第4話 町の様子
「それでは、フォルカー、カサンドラ、本日も行って参ります」
「行って参ります」
フォルカーとカサンドラ。このエルマン邸に住むオーレンドルフ夫妻であり、アルメル騎士団の団長と副団長を務めている。
エルマン家には、王都暮らしの頃から仕えていた。
「パパ、ママ、行ってらっしゃい♪」
一人娘のリーゼロッテを始めとして、屋敷に住む皆に見送られ、2人は今日もアルメルの町のため、宿舎へ向かった。
「さて、私たちも行くとしようか、エレオノーラ」
「はい、ラウレンツ様」
自分の両親も出かける準備をしていたので、ルカが彼らに歩み寄る。
「お父様とお母様も、今日はお出かけ?」
「あぁ。今日はいくつかの農村の様子を見てくる。帰りは夕方になるだろうから、ミアとケヴィンの言うことを聞いて、お利口さんにしているのだぞ」
ラウレンツが言う。
エレオノーラが心配そうにルカの前でしゃがんだ。
「ルカ。いいですか? 屋敷の中に缶詰めにするつもりはありません。ですが、あまり遠くまで行ってしまうのは……」
「うん、お母様。この間は心配かけてごめんね。僕、今日は町の中で過ごすよ。約束する」
ルカがそう言うと、エレオノーラは「あぁ、ありがとう。わたくしの可愛い坊や」と、彼を抱きしめた。
ラウレンツとエレオノーラを見送ると、ルカとリーゼロッテもまた、出かける準備を始めた。
今日は冒険者のローブは羽織りはしない。
今回町に行く目的は、咳の原因の調査だからだ。正体を隠す必要もない。
だから一人ではなく、リーゼロッテも、クゥエルも一緒に行く。
ロビーには、メイドのミアと料理長が待っていた。
「ルカおぼっちゃま。リゼお嬢様。お出かけになるのであれば、こちらをお付けください」
ミアが渡してきたのは、2枚の布切れだった。
「あっ、そうだね。最近町の人たちも付けだしたよね」
ルカはそう言って、受け取った布で口元を覆った。
リーゼロッテもまた、布で顔を覆う。
「料理長は、何かおつかい、頼みたいんでしょ~?」
彼女にそう言われ、料理長はギクッと反応した。
「ははは。さすが、リゼお嬢様。ええ、実はリンゴを切らしてしまいまして、3個ほどお願いしてもよろしいでしょうか?」
「うん、僕たちで買ってくるよ。いつも美味しいアップルパイありがと」
ルカは快く引き受け、料理長から代金をもらった。
ルカたちが「いってきまーす」と出かけていくと、ミアは裏庭へと向かった。
そこでは、ケヴィンが片手で腕立てをしていた。
「ケヴィンさん。訓練中失礼します。おぼっちゃまたち、お出かけになりました。あんなことがありましたので、追いかけなくても大丈夫でしょうか?」
ケヴィンは、汗を垂らしながらふっと微笑む。
「大丈夫です。ぼっちゃんは、奥様の涙にかなり堪えているようでした。もう奥様を泣かせるようなことはしませんよ。そういうお方ですから」
「ふふっ、そうでした。いらない心配でしたね。はい、ケヴィンさん。お水、ここ置いておきますね」
「すみません、いつもありがとうございます。あっ、ぼっちゃんが帰ってきたら、また教えてくださいね」
「はい。寝たふりをしないといけませんからね」
ミアはふふっと笑いながら、裏庭の掃除を始めた。
これが、エルマン邸に住む人たち。
エルマン邸の、いつもの光景だ。
しかし、ミアが裏庭の隅にある、『地下水道への入り口』付近を掃除していた時だった。
「コホッ」と小さく咳をしたのは、いつもの光景ではない。
◇
ルカたちは、町の市場へと向かった。
ワゴンに置かれたカゴに、たくさんの野菜や果物が山積みになっている。
しかし、どれも小さくしょぼくれていて、美味しくなさそうだった。
「毎日毎日、こんなヒョロいニンジンばっか。この町の連中は、よくこんなものを食ってられるよな」
魔道士ニールだ。
ヒョロヒョロのニンジンを摘まみ上げて、嘲笑っている。
隣にいた同僚の魔道士は「おい、お前マジでやめろって」と、うんざりしていた。
ルカたちも商人と共にその会話を聞いてしまったが、反論できずにいた。
本当にニンジンがヒョロヒョロだったからだ。
リーゼロッテが今にも飛び掛かりそうなのを、ルカは腕を掴んで必死に抑えた。
しかし、ルカもまた奥歯をギリッと噛み締めた。
悔しいのは、同じだ。
すると、それを見たクゥエルは、皆に気づかれぬようトントンと小さく足踏みをした。
誰にも気づかれぬまま光った肉球は、ニールの眼前に、ライオンの獣人のような幻影を映し出した。
刺殺されてしまうかのような鋭い眼光に、一瞬で食いちぎられてしまいそうなほどに突き出た牙。
「うわぁぁぁっ!」
ニールは、突然目の前に現れた〝捕食者〟に、情けない声を上げながらその場で腰を抜かした。
「なっ、お前、何やってんだ? こんななんにもないところで……」
同僚が呆れ気味に見下す。
ニールの前には、既に幻影はいなくなっていた。
「あ、あれ……? 今、確かにそこに――あれ……!?」
彼が辺りを見回すと、クスクスと笑いながら目を合わせないように歩く町人たちの姿があった。
「クソが! おい、帰るぞ!」
「……なんなんだよ、まったく。コホッ、コホッ」
ニールは顔を真っ赤にして「その咳俺に移すんじゃねぇぞ!」と怒りながら、同僚を引っ張ってその場から去っていった。
「何? 今のあいつの情けない顔……」
ドン引きするリーゼロッテ。
ルカはニールのあまりにも不可解な行動に、目をぱちくりとさせていた。
それと同時に、教会の人たちにも咳が広がっていることに気づいた。
「にゃぁ~?」
クゥエルは、人前なので猫の鳴き声を真似て呆けると、ふっと鼻で笑った。
気を取り直して、ルカはリンゴを3つ買った。
リンゴの入った布袋を受け取ると、ルカたちは町の調査へと戻る。
「うーん、咳の原因なんて、そこら辺に転がってるわけないか……」
「ここ最近、毎日町の様子を見てるけれど――だるそうに咳をする人ばっかになってきたわね……」
リーゼロッテははぁっとため息をついた。
町の人々も、明るく振舞っているように見えて、どこか限界を感じる。
なんとかしてあげたい――
ルカはその一心で、町を歩き回った。
休憩がてら、顔の布を外した時だった。
――ふと、焦げた煤のような臭いが、ルカの鼻をツンと刺激した。
「……ん? 今の臭い、何……? こっちの方からだ――」
ルカは、細い路地を見つめた。




