43/187
前奏
王都マーレミアは海霧に包まれていた。
海運で栄えた都市だが、今日は静かだ。港の鐘が鳴り、負傷兵が運ばれ、そして一人の巨躯が城門をくぐる。
カイ。
鎧は砕け、拳は割れ、片目は腫れている。それでも歩いている。
王城の大広間は高く、海を模した蒼い装飾が壁を飾る。その中央に立つのは、ヴァウデオウス五世。
筋骨隆々の体躯。肩幅は広く、腕は太い。だが仕草はしなやかで、声はよく通る。
「……帰ったわね」
低く、包み込むような声。
カイは膝をつく。
「将軍エリス、戦死しました。」
空気が重くなる。
王は目を閉じる。
「そう」
短い一言。
だが拳がわずかに握られている。
「灰森の竜は……」
カイは顔を上げる。
「強い。人を理解し、守る戦いをする。そして・・・将軍の断潮を受けても立った」
王の瞳が細まる。
「断潮を?」
「はい」
沈黙。
それは哀悼ではなく、評価。
「ならば、あれは災いね」
王はゆっくりと玉座から立ち上がる。
背後に掛けられた大剣を手に取る。刃は厚く、重い。
「十二災冠に届くかしら」
その言葉に、側近がざわめく。
王は振り返る。
「動くわよ」
冷酷ではない。怒りでもない。
母の顔で言う。
「国民を守るために」
マーレミア王国が、正式に灰森の竜巣を“国家級脅威”と認定した瞬間だった。




