海のデート、初キスはストロベリーフレーバー味
あれから何度か、コンビニで会い。ジュースやお菓子を口にしながらお互い他愛もない話で盛り上がった。
躑躅もだんだん啓斗に慣れてきたせいか、最初に会った頃の挙動不審な態度はほぼ見せなくなっていた。
むしろ最近では――。
「けいくん、口にアイスがついてるよ」
「は?どこだ?」
「ここ」
躑躅が指を伸ばし、啓斗の口元についたアイスを拭う。
「ちょっ!?おい!?」
「ふふっ、ごめんね」
こうして子供扱いしてくる方が増えていた。
他人と話すときは前髪の奥に隠れるように俯き、声も小さいくせに、なぜか啓斗相手だと妙に積極的になる。
どうやら完全に「自分よりちっちゃくて怖くなくて可愛い子♡」と認識されてしまったらしい。
解せないが、思いのほか悪い気分ではない――そう、ないのだ。
――だが。
「………」
常に思い浮かぶあの映像、数日前にテレビのニュースでみた未確認機―13年前にブラッド・ライアンだった自分を殺したあの紅黒いADMSのことが頭から離れない。
あれ以来、啓斗はネットやSNSで可能な限りの情報を漁った。
軍事系ニュースサイト。
海外の掲示板。
ADMS専門誌の電子版。
果ては、真偽不明の情報ばかりが飛び交う軍事オタクのSNSまで。
だが詳しいことは分からなかった。
分かったのは、機体の通称が《アンノウン》ということと、《《夜間の紛争地帯にのみ現れる》》という情報だけ。
そう、あの時も夜だった。
アル=ハディード市街地。燃え上がるビル群。夜空を横切る曳光弾。そして、三十五機もの《グヴェン》を瞬く間にスクラップへ変えたあの光景だけは鮮明に思い出せる。
(……《アンノウン》、か)
ずいぶん安直な呼び名だと思う。
だが所属不明、製造元不明、パイロット不明、機体名称すら不明となれば、そう呼ぶしかないのだろう。
目撃情報のほとんどは夜間。それも決まって紛争地帯に現れ、敵味方の区別なくADMSを破壊して姿を消す。
まるで――。
(戦争してる奴らを狩って回ってるみてぇだな)
そう考えたところで、
「……けいくん?」
いつの間にか、隣に座っていた躑躅が啓斗の顔を覗き込んでいた。
「ん?なんだ?」
「…さっきから難しい顔してる…何かあったの?」
「……いや、別に」
「ほんとに?」
「あぁ」
啓斗は手を軽く振りながら残っているアイスを口へ放り込む。
(…やめだやめだ、もう考えるのもばからしい)
躑躅に声を掛けられたところで、啓斗は自分が今悩んでることが馬鹿馬鹿しいように振り払った。
そうだ、ブラッド・ライアンだったころの自分はもう死んだんだ。
GM-91もない。
もう米軍兵士でもなければ、ADMSパイロットでもない。
今の自分はただの中学生のティーンエイジャー、神崎啓斗なのだ。
《アンノウン》がどこで何しようが今の自分には関係ない。
いや―むしろ知るものか。
この平和な日本にさえ現れなければどうでもいい。
そう自分に言い聞かせ、啓斗はアイスの木の棒をゴミ箱へと放り込んだ。
「そういや躑躅、今日はこれからどうするんだ?」
「え?」
「いつもみたいにこのまま帰るか?」
「……うん…そんそつもり…なんだけど…」
躑躅はそう答えながら、
「………」
何やら言いたげに啓斗を見つめる。
「どうしたんだよ?言いたいことがあるなら言えよ」
「……じゃあ」
躑躅は少しだけ躊躇した後、意を決したかのように口を開いた。
「けいくん、明日って……暇?」
「明日?」
啓斗は頭の中で予定を確認する。
夏休みなので学校に用はない、祝宿題も終わって午前中に自主トレする予定はあるが、それ以外に特別な用事はない。
「まぁ、暇っちゃだな」
「ほんと?」
「おう」
ぶっきらぼうにそう答えた瞬間、躑躅の表情がわずかに明るくなる。
「………私と…海に行かない?…」
………海?……今そう聞こえたか?
花火大会と並ぶ夏の二大リア充イベントの一つ。
男がピチピチの短パン水着を履き、女がギリギリ乳首が浮き上がるんじゃないかというエロいビキニを身につけ、ビーチでイチャイチャウフフしたのちに誰もいない場所でSEXを嗜むというあの伝説の!?
「……どっ、どうかな?…」
啓斗は考えた。
(マジで?真剣で!?、俺にこんな夏をときめく青春の1ページイベントが!?)
行きたい!!ものすごく行きたい!!!
前世のブラッド・ライアンだった時には海水浴なんてまともにした経験がない。
せいぜい軍のビーチで野郎が全裸で走り合いながら水を浴び、ある奴に至ってはこっそり岩陰で、ヌーディストビーチもののAVを見ながらシコっている。
そんな男臭く虚しい夏しか知らないブラッド・ライアンの記憶しか知らない啓斗にとって、女の子と海に行くなんてまたとない経験だ。
「………いや?」
「嫌じゃない!!行く!!絶対に行く!!!」
即答だった。
こんな機会を逃せば、自分にはもう2度か来ないかもしれない。
啓斗は首を縦にブンブン振りながら応答すると、
「良かった♡」
躑躅は安堵したかのように頬を赤らめた。
…………どうなる?俺のひと夏!?
◇
その日の夜、
俺は明日の海水欲に備えて、必要なものをまとめてみた。
水着。
タオル。
着替え。
財布。
スマートフォン。
モバイルバッテリー。
日焼け止め。
絆創膏や消毒液を詰めた簡易救急セット。
飲料水。
帽子。
サングラス。
防水ケース。
「…………」
腕を組み、装備を眺める。
「……っていやいや装備ってなんだよ」
そうだ、しつこいようだが自分はもう軍人じゃない、ただ一般市民。
たかが友達と海に行くだけだというのに。
完全に戦地に行くときの雰囲気にのまれている。
しずまれ神崎啓斗、そうだどうってことはない。
明日行く場所は戦場ではない、海なんだ。
弾丸の雨どころか血なまぐさい死体の山もない。
ただ夏のアバンチュールを楽しめばいいだけなんだ。
「…………」
だとしても、なんだこの胸の高鳴りは?自分は一体明日、何を期待しているんだ?
頭の中で何かがもやもや、もといムラムラする啓斗。……まさか!?
「まさか、躑躅と一発ヤレる事をか!?」
「エロ漫画の香りがしたわよ!!!」
「うぉ!?」
突然どこからともなく、母である麗奈が啓斗の背後に立っていた。
「母さん!?いったい何時から!?」
「何か……さっき一発ヤレるとかどうとかってところから」
(うゎぁぁ!!!よりによって一番最悪なところじゃん!!)
「啓斗?またお話ししなきゃいけないかしら?」
ニッコリ笑う麗奈、でも目は完全に笑っていない、しかも怒りの血管マークまで額にある。
「待って!!明日は健全に友達と海に行くだけだから!!!エロいこととか絶対にしないから!!!」
「…………本当に?」
首を蝋人形みたいに傾げる。完全にホラー映画のワンシーンみたいだ。
俺は全力で首をコクコクとうなずく。
「そう!よかった分かってくれたみたいで!」
すぐさまニッコリ笑ってポンっと両手を合わせる。
「本当に良かった、もし理解してなかったら去勢させようかと思ってたわ」
てへっっと笑いながら恐ろしい発言をする麗奈と、そのセリフを聞いて血の気が引いてゾっとする啓斗。
この母親、本気でキレたらマジで去勢しそうで怖い。
「とにかく、明日は健全に友達と遊んでくるのよ、間違っても如何わしい事はしないように、エッチとかセックスとか交尾とか」
(……母よ、あなたの口から交尾という言葉は聞きたくなかったよ…)
その夜、ドン引きした啓斗は、明日の海のアバンチュールに胸を高鳴らせながら、一夜を過ごしたのだった。
◇
そして、翌日。
「海だァァァ!!!!」
啓斗と躑躅は街の駅から10駅離れた海の街の海岸まで来ていた。
夏休みだから人だからはいっぱいだ、子連れの客にカップル、中にはガラの悪そうなナンパ野郎もいるかもしれない。
しかし、そんな事では今日を楽しむ事はできない。
今日は思いっきり海で青春を謳歌するだ!!そんな意気込みで叫ぶ隣で、
「くすっ、けいくん、なんだか楽しそう♡」
完全に海に来てはしゃいでいる弟を見るかのような保護者の目でこっちを見ている。
「なっ、なんだよ、悪いかよ」
「ううん、いっぱい楽しもうね」
躑躅は啓斗の後ろからムギュっと抱き着くと、豊満な胸の感触が後頭部に伝わってくる。
(うわぁ〜、いい香りがする!!ちくしょう、雌の香りプンプンさせやがって!)
なんて、下衆な気持ちが浮かんでくるが、そこは、
「ちょっ、躑躅離れろって、恥ずかしいだろ」
理性で払い除ける。あぶねぇあぶねぇ、もうちょっとで俺のご立派様がスタンドアップしそうだったぜ。
この柔らかな膨らみと感触は童貞の理性を破壊するには十分すぎる破壊力だ。
このままじゃ、理性に負けて女を抱きたい欲求が抑えられない。
…………啓斗は思った。……今なら少しだけマーカスの気持ちがわかる気がする。
「あいつ今どうしてるかなぁ」
「えっ?あいつって?」
「えっ、あぁぁいや、こっちの話」
(あぶねぇ、あぶねぇ)
今の自分には関係ない事、もう自分はブラッドじゃない、啓斗なんだ。
「ほらっ、行くぞ」
そう言い聞かせながら啓斗は躑躅の手を引きながら海の砂浜へと足を踏み入れた。
「……♡……」
そんな啓斗の様子をにこやかに見つめる躑躅。
けど、それは、幼い弟を見るようなものではない……完全に恋する乙女の顔になっていたのだ。
◇
夕暮れ時が近い時刻になった。
あの後、二人は水着に着替えて、海を満喫した。
啓斗はトランクス水着に着替えて待っていたら、躑躅が結構きわどいビキニできたので、啓斗のドキドキ(あとムラムラ)が襲ってきた。
(ちくしょう、男を虜にする雌の身体しやがって!!!)なんでさっきよりも下衆な欲望を抑えながら海を満喫することになった。
海で泳ぎ、ビーチバレーにスイカ割り、などなどで躑躅の胸がたゆんたゆんと揺れる。
啓斗はそれを見て、あっちの方がギンギンになりそうなのを必死に耐えながら、目を逸らす。
今でもそうだ。
ふざかあいながら、二人で追いかけっこをする。
躑躅を啓斗が追いかけると、
ぷるんぷるん!!♡
胸が揺れる。
(ちくしょう…おっぱいがぁぁぁ!!!…こうなりゃ隙みて、シ◯るか!?)
もうマーカスのことをスケベ野郎やオ◯ニー猿など貶すことなどできない。
そう思った次の瞬間だった。
「きゃっ!!」
躑躅が足を滑らせて仰向けに倒れた。
「おっ、おい大丈夫かって、うぉ!?」
どこかのスケベなエロラブコメまたな感じで啓斗も躑躅の胸の谷間に顔が落ちるかのようにうつ向けで倒れてしまう。
ムニュっと啓斗の顔面に躑躅の胸が覆いくし、完全に啓斗が躑躅を押し倒すかのような体制となる。
「けっ、けいくん……」
流石にこの姿勢は躑躅も恥ずかしいのか、顔を赤らめさせる。
……………………
(……………最低だ……俺って…)
躑躅に興奮ししてた自分が恥ずかしくて死にたくなってきた。
躑躅はきっと純粋に啓斗と海で遊びたかったはずだ、それなのに啓斗は躑躅のビキニ姿に興奮してそれどころじゃなかった。
「ごっ、ごめん、今どくから……」
「待って」
啓斗が躑躅から離れ立ち上がろうとした、時だった。
躑躅が啓斗の左腕をつかんだ。
その目はどこか潤んでいる。
「……ありがとう…」
「?何がだよ?」
「……私と友達になってくれて……」
「えっ?」
躑躅は上半身を起き上げ、啓斗を見つめる。
「私、こんな性格だし、引っ込み思案だから‥…友達がいなかったんだ……」
「…………」
「人と話すのも苦手で……いつも何を話したらいいのか分からなくて……相手の顔を見るのも怖くて怖くて……たまらなかった……」
躑躅はそう言いながら、膝を抱えるようにして俯いた。
潮風が彼女の長い髪を優しく揺らす。
「……だから、いつも一人だったの。学校でも……休みの日も……」
「………………」
「でもね……けいくんと出会ってから、毎日がすごく楽しくなったんだ」
「……俺と?」
「うん♡」
今度は、はっきりと頷いた。
「最初はね……ちょっと怖かったの。けいくん、見た目は可愛いのに、喋り方がすごく大人の人っぽいから……」
「……なんだよ、それ(実際に精神年齢は二周り以上年上だけどな」
「ふふっ、ごめんね」
躑躅は口元に手を当てて笑う。
「でも……けいくんは私が上手に喋れなくても、嫌な顔をしなかった。何を話しても、ちゃんと聞いてくれた……」
「……そんな大したことしてねぇよ」
「ううん。私には……すごく嬉しかったんだよ」
その言葉に、啓斗は思わず口を閉ざした。
「コンビニで一緒にアイスを食べたり……くだらないことで笑ったり……今日みたいに海に来たり……」
躑躅は水平線へと視線を向ける。
「……私ね、ずっと憧れてたの。友達と一緒に遊んで、笑って……夏休みの思い出を作ることに」
「…………」
「だから……今日は夢が叶ったみたいで……本当に嬉しかった」
そう言って、躑躅は微笑んだ。
夕陽に照らされたその笑顔は、いつものおどおどした彼女からは想像もできないほど、綺麗だった。
「……ありがとう、けいくん」
「…………」
……参った。
こいつは参ったぞ。
さっきまで水着姿の躑躅で興奮して、頭の中で下衆な妄想をしていた自分にとっては、女の子と海に行く事にはしゃいでいた。
けど、
(何を勘違いしてたんだ、俺は)
彼女にとっては今日は、ずっと憧れていた青春の1ページだったのだ。
そんな大切な一日に自分を誘ってくれたのだ。
それが、なんだか嬉しくて、もどかしかった。
「………躑躅…ありがとうな……」
「えっ?」
躑躅が不思議そうに首を傾げる。
啓斗は頭を掻きながら、少し照れくさそうに言った。
「俺みたいな奴を誘ってくれて……いや、それ以前に、」
啓斗は躑躅を見つめ、真っ直ぐな瞳で言った。
「俺と友達になってくれて」
「……!♡」
それは紛れもない本心だった。
ブラッド・ライアンとして生きていた頃、自分にとって夏とは、灼熱の砂漠と硝煙の臭いにまみれた季節だった。
照りつける太陽。焼けた鉄の臭い。砂塵にまみれた軍靴。
そして、いつ死ぬかも分からない戦場。
仲間と笑い合うことはあった。
酒を飲み、くだらない冗談を飛ばし、馬鹿騒ぎした夜だってあった。
だが、こんなふうに、ただ一人の女の子と海で遊ぶだけの平和な一日など、あの頃の自分には想像すらできなかった。
(……そうか)
啓斗はようやく気づいた。
自分が今日、あれほど浮かれていた理由。
それは決して、女の子の水着姿を拝めるからというだけではなかった。
自分にも、こんな普通の青春が訪れたことが嬉しかったのだ。
「お前が誘ってくれなかったら、今日ここにはきてなかったし、こんなに楽しい一日はすごせてなかった、本当にありがとうな」
啓斗はそう言って笑った。
それは、戦場で幾度となく死線を潜り抜けてきたブラッド・ライアンのものではない。
ただの少年、神崎啓斗の笑顔だった。
「…………っ」
躑躅の瞳が大きく見開かれた。
そして――。
それは、戦場で幾度となく死線を潜り抜けてきたブラッド・ライアンのものではない。
ただの少年、神崎啓斗の笑顔だった。
「…………っ」
躑躅の瞳が大きく見開かれた。
そして――。
「……けいくん……」
「ん?」
「……ずるいよ……」
「は?」
「……そんなこと言われたら……」
「たら……なんだよ?……」
ガバ!!
それは一瞬の出来事だった。
躑躅が啓斗を覆い被さり、啓斗の顔に自身の赤い顔を近づけ、
そして、
「んっ♡」
ちゅ。
啓斗と躑躅の唇が重なる。
それは、啓斗にとって、いや、ブラッドとしても初めてな、女の子とのキス。
しかも、唇同士のキス。
そのキスは……さっきかけっこの前に躑躅が飲んだストロベリーフレーバーのシェイクの味がした。




