継承
消えた。
その瞬間、理解する。
樹牢界主の反応が完全に、途絶した。
あり得ない。
だが、現実だ。
あの空間。
あの拘束。
それを――
突破した。
視界の端に勇者が現れ、皇帝の前へ、影が割り込む。
その時点で、確定する。
樹牢界主は、敗北した。
竜は、一瞬だけ動きを止める。
ほんの、刹那。
だが、それだけで十分だった。
理解が、追いつく。
想定の崩壊。
戦術の破綻。
この戦場の前提が、一つ消えた。
それはつまり。
この戦いが――
“同時に二つを相手取る戦い”へ変わったことを意味する。
竜は、息を整えるように魔力を巡らせる。
菌糸網。
地脈。
界主の残存接続。
すべてを再統合する。
そして。
思考を、切り替える。
(動揺は、不要)
事実のみを、並べる。
樹牢界主、消滅。
勇者、生存。
皇帝、瀕死。
この三点。
それだけでいい。
(勝利条件を、再定義する)
勇者を倒す。
違う。
優先順位が、誤っている。
この戦場で最も価値があるのは。
魂。
皇帝の魂。
あれは。
単なる個体ではない。
自分に適合する継承の塊。
この世界において、極めて高純度の“固定された力”だ。
それを奪う。
それが。
最優先。
(第一目標:皇帝の捕食)
(第二目標:勇者の無力化)
整理。
完了。
その瞬間。
竜は、動く。
踏み込む。
地面が沈む。
同時に、地蟲界主が応じる。
地形が、流動する。
足場が崩れ、通路が歪み、勇者と皇帝の間に微細なズレが生じる。
そこへ。
突き込む。
爪が振り下ろされると同時に空間が圧縮され、逃げ場を潰しながら皇帝へ直線的に到達する攻撃が放たれ、その余波だけで周囲の瓦礫と構造物が粉砕される。
だが。
止められる。
勇者が、割り込む。
剣が弾く。
衝突。
衝撃。
空間が軋む。
その反動で地面が裂け、周囲の構造が崩壊する。
「……そっちか」
勇者が言う。
理解している。
狙いを。
隠す意味はない。
再度、踏み込む。
今度は、地蟲界主が先に動く。
地面が沈む。
落層。
皇帝の足元が崩れ、支えを失った身体がわずかに沈む。
そこへ。
突き込む。
棘翼が展開される。
奥義。
紫晶裂翼
棘が放たれる。
反射と屈折を利用し、回避を前提にした軌道で、四方から皇帝へ収束する。
だが。
全て。
斬られる。
勇者が、斬る。
背後の皇帝を守りながらもその威圧は衰えることはない。
ー……面倒なー
竜が、吐く。
攻め続ける。
皇帝だけを執拗に狙う。
勇者は必ず守るために動く。
必ず、間に入る。
現状の最善の選択肢は、一つ。
守らせ続ける。
削る。
時間を、使わせる。
地蟲界主が連動する。
通路が変わる。
落差が生まれる。
視界が歪む。
それでも。
勇者は、間に入る。
斬る。
防ぐ。
踏みとどまる。
だが。
わずかに。
遅れる。
その遅れが、積み重なる。
戦局は勇者側の劣勢。
守る側に回る限り。
攻めは、鈍る。
だが。
決定打には、届かない。
竜は、理解する。
(足りない)
ほんの、わずか。
だが。
届かない。
その時。
変化が起きる。
皇帝が、動く。
いや。
動けない。
立てない。
両足を、失っている。
それでも。
視線は、死んでいない。
戦場を見ている。
理解している。
そして。
決断する。
「……勇者よ」
勇者が、一瞬だけ視線を向ける。
「お前に」
息を吐く。
「俺の国をくれてやる」
静寂。
戦場の中で。
異質な言葉。
「……何を言ってる?」
勇者が返す。
短く。
だが、その一瞬。
防御が、遅れる。
竜は、動く。
何かが、少なくとも竜にとって最悪が起きようとしている。
「もう、国の形はなしていないだろうが」
皇帝が続ける。
「それでも」
息を、整える。
「先人が紡いできたこの想いを――」
一瞬。
空間が、静止する。
「力を、受け取ってくれないか?」
その瞬間。
何かが、流れ込む。
魔力ではない。
だが、力だ。
もっと。
“根本的な何か”。
それが勇者の中へ。
流れ込む。
継承。
確かに。
“国家”そのものが。
移る。
勇者が、止まる。
剣が、わずかに下がる。
迷い。
理解。
そして。
決断。
「……分かった」
小さく、答える。
その瞬間。
変化が、確定する。
勇者アルグレートは。
北方帝国。
第九代皇帝となった。
空気が、変わる。
魔力ではない。
だが、圧が増す。
竜は、それを見る。
理解する。
(……これは)
知らない力。
だが。
本能が、告げる。
これが継承だと。自分がめざし、自分を殺す力であると。
そして同時に。
価値がある。
極めて。
竜は、静かに息を吐く。
思考は、止まらない。
(ならば)
再定義。
(第一目標:皇帝の捕食)
これが達成不可能になった。もうバハムートはただの抜け殻。価値はない
(第一目標:新たな皇帝の魂の奪取)
対象が、変わった。
それだけだ。
竜は、踏み込む。
戦いは。
次の段階へ、移行する。




