王都、動く
王都マーレミアの上空は、重かった。
潮の匂いを含んだ風が城壁を撫で、港に並ぶ軍船の帆を鳴らす。
海戦国家の本拠は、常に動き続ける都市だ。だが今日の動きは違う。静かに、だが確実に“戦”の気配を孕んでいる。
謁見の間で、ヴァウデオウス五世は立っていた。
巨大な体躯。筋骨隆々の腕。だが声は柔らかい。
「カイ」
跪く青年の背は、広い。だがその広さの中に、まだ抜けきらぬ若さがある。
「討伐隊は壊滅した。……エリスは?」
「最深層にて戦死。命令を遂行するため、私を退かせました」
王は目を閉じる。
一瞬だけ、母の顔になる。
「……そうか。あの子らしい」
沈黙。
だが次の瞬間には、王の目は戦場のそれへと変わっていた。
「灰森の竜は、ダンジョンとして完成しつつある。放置すれば、王都まで森が届く」
ざわめく将軍たち。
グラシアは冷静に問い、ディルムッドは腕を組む。
「正面侵攻では損耗が増えますな」
「ならば、沈める」
王の言葉は短い。
玉座の横に置かれている巨大な大剣。
それがゆっくりと持ち上げられる。
海砕大剣アビスラグナ。
刃は青く澄み、だが内部に水流が渦巻いている。
これはただの剣ではない。
王家に伝わる継承媒体。
海域そのものを術式化する杖。
「灰森は海に近い。地下水脈も繋がっている。層を満たす。流れで押し潰す」
それは単純で、残酷で、そして合理的な作戦。
水没作戦。
ダンジョンという巣を、呼吸できぬ空間へと変える。
カイは拳を握る。
(主を狙うのではない……核を狙う)
エリスの最期がよぎる。
「準備に三日。偵察を先に出せ」
王の命は下された。
灰樹海の外縁。
三人の魔導兵が伏せていた。
軽装。沈黙。気配遮断。
「……森が濃い」
「いや、森じゃない」
木々はただの木ではない。
根が動く。
菌糸が呼吸する。
一人が魔眼術式を展開する。
視界が変わる。
魔力濃度が異常だ。
「報告。通常森域の三倍……いや、四倍近い」
その時。
地面がわずかに震えた。
「……?」
木の根が動く。
いや、動かされている。
遠く、地中で何かが蠢く。
層が再編されている。
「撤退——」
言い終わる前に、地面が裂けた。
だが襲撃は来ない。
代わりに現れたのは——
灰殻界主の操る骨の騎士。
「……王級」
魔導兵の顔が引きつる。
さらに奥。
巨大な甲殻の影が蠢き、
樹木の間に多層の檻が形成され、
地面の下で蠕動する気配が巡る。
やはりこれはもはや巣ではない。
「……四層、支配個体を確認」
報告石が震える。
王都に届いた文言は、短かった。
《灰森の竜巣、王級を超える個体四体確認。単層制圧不可》
王は報告を聞き、静かに拳を握りしめた。




