森の王
百足を巣に固定した夜、森は妙に静まっていた。地中に残る振動は薄く、代わりに遠くから重い足音がゆっくりと近づいてくる。あの質量だ。踏みしめるたびに、森が軋む。
私は地上へ出た。傷は塞がりきっていない。酸で焼けた鱗が引きつる。それでも退く気はなかった。百足を呑み、巣は深くなった。確かに増している。
黒角熊は水場の手前に立っていた。黒い体毛が月を吸い、角が鈍く光る。こちらを見た瞬間、低い唸りが森を震わせた。
「グルル……」
腹の奥に響く音だ。警告でもあり、確認でもある。
私は喉を鳴らし返す。逃げないという意思表示。地面の振動が止まる。次の瞬間、熊が踏み込んだ。
速い。
巨体が嘘のように地を滑り、前肢が振り下ろされる。空気が裂け、衝撃が地面を叩く。私は横へ跳ぶが、爪先がかすめ、土ごと弾き飛ばされる。肺の空気が抜ける。
熊が吠える。
「ガアアアッ!」
耳鳴りがする。森の鳥が一斉に飛び立つ。
私は立ち上がり、低く構える。地面を蹴るとき、足裏に違和感が走る。熊の周囲の土が、わずかに軟らかい。魔力だ。踏み込む瞬間に層を緩め、相手の足を取る。
再び衝突する。私は角の横へ回り込み、肩へ噛みつく。牙が毛皮を裂くが、筋肉は厚い。熊が唸り、体を振る。私は振り払われ、地面を転がる。
「ギャアッ!」
喉から勝手に声が漏れる。痛みが走る。身体が軋む。
熊は止まらない。土を蹴り、角を低く構える。突進。私は避けきれず、脇腹を掠められる。血が飛び、温かい匂いが立つ。互いに距離を取る。熊の肩にも傷があるが浅い。呼吸は乱れていない。こちらは違う。足がわずかに震える。
熊が再び吠える。
「ォオオオッ!」
森全体が応えるように震える。これは縄張りの声だ。ここは自分の森だと、宣言している。
私は一歩だけ下がる。巣の入口が背後にある。地上では不利だ。地中なら違う。だが今は、まだそこまで引き込めない。
熊が一歩前へ出る。
土が沈む。私は計算する。勝てないわけではない。だが今ではない。
熊が鼻を鳴らし、ゆっくりと背を向けた。追わない。必要がないのだ。私が森を脅かすほどではないと判断したのだろう。
重い足音が遠ざかる。森の振動が落ち着く。
私はその場にしばらく立ち尽くした。胸が上下する。血が地面に落ちる。
悔しさに近い何かが、体の奥で燻る。
まだ足りない。
森の王
種族名 黒角熊
説明 強い。めっちゃ強い。ドン引きするほど強い。薪拾ってる子ども襲って、さらうの失敗したーって
レベルじゃない。




