第6話 地下水道
ルカとリーゼロッテは、ミアが咳の流行り病にかかって倒れたことをケヴィンへ伝える。
ケヴィンは、度肝を抜かれたように固まった。
「マジっすか……。いや、さっきまで元気そうだったのにな……。本当にここで、元気に箒を掃いていたんすよ――」
「え、ここ? この辺を掃いてたの?」
ルカが地下水道の入り口周辺を指差すと、ケヴィンは「そうです」と答えた。
「箒で掃いて、空気が舞って――」
それで、地下水道からの空気を吸い込んだか――
ルカは、吸い込み過ぎないよう、慎重に臭いを嗅ぐ。
「やっぱり、あの臭いするね……。ミアがこの辺の掃除をした直後にあんなことになって、やっぱり、この臭いの正体が咳の原因だと思うんだ」
ケヴィンも臭いを嗅いでみる。
「臭い……? あっ、確かに。今まで気になりませんでしたけど、最近この臭い、してたかもしれないっすね……」
「ケヴィン、こんなところで毎日寝てるのに、なんでアンタは無事なのよ……」
リーゼロッテが呆れたように見つめる。
ケヴィンは「知りませんよ……」とめんどくさそうに返した。
「やっぱり、今、確かめよう。町中でミアみたいに苦しんでいる人がいるんだから、なんとかしないと――」
ルカは、地下水道の扉のカギをガチャッと開けた。
ケヴィンが、慌てて止める。
「ちょ、待ってください。ぼっちゃん。何があるか分かりません。行ってはダメです」
「でも、こうしている間にも、たくさんの人たちが――」
「……でしたら、俺が見てきます。ぼっちゃんたちは、ここで待っていてください」
「えっ、ケヴィンが……!? それこそ危ないよ」
「昼寝しかしてないんだから、危険よ……!」
散々な言われようだ。
ケヴィンははぁっとため息をつき、クゥエルは小さく鼻で笑った。
「いいから、ここで待っていてください。必ず原因を突き止めて、ぼっちゃん方に報告します。俺だって、ミアさんが苦しんでいるのは嫌ですよ」
ケヴィンのいつもと違うキリッとした表情に、ルカはたじろいだ。
「ケヴィン……分かった。じゃあ、30分で1回戻ってきて。あと、これ付けて」
ルカはそう言って、自分の持っていた懐中時計と布をケヴィンへと渡した。
「分かりました。ありがとうございます。では、行ってきます」
ケヴィンは布で顔を覆い、槍を背負うと、地下水道への扉を開けた。
じめっとした空気と共に、煤の焦げた臭いがぶわっと立ち込める。
彼は扉を閉めて、階段を下りていった。
「ケヴィン、大丈夫かしら……」
リーゼロッテが心配そうに扉を見つめる。
黙っていたクゥエルが口を開いた。
「……てめぇら、あの若造が毎日あんなところで延々と昼寝をしていると、本気で思っているのか?」
「違うの……?」
リーゼロッテはキョトンとする。
しかし、ルカはなんとなく気づき始めていた。
「……ケヴィンって、もしかして――強い……?」
「……だが、この気配――ひとつひとつの気配が小さすぎて気づかなかったぜ……こんなにいたのか……」
2人がソワソワしている隣で、クゥエルはボソッと呟いた。
◇
地下水道へ到着したケヴィンは、目の前に広がる光景に愕然とした。
「マジかよ……ここ、人里なのに……」
「ケケッ」
「ケケケッ♪」
小悪魔のような見た目の魔物――インプ。
その数50……100……いや、もっといる。
通路の奥まで黒く埋まり、床が見えない。
普通、人里には魔物は湧かない。
ここは、上の町とは物理的に隔離された地下水道ではあるが――
魔物が湧いたとしても、せいぜいスライムが数匹程度だ。
ケヴィンは、あることに気づいた。
このインプの吐く息――焦げた煤の臭いだ。
「……こんなことなら、筋トレじゃなくてここの魔物退治しとくんだったな」
槍を構え、インプの大群へと飛び込んだ。
まるで自分の身体の一部かのように槍を操り、華麗に舞う。
「ゲーッ!」
「ゲゲゲ……」
ものすごい勢いで殲滅していく。
毎日筋トレしかできなかった鬱憤でも晴らしているかのようだ。
「ふぅ……奥に感じる気配。あれを倒せば――」
通路にひしめき合っていたインプたちを一掃したケヴィンは、地下水道の奥へと進んだ。
「ギャッギャッ!」
奥の行き止まりに、ひと際大きいインプがいた。
全身に黒い気をまとっている。インプを生み出している元凶で間違いない。
「……ボスインプか。お前が元凶だな? すぐ、終わらせ――」
――ケヴィンが槍を構えた、その瞬間だった。
「……ッ!?」
鈍痛が、足を襲う。
右足首に、噛まれたような傷ができていた。
途端に、視界が揺らぐ。
「クソッ、何だ今の――毒……!?」
ガクッと膝を突き、揺らぐ視界の中で、ボスインプを見上げた。
「ん、なんだ……!?」
ボスインプの側に、猫のような見た目の獣がいる――
あいつが、足を噛んだのか……?
視界がかすみ、ボスインプの作る影のせいで、毛色などはよく分からなかった。
その猫はボスインプを尻尾で軽くはたく。
すると、元々赤く光っていたボスインプの瞳が、更に強い光を煌々と放ったのである。
「ギャギャーッ!」
豪快に叫ぶボスインプ。まるで、湧き上がる邪気を喜んでいるようだ。
「……嘘だろ。こんな状況で、バフだと……!?」
猫は、ぴょんと飛び上がると、どこかへ消えた。
――あぁ、ここまでか。
一瞬諦めかける。
しかし、30分で戻ってこいと自分に伝えたルカの姿が思い浮かんだ。
「……ダメだ。ぼっちゃんが、来てしまうかもしれない……。刺し違えてでも、このインプだけは――」
震える足で立ち上がり、槍を構えた。
――その時。
「ガルル……わんっ!」
ケヴィンよりも遥かに大きい真っ白な狼が、彼を守るように前に立ちはだかった。




