侵入
最初に異変を告げたのは、壁の奥で土が削られる低い擦過音だった。獲物の足音よりも重く、一定の間隔で層を裂いてくる。腹を壁に押しつけると、硬い節が土を押しのける振動が骨に伝わる。上層の一部が耐えきれずに崩れ、湿った塊が落ちる。次の瞬間、内側から壁が裂け、黒光りする体がせり出した。触角が空気を探り、酸の匂いが混じる。
退けば食われる。百足は外殻を擦らせながら通路を削り、滴る酸で壁を軟らかくする。連鎖して崩れた土が退路の一部を塞ぎ、喉に砂が入る。読みが甘い。百足は崩落を恐れない。
頭部が突き出る。爪で受け止めるが、硬い外殻が軋み、衝撃が腕を痺れさせる。牙を差し込んでも浅い。節が横殴りに打ち、背を壁に叩きつけられる。息が漏れ、喉が低く鳴る。百足は止まらない。私の形に合わせた幅でも、あの長さは厄介だ。
支えにしていた土の柱へ爪を入れて折る。上層が崩れ、百足の中程が埋まる。だが完全ではない。後方の節が暴れ、土を弾き、酸が飛ぶ。焼ける匂いが立ち、鱗がひりつく。体の奥に溜まっていた熱が揺れる。形にならない魔力が、圧として背骨を打つ。触角が頬を打ち、頭部が再び迫る。私は逆に踏み込み、顎の下へ滑り込む。腹側の継ぎ目へ爪を差し込み、ねじる。内側が裂ける感触が返る。百足が身をくねらせ、天井が鳴る。崩れれば終わる。それでも牙を深く押し込む。体液が溢れ、土と混じる。痛みで視界が狭まるが、噛み続ける。
やがて節の波が途切れ、沈んだ。最後に触角がわずかに震え、止まる。地下は急に静まり、私の荒い呼吸だけが残る。
死の瞬間、濃い奔流が押し寄せる。地中で長く積まれた魔力だ。散る前に呑むと、胸の奥が焼け、背骨の付け根が強く脈打つ。崩れた通路がゆっくり締まり直し、百足の体は支えとして固定される。奪ったものは巣に残す。
地上へ出ると、森は静かだった。遠くで重い足音が一度だけ響き、地面がわずかに沈む。私は動けない。まだ足りない。だが、退く気もない。
巣は守った。だが森は、まだ私のものではない。




