第1話 謎の回復の雨を降らせていたのは、領主の息子でした
今日も魔道院の礼拝堂の入り口に、たくさんの人が列を作っていた。
コン、コンと、乾いた咳が聞こえてくる。
その列に、今日も小さな影が紛れ込む。
全身を子ども用の冒険者ローブに身を包み、顔までフードをすっぽり被っている。
ローブの中には、何か丸いものを抱きかかえている。
「ぷにぷに。今日もお願い。みんな咳が辛そうだから――」
小さな声でそう呟いた。
「きゅ♪」
可愛い鳴き声が聞こえたかと思うと、ローブの中が緑に淡く光った。
その瞬間――
魔道院の周辺に、キラキラと癒しの雨が降り注ぐ。
列を作る人々は、不思議そうに空を見上げた。
雨はすぐに止み、人々は呆気に取られる。
彼らが、自身の咳が止まっていることに気づいたのは、魔道院の魔道士アマンダに呼ばれた時だった。
「お待たせ致しました。順番に回復料を納めて、中にお入りください」
アマンダがそう言っても、誰も動かない。
皆、自身の変化に気づいたからだ。
「あ、すみません……なんだか、症状が良くなったみたいです。なので私、やっぱり回復魔法は要りませんでした。失礼します」
「俺も」
「私も」
「えっ、あっ――」
戸惑うアマンダ。
彼女をよそに、列を作っていた人々は、早々に解散していった。
礼拝堂の中から、別の魔道士ニールが現れる。
「おい、またなのか……? なんなんだ、町人の嫌がらせか?」
怒り気味にそう言う彼へ、彼女はこう答えた。
「でも、この町で変な咳が流行っているのは事実でしょう? 町の人たちは本当に困って、お金を払ってでも症状を緩和させたくて来ているのよ。まるで、その人たちを待っていたかのように、この辺で誰かが回復魔法でもかけているかのよう」
「冗談はよせ、アマンダ。魔法は――俺ら魔道士の特権だぞ。俺ら以外が魔法を使うところなんて、今までに見たことあるか? 絶対ありえねぇだろ。それこそ、今は絶滅したと言われている異端でもない限り――」
「……そうよね。それに、20人は並んでいたわ。それを一気に回復だなんて、私たち下っ端にはできっこないわ。それこそ、院長でもないと――」
「あの腹黒院長が無料で回復してるとでも言うのか? せっかく、金を稼ぎ放題な今に、わざわざ? ありえない」
「ちょっと、ニール。そんな言い方は不謹慎よ。町の人々に失礼でしょう。誰かが聞いていたらどうするの、戻りましょう」
ニールの背中を押して、礼拝堂へと詰め込む。
「別に聞かれてたっていいだろ。あいつらは、俺らにすがるしかないんだから」
ニールは愚痴りながら、渋々礼拝堂へと戻っていった。
礼拝堂の入り口を閉めようとしたアマンダは、何かの気配を感じて、通りを振り返った。
しかし、通りには魔道院など見向きもせずに、行き交う人々ばかりだった。
でも今確かに、誰かがこちらを見ていたような……。
そういえば、あの冒険者ローブの子、昨日もいたような……?
「気のせいかしら……?」
アマンダは首を傾げながら、中へと戻っていった。
◇
ルカは、頭のフードが外れないように手で押さえながら、足早に大通りを進む。
さっきまでいた魔道院から、できるだけ離れるように。
「あっぶない、あぶない。今、アマンダさん、こっち見たよね?」
「……きゅ?」
「って、ぷにぷには見えてなかったね。ごめん、ごめん」
「きゅ♪」
バレたら異端扱いで、何をされるか分かったもんじゃない。
アルメルの町の最奥にある『エルマン邸』の裏口へと回る。
裏庭で、見習い騎士のケヴィンが屋敷にもたれかかって昼寝をしていた。
槍を抱えたまま、寝ている。
全く、毎日毎日、呑気なもんだ。
ルカは裏口からこっそり帰還した。
この時、ケヴィンが寝たふりをしていたことなど、ルカは知る由もなかった。
屋敷に入ると、幼馴染のリーゼロッテが出迎えてくれる。
7歳のルカよりも、2歳上のお姉さんだ。
「ルカ、お帰りなさい。今ならミア、台所の掃除をしているから、チャンスかも」
「ありがとう、リゼ。よし、僕の部屋に行こ」
「ええ」
いつものように、2人でこそこそとルカの部屋に入る。
ルカは、ようやく冒険者のローブを脱ぐことができた。
猫耳のついたオレンジ色のスライム『ぷにぷに』が、ぴょんと飛び出す。
「きゅきゅ♪」
ぷにぷにはご機嫌そうに、短い尻尾をピンと立てた。
「ふぅ。やっぱりあの量のスキル発動は、魔力を食うなぁ……。今日もめちゃくちゃ疲れたよ。ぷにぷにもお疲れ様」
「きゅ♪」
ルカが手のひらを床にかざすと、光る魔法陣が出現。
ぷにぷには魔法陣へと乗り、それと共に消えていった。
「ルカ、お疲れ様。今日は、何人くらい並んでたの?」
リーゼロッテが尋ねる。
「んー、20人はいたかなぁ……。昨日よりもちょっと多いかなとは思ったね」
ルカはぐったりとしながらそう答えた。
一気に魔力を消耗したせいで、もうヘトヘトだ。
「そう、日に日に増えていっちゃうわね……」
リーゼロッテはシュンとする。
確かに、この謎の咳、どんどん蔓延している。
窓際で昼寝をしていた白猫のクゥエルは、ぴょんと飛び降りると2人の前でお座りをした。
甲高くコミカルな口調で、こう言う。
「その程度の魔力消費で音を上げてんじゃねぇ。ちょっとはマシになったかと思ったが、まだまだひよっこだな」
「もう、くぅちゃん。そんな言い方しなくたっていいじゃない。教会の魔道士以外で回復魔法を使えるなんて、それだけでも超すごいことなんだから」
リーゼロッテはぷくーっと頬を膨らませた。
こうやってかばってくれるところは、昔から変わらない。
しかし、クゥエルは「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「まぁ、僕がまだまだ未熟なのは認めるよ。それにしても、なんでこんな咳が流行ってんだろ? 僕たちは今んとこ大丈夫だけど、やっぱり根本の原因を突き止めた方がいいかも」
ルカがそう言うと、リーゼロッテは地団駄を踏んだ。
「絶対、マギア教の教会の仕業よ! パパが今日出かける前に言ってたんだけどね、ウィズの森のウルフたちが活性化しちゃってるんだって」
ウィズの森だって?
回復薬の調合には必須の、薬草がたくさん採れるところだ。
「えっ、そうなの? それじゃ、回復薬も作れないじゃないか――だから、教会に並ぶ人たちの数も増えてきたのか……」
「それで、回復料をせしめるために、教会の連中がウィズの森にウルフの群れを放ったってか? それはリゼ、考えが飛躍しすぎだ。教会の連中は確かに魔法を使えるが、魔物を発生させるなんてこと――悪魔にでも魂を売らない限り、不可能だ」
クゥエルが言う。
「そう……。だったら、教会の魔道士の中に、悪魔に魂を売ったやつがいるんだわ!」
やけくそにそう言うリーゼロッテに、ルカはぷっと噴き出した。
「リゼ、教会のこと、ホントに嫌いだよね」
「そりゃ、嫌いよ! だってあいつらは、ケヴィンの両親を――」
リーゼロッテは悔しそうに唇を噛む。
ルカは、諭すようにこう言った。
「リゼ。それは、別の魔道院の話。アルメルの魔道院がやったわけじゃない。ニールってやつは確かにウザいけど、アマンダさんみたいに、良い魔道士もいる。教会が全部悪いんだって決めつけちゃうと、本当の原因を見逃しちゃう気がするんだ」
「ルカ……。そうね、ごめんなさい。あなたって、時々、私よりもお兄さんに思えるくらい、大人なことを言うわよね」
「え、そうかな? ほら、僕、領主の息子だからさ、しっかりしなくちゃって、勉強たくさんしてるから、あははは……」
ルカが早口で言い訳をすると、クゥエルはやれやれとため息をついた。
「行くんだろ、ウィズの森。念のためオレ様もついていってやる」
クゥエルが言う。
「そうなんだけど、魔力を使って、僕今、絶賛ヘロヘロ中……」
「ったく、ひよっこ召喚士め……」
リーゼロッテが何かをひらめいたようにこう言う。
「そうだわ。今行っても、パパたちの騎士団がウルフの討伐に向かっているところだし、パパたちが帰ってきてから行きましょ。それに、料理長がアップルパイを作ってくれてるはずよ」
「やったー! アップルパイ大好きだって言いまくったかいがあった! リゼ、くぅちゃん、まずは腹ごしらえだ。台所へ、ゴー!」
リンゴは、微量ながら魔力を回復してくれる。
ルカは万歳をして喜んだ。
◇
ラウレンツ・エルマンの治める、田舎の領土、エルマン領。
干からびていたこの領土の領主にラウレンツが就任したのは、4年前のこと。
ルカが彼に拾われたのも、その頃である。
4年前に比べると遥かにマシにはなったが、謎の疫病に森の魔物の活性化。
問題は、増える一方だ。
ルカたちはアップルパイで魔力補給をしながら、『アルメル騎士団』の帰りを待つ。
騎士団がウィズの森でのウルフ討伐を終えて帰ってくると、小さな3つの影が、昼下がりのアルメルの町へと飛び出した。
騎士団長のフォルカーは、領主の部屋を訪れていた。
「ラウレンツ様。本日も、ウルフはあらかた討伐しましたが……森中を捜しても、ウルフリーダーを見つけることはできませんでした」
「そうか、フォルカー。ご苦労だった。ううむ……こうして連日ウルフが大量発生するなんて、その核となるボスがいると思ったのだが、私の思い過ごしだろうか。念のため、明日もウルフリーダーの捜索をしてくれ」
「かしこまりました! このフォルカーにお任せください」




