掘る
森で生き延びるうちに、地上の広さが鬱陶しくなった。匂いは散り、音は拡がり、強いものの影はどこにでも落ちる。追われれば走るしかない。ならば、消える場所がいる。
最初に掘った穴は浅すぎて、夜のうちに崩れた。
湿った土は重く、天井はすぐに落ちる。
何度も埋まり、そのたびに掘り直す。
爪の先が割れ、顎が痛む。
それでも削る。
土の質を覚える。
湿りすぎた層は崩れる。
根が絡む場所は強い。
石の混じる帯は支えになる。
次第に、ただの穴では足りなくなった。
奥へ進む。
通路を曲げる。
入口を狭める。
曲がり角を作る。
自分の体に合わせた幅にすると、振り向きやすく、押し込まれにくいことに気づく。
考えたわけではない。何度も崩され、その結果だけが残る。
狼が一度、入口を嗅いだ。
三匹。
足音は軽く、それに速い。
私は奥へ退き、息を殺す。
狼は中を覗き、狭さに鼻を鳴らし、入らなかった。
深くすれば、入れなくなる。
浅ければ踏み込まれる。
それだけの違いだ。
鹿の動きも読むようになった。
水場へ向かう道は決まっている。
私はその途中に細い落とし穴を掘ったが、最初は失敗した。
深すぎて、自分が落ちた。
土の底で身をよじり、ようやく這い上がる。
次は浅くする。足を取るだけでいい。
転んだところを引きずり込めばいい。
狩りは変わる。
追うのではなく、待つ。
通路の奥で振動を聞く。
鹿の蹄は規則的で、狼は波打つ。
ゴブリンの足音は軽く、時に止まり、何かを落とす。
火の匂いが土を通して薄く伝わることもある。
命が抜ける瞬間、熱が流れ込む。
その量は個体ごとに違う。
鹿は多く、狼は鋭く、ゴブリンは薄い。
私の内側に残る熱は体の奥に溜まり、消えない。
だが嫌ではない。
巣の周囲に変化が出る。
死骸の残りにスライムが集まり、通路の壁を薄く覆う。
最初は邪魔だったが、やがて気づく。
溶かした残滓が土に染み込み、壁が締まる。
甲殻虫は崩れかけた箇所に群れ、湿りを吸う。
私は彼らを完全には追い払わない。
動きを観察し、害の少ないものは残す。
巣は一本ではなくなった。
枝分かれし、
緩やかに螺旋を描き、
上と下が交差する。
偶然ではなく、選択の積み重ねだ。
まだ見ぬ敵のために、形を変える。
森の空気も変わる。
水場に向かう鹿の数が減り、狼の遠吠えが一段遠くなる。
ゴブリンの足跡は入口の手前で止まり、しばらく逡巡してから去る。
恐怖ではない。ただ、居心地が悪いのだろう。
私はさらに下へ進む。
土が冷たくなり、石が増え、湿りが変わる。
深いほど振動は澄む。遠くで、重い何かが歩く。
ゆっくりで、確実で、他とは違う質量の音。
地面がわずかに沈み込むたび、森の鼓動が揺れる。
その正体を知らないまま、私は掘る。
巣はまだ小さい。だが、掘るほどに、森は狭くなる。
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