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灰森の巣竜  作者: AI太郎
ダンジョン誕生
42/45

守った者

深層の広間は、すでに半壊していた。柱は折れ、天井は裂け、落石と粉塵が空気を濁らせている。その中央で、灰森の竜と海砕流の継承者が向き合っていた。


竜の呼吸は荒い。内部を打たれ続けた衝撃が、確実に蓄積している。外殻は無事でも、内側は揺れている。背骨を走る熱が鈍い痛みに変わりつつある。


それでも、立っている。


エリスもまた、血に濡れていた。肩は裂け、肋は軋み、呼吸は浅い。それでも構えは崩れない。拳は下げたまま、重心だけが低く沈んでいる。


カイが壁際でうめき声を上げる。意識が戻りかけている。


竜は視線を向ける。


核を狙う者の片割れ。将軍の弟子。剛の拳。


今ここで殺せば、脅威は減る。


竜が一歩踏み出す。棘が軋み、床が砕ける。カイの喉元へ爪が伸びる。


その瞬間。


エリスが動いた。


踏み込みは静かだ。だが間合いは一瞬で詰まる。竜の腕に触れ、衝撃を逸らし、爪の軌道を変える。そしてそのまま竜の胸へと深く潜り込む。


「海砕流――」


呼吸が整う。


空気が一瞬、凪ぐ。


「断潮」


掌が竜の胸骨へ触れる。


軽い。


だが次の瞬間、衝撃は波となって内側へ潜り込み、これまで蓄積した振動を一斉に“揃える”。散らばっていた痛みが一つに重なり、内側から爆ぜる。


竜の視界が白く弾ける。


背骨が軋み、翼が痙攣する。膝がわずかに沈む。


断潮――流れを断ち、蓄積を断ち、命脈を断つための一撃。海砕流の奥義。


エリスは理解している。この一撃で竜は致命傷を負う。だが完全には倒れない。質量も魔力量も、この竜は異常だ。


だからこそ、次の選択が必要だった。


竜は呻きながらも、なお立ち上がる。翼が振り上がり、棘が逆立つ。怒りではない。生存の本能。守るという決意。


「……まだだ」


その声は震えていない。


竜が踏み込む。エリスの肩を掴み、壁へ叩きつける。岩が砕け、血が飛ぶ。だがエリスは抵抗しない。拳を振り上げる代わりに、後方へ視線を送る。


カイが立ち上がろうとしている。まだ足は震えているが、意識は戻っている。


エリスは短く言う。


「行け」


カイの目が見開かれる。


「将軍――」


「命令だ」


迷いはない。だが声の奥に、わずかな安堵が混じる。弟子は生きている。今なら逃がせる。


竜は理解する。ここで殺せば終わる。だが、今の一撃は重い。内側が揺れ、追撃のための一瞬が遅れる。


カイが歯を食いしばり、崩れた通路へと走る。振り返らない。命令だからだ。だが背後の音は聞こえている。


竜が咆哮する。翼で地面を叩き、衝撃を放つ。エリスが正面から受け止める。流す余力はもう少ない。


「灰森の竜」


エリスが静かに言う。


「人類は、必ずお前達を倒す。」


竜の瞳が細まる。


「守る」


短い答え。


エリスは微笑む。


「そうか」


その笑みは、勝者のものでも敗者のものでもない。ただ理解した者の表情だ。


竜が最後の踏み込みを行う。棘を纏った前肢が振り下ろされる。エリスは受けず、胸へと最後の掌を当てる。だが衝撃は足りない。竜の質量が押し切る。


灰色の巨体が覆いかぶさり、広間が沈黙する。


やがて竜が立ち上がると、そこにエリスは動かない。


呼吸は止まっている。


断潮は確かに竜を削った。だが命までは届かなかった。


深層に静寂が戻る。


竜はしばらく動かなかった。内側の痛みを確かめるように、ゆっくりと息を吐く。


遠くで、核が震える。


『……生きていますか』


竜は短く答える。


「まだだ」


その声には、わずかな疲労と、わずかな重みがあった。


上層ではセルガルドが倒れ、イグレインは捕縛された。カイは逃げる。王国へ脅威は伝わる。


勝った。


だが均衡は崩れた。


灰森の竜巣は生き延びた。


王国は、もう本気で来る。


竜は深層の奥へと歩く。


守るために。


広げるために。


継承のために。


第二章、終。

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