牙を持つ巣
黒角熊の足音が遠ざかったあとも、胸の奥の脈はなかなか静まらなかった。地上での衝突は短く、だが重かった。あの唸り、あの踏み込み。森はまだあちらの形をしている。ならば、形を奪うしかない。
巣へ戻る。入口は狭すぎた。あの巨体を通すには足りない。私は土を削り、石を噛み砕き、傾斜をゆるくする。広げる。広げすぎれば崩れる。何度も崩し、何度も作り直す。支えになる層を見つけ、柱を残し、曲がりを減らす。今度は曲げない。まっすぐに、だが逃げ場のない角度で落とす。
上層を一段落とし、広間を作る。熊が踏み込めば土が沈むよう、下に空隙を残す。
共生している虫が集まってくる。甲殻虫は崩れた壁に群れ、湿りを吸い、薄い殻で表面を固める。スライムは死骸の残りを溶かし、通路を滑らかにする。以前は追い払っていたが、今は違う。残す。増やす。虫が集まる場所は崩れにくい。スライムの膜は摩擦を減らす。私は通路の一部に湿りを残し、彼らの居場所を作る。共にいるほうが強い。
入口は広くなった。熊の角が触れない高さ、前肢が振れる幅。奥へ進むほどに足場は脆くなる。支えを抜けば落ちる。踏み込ませ、落とす。広間こそが私の牙だ。
私は何度も地上へ出て、熊の足跡を確かめる。水場へ向かう道は変わらない。重い踏み跡の深さを測り、角度を読む。あの巨体が走るとき、最初に沈むのはどこか。地面の癖を覚える。
夜、森の奥で熊が吠えた。「ォオオオッ」。縄張りの声だ。私は巣の入口でそれを聞き、喉を鳴らす。今度は逃げない。誘う。
通路の最奥で、百足の殻が軋む。固定した体は支柱になり、巣の一部として鳴る。奪ったものが、形を変えて私を支える。
掘る。削る。広げる。
森の形が、少しずつ変わっていく。今度は明確だ。いつか来る敵ではない。王を堕とすための巣だ。
そして私は知る。広くした入口は、同時に危険も招く。ゴブリンの足音が一度だけ近づき、火の匂いが薄く漂った。人の匂いも、遠くにある。森は静かだが、完全ではない。
それでも掘る。
次にあの唸りが近づいたとき、地面が応えるように。




