森の縁と中心にて
灰森の南を歩くとき、足音は小さくする。枯葉が湿っていればなおさらだ。
「鹿、減ってないか」
若い狩人が言った。前を歩く男は答えず、しゃがみ込んで土を指で崩す。緑角鹿の蹄の跡が途中で乱れている。血はない。引きずった跡もない。
「狼じゃねえな」
指で掘ると、下の層が崩れた。浅い空洞。最近だ。湿りがまだ残っている。
「ゴブリンの罠か?」
「違う。こんな真っ直ぐ掘らねえ」
男は周囲を見る。森は妙に静かだ。鳥の声が少ない。風もないのに、奥の木がわずかに揺れた。
その直後、地面が低く鳴った。
重い。
三人とも言葉を止める。足の裏に、鈍い振動が伝わる。遠いが、確かだ。
「王だ」
小声で言うと、若い狩人の喉が鳴った。
黒角熊。数年前、薪取りの子供をさらいかけた。討伐の話は出たが、森に深入りはしなかった。森の王は、森の奥にいる限り、触れない方がいい。
「戻るぞ」
男が立ち上がる。踵を返すとき、もう一度地面を見る。鹿の跡、浅い穴、
掘ってる。
誰かが。
だが森の奥へ踏み込む理由はない。三人はそのまま森を離れた。
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水場の近くで、黒角熊が鼻を上げる。
血の匂い。鹿。遠くに人の匂いもある。だが薄い。背を向ける。
前肢で地面を押す。土が柔らかく沈む。爪が入る。魔力がわずかに流れ、土の層が緩む。熊は動きを止め、耳を澄ます。
下で、何かが削っている。
浅い。だが増えている。
熊は低く息を吐き、土を蹴る。今はまだ狩りだ。鹿を追い、角を振り払い、喉を噛む。命が抜けるとき、森がわずかに震える。
その震えが、地中へ落ちていく。
熊はそれ以上気にしない。
森はまだ、自分のものだ。




