにも人払いをしてあったため、人的被害はなく、ユイたちが遺跡の中に足を踏み入れた事実がばれることもなかったが、実際の崩落から報告までの時間の間に何をしていたのかという追及をかわすのと事後処理に精一杯でレモマールの店を出た瞬間はまだ明かるからった天井もギルドに帰るころにはすっかりと真っ暗になっていた。


「……ひどい目にあった……」


 食堂でアンゼリカスペシャルという名の食べ物のような何かをほおばりながらアンゼリカがつぶやく。


「まぁ半分私たちの自業自得だけどね……」


 アンゼリカスペシャルをおごるという誘いを丁重にお断りしたユイは何の変哲もないライ麦パンを食べながら返答する。


「そうですけど……」


 アンゼリカが落ち込んでいるのを見ながらユイはライ麦パンの残りの一口をほおばる。

 今日、改めて食堂にきて分かったことは非常に残念なことに日本人の主食たる米がこの町にはないことだ。

 一応、メニューを一通り見てそれぞれの料理についてアンゼリカから解説を受けたので間違いはない。せめて、近いものでもいいから米があればよかったのにという希望はあっさりと砕かれてしまったのだ。


 毎日、当たり前のように食べていたのでこうも急に食べれなくなると、なんというか米が恋しくなる。


「……ユイさん。聞いてますか?」


 いつの間にかラガーと呼ばれるお酒が入ったジョッキを持ったアンゼリカに声をかけられる。


「アンゼリカ? いつの間にお酒を?」

「……あなたがボーとライ麦パンを食べた後にボーとしていた時ですよ。全く、そんなところから話を聞いていなかったんですか?」

「えっあぁごめんなさい……」


 どうやら、考え事に夢中になっていて、アンゼリカがラガーを受け取るために席を立ったことにすら気づいていなかったらしい。


「まったく。いいですか? さっきも言いましたけれどね。これはいくらなんでもひどい仕打ちだと思いませんか? 遺跡に閉じ込められた上、その事実の隠蔽から後片付けの手伝いまでされられて……なんでこうなるのよ!」


 アンゼリカが机をガンと拳で叩く。


 その様子からして、相当不満が溜まっているようだ。


 そのあと、約一時間にわたり、アンゼリカの愚痴を聞き、それが終わると同時にユイはふらふらとした足取りで自室へと戻った。




 *




 ユイは自室へと戻るとそのまま倒れ込むような形でベッドに横たわる。

 このまま寝てしまおうとも思ったが、すぐに根付け添えになかったので体制を仰向けにして窓の外に見える天井へと視線を向ける。


 それにしても不思議な町だ。暗がりに包まれる天井を見つめながらユイは思う。

 なぜ、この町は天井に覆われてしまったのだろうか? そもそも、これだけ巨大な天井をどうやって作ったのだろうか?


「本当に不思議な町」


 異世界に飛ばされて、天井がある町で冒険者。ムーンボウの町を出て活躍しようなんていう気は更々ないが、この天井の上にはどんな風景が広がっているのか気になってしまう。


「いつかは見てみたいかな。町の外……」


 そうつぶやいたあと、今日一日分の疲れも助かって、ユイは深い眠りについた。

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