崩壊する世界秩序
拳。
ただそれだけ。
だが、その拳が空間を押し潰した。
衝撃波が発生し、空気が圧縮され、山脈の尾根がまとめて吹き飛ぶ。
しかし。
寅の前脚がわずかに動いた。
爪が拳を受け止める。
衝突。
その瞬間、衝撃は球状に広がり、周囲の山脈がまとめて崩落した。
「……ほう」
寅の口元がわずかに歪む。
「怒りに任せた拳ではないな」
申の仮面が軋んだ。
「当たり前じゃ」
次の瞬間。
拳が消えた。
残像だけが残り、次の瞬間には十数発の打撃が同時に叩き込まれる。
拳。
蹴り。
掌。
肘。
ありとあらゆる武技が、嵐のように叩き込まれる。
だが寅は動じない。
巨大な身体が微かに揺れるだけで、その爪と牙が一撃一撃を受け止めていく。
そして。
寅の尾が振られた。
ただの尾の一振り。
それだけで大地が裂け、申の身体が数百メートル吹き飛ぶ。
山を三つ貫通し、岩壁を粉砕しながら止まった申は、ゆっくりと立ち上がった。
仮面の奥で笑う。
「……やはり強いのう」
寅の瞳が細くなる。
「お前もな」
そして。
二つの存在が、同時に踏み込んだ。
空が砕けた。
拳と爪が衝突し、衝撃波が雲を消し飛ばし、山脈が紙のように崩れていく。
それは戦闘ではない。
天災だった。
大地が裂け。
山が崩れ。
魔力の嵐が空を覆う。
災冠同士の衝突。
世界の頂点同士の戦い。
その余波は、遠く離れた灰森にも届いていた。
灰森の竜巣。
森の奥で、竜は空を見上げていた。
遠く。
はるか遠く。
それでも分かる。
空気が震えている。
魔力が波のように押し寄せてくる。
あれは戦いだ。
主が小さく呟いた。
「……災冠」
竜は静かに息を吐く。
寅。
そして今、寅と戦っている存在。
どちらも、桁が違う。
竜は理解していた。
「まだ」
声は低い。
「届かない」
しかし。
竜は地面に爪を立てた。
「強くなる」
界主が支配する層が鳴る。
森の奥で、断牙の王が立ち上がる。
翠角の賢王の角が淡く光る。
蒼湖の水面がゆっくりと揺れる。
毒海の八首が毒霧を吐き出す。
遠くの空では翼王が旋回していた。
誰も言葉を発しない。
だが、意思は同じだった。
次に来る戦い。
その時には。
今より強く。
同じ頃。
世界の各地でも、異変が観測されていた。
北方帝国。
皇都の天文塔で、観測魔術師が震える声を上げる。
「空間魔力が……暴走しています」
帝国皇帝が静かに問う。
「場所は」
「……武極闘界」
皇帝はゆっくりと目を閉じた。
「災冠が動いたか」
その一言で、部屋の空気が凍り付いた。
聖域都市連盟。
神殿の奥で、大司祭が祈りを止めた。
「……魔王の出現」
灰森の竜。
そして、本格的に始まる災冠の戦い。
「世界を救わねば」
東方群島。
影潮衆の首領ミカゲが、遠い空を見ていた。
「……面白い」
影が揺れる。
「世界が荒れるぞ」
そして。
遥かな空島。
星の海を見下ろす場所で、一体の竜が静かに目を細めた。
辰。
十二災冠。
天翔の星竜。
「始まったか」
星を観測するその瞳は、灰森の竜巣を見ていた。
小さな芽。
まだ未熟な存在。
しかし。
「面白い」
その言葉と共に、星が瞬いた。
世界は動き始めていた。
そして。
灰森の竜巣もまた。
次の戦いへ向けて、静かに牙を研ぎ始めていた。




