帰らぬ者立ち
灰森から戻るはずの三人が帰らなかった夜、交易都市オルカはいつも通り灯りをともしていた。だが冒険者ギルドの奥では、オリバーが地図を広げたまま黙っている。約束の刻を過ぎても報せはない。森に入る者は遅れることもある。だが今回は違う。森の王が浅域で吠えた直後だ。
「まだ待ちますか?」若い受付が小声で言う。
オリバーは首を振る。「夜の森に人は入れん。明け方だ」
その頃、領主館ではセルガルドが窓辺に立っていた。灰森の方角は見えないが、意識はそこにある。扉が静かに開き、イグレインが入る。杖は持っていない。
「……戻りませんな」
セルガルドは振り向かない。「知っているのか」
「はい」
イグレインの声は平坦だが、目の奥は硬い。「森の底で、灯が消えました。二つ、ほぼ同時に。ひとつは若い剣の火、ひとつは小さな光の術。遅れて、鋭い刃の気配も途切れた」
セルガルドの拳が窓枠を握る。「王か」
「王の重みもありましたが、別の脈が主です。地下で、巣を広げるもの。整えられた通路、湿り、支柱。森は揺れています」
セインの名は出さない。イグレインは目を閉じ、深く息を吐く。
「弟子は、奥で死にました。浅域ではない。引き返さなかった」
セルガルドはしばし沈黙し、やがて言う。「王を動かす存在か。……準備を始めろ」
「調査を増やしますか」
「違う。対策だ。地下に備える。森を焼かずに、森を縛る方法を探る」
イグレインは頷く。「封鎖、魔杭、地脈の固定。時間が要ります」
「時間は作る」
二人の間に重い合意が落ちる。私情は挟まない。だが、失ったものは消えない。
夜が明け、ギルドに報せが届く。帰還なし。痕跡は浅域から奥へ。オリバーは歯を食いしばる。
「王だけじゃない。地下だ」と呟く。
受付が震える声で問う。「討伐ですか?」
「まだだ。領主様の指示を待つ」
同じ朝、イグレインは一人、灰森の方角へ手をかざす。薄い光が指先に宿り、地の底へ沈む。返るのは低い脈。規則的で、拡がる。人の手で掘られたものではない。だが意図がある。
「見ているのか?」
独り言のように言い、光を消す。悲嘆は後に回す。今は計算だ。地下の主は、地上を読む。
セルガルドは鎧を整えながら、短く命じる。
「王も、地下も、どちらも敵だ」
灰森は静かだ。だが静けさは、嵐の前の形をしている。




